第53話 『地下鉄』 その1

 我々が降りてゆくと、自動的に明かりが入りました。


 「こいつは、点検用の階段だったんです。」


 くびさんが、なんだか、身軽になったように、やや先ほどまでよりも、高い声でしゃべりました。


 かなり、若くなったような感じです。 


 「むかしは、ここから、多くのサラリマンという連中が、会社に通勤したもんなんです。」


 会長さんが、これまた、見たことがあるかのように、言いました。


 「あなたは、見たたことがあるの?」


 「いい質問ですな。ご城主は、かつてここの駅長さんだった。」


 あの、くびだけになった男が軽く答えた。


 「そうそう。」


 「ぼくは、そのころ、まだぺーぺーでね、毎日、カバンを抱えて、ぎゅうぎゅうの電車に飛び乗っていた。まあ、にぎやかといえば、そうですなあ。夢のようだ。」


 「その日、中心部には、比較的出力の小さな核弾頭が落ちた。当時、大国では、『使える核兵器』の、再開発が進めらていました。一時期、そうした『移動型核弾頭』が開発された時期もあったが、その後、冷戦の終結もあり、すたれてしまった。しかし、収入の減少を嫌った一部の財界と政界が協力して、『限定核戦争』を企画したんですな。もちろん、秘密に、ですよ。今でも、チープな無料小説の材料でしかない。しかし、栄えるものは、いつもごく少数なものなのですなあ。多数である必要などはないのです。」


 「具体的には、たとえば、だれと、だれ?」


 「そりゃあ、歴史になかなか、名前が出てこない人ですからなあ。」


 「はあ?」


 「あなたは、スパイさんだ。この世には、歴史がふたつある。書かれてる歴史と、書かれてない歴史です。あなたは、まあ、書かれないほうの方だ。しかし、あなたには、いま、歴史を動かす機会が来ている。まさに、これからね。すごいでしょう。やってみませんか、ぜひ。」


 くびさんが、そう言うのです。


 「だいたい、なぜ、ここに電車が来るのか? 誰も動かさないはずなのにね。しかし、・・・・・ほら、来た。」


 たしかに、来たのです。


 それは、古い画像データに残るだけの、地下鉄そのものでした。


 「まあ、編成は小さいが、むかしの姿のままです。『幽霊電車』というものですな。ははははは。」


 「ばかばかしい。」


 私が、申しました。


 「はあ? ばかばかしい?そうですかな。しかし、心を開けば、見えてくる。聞こえてくる。ほらね。いくらかの人が、乗り降りしてるでしょう。まあ、往時ほどではない。残されている魂は、もう、少ないから。それでも、かれらは、毎日こうして通勤してる。そのつもりです。その途中で、核爆にやられた。かれらの意識は、空間に焼き付いたまま、事象が繰り返される。しかし、永遠ではない。だんだん、少なくなる。やがて、すべてが消え失せる。見えるのは、あと少しですな。さあ、乗ってみてください。あなたが探す真実が、待ってるかもしれない。」


 私は、深呼吸をしました。


 習っていた、古武道の稽古の時の状態を、思い起こしていました。


 邪念を捨て、時を見るのです。


 うっすらと、人びとの姿が見えます。


 電車の扉が開いている。


 駆け込んでくる女性の姿がある。


 その姿といっしょに、電車に飛び乗ったのです。


 筋の通らない、明らかに、理論的ではないことなのですが。




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