第10話 『社長室』
ぼくには見えていない場所である。
社長室はたいへん広い部屋だが、よくあるような、『社訓』とか、偉大な先達の『写真』とか、大型動物の『角』とか、有名政治家の書いた『額』とか、巨大な『槍』とか、また交差された『剣』とか、大きな『焼き物』とか、『家族の写真』とか、そうした装飾品はほとんど何もなかった。
それでも、大画家カソピが大好きな社長は、ここにも小さな絵を一枚だけ飾っていた。
10歳くらいの少女の絵で、カソピには珍しいくらい質素で具象的な絵だった。
あとは、豪華な花瓶にさされた地球産のお花が、日替わりで生け変わっている。
これは、社長自身がやるか、不在の時は第1秘書がやっているらしい。
その社長の第1秘書さんは、いつも黒系統のスーツで身を包み、あまり表情も動かさない、いたってつつましやかな女性だったが、かなり謎が多い人でもあった。
社長の姉妹なのではないか、という、かなり確度の高い噂があるが、確認できずにいた。
取締役総務部長・・・ぼくの上司である・・・は、社長の腹心の一人である。
この会社の経理運営については、事実上社長に次ぐ権限があり、地球にはめったに帰らない。
これまた、元々はある政府の高官だったらしいと言われる。
ここについては、ぼくもちゃんと調べを入れていて、大体その正体は掴めているのだ。
ちょっと、地球には帰りにくい事情がある。
「もう少し、補助金が上乗せにならないの?」
社長が総務部長を、軽く責めていた。
「めいっぱいですよ。これ以上は、嘘になりますよ。」
「嘘じゃないわ。『もう一つの真実』をあげればいいだけよ。相手はそれでいいんだから。」
「まあ、出来ないことはないですが、多少リスクは伴いますよ。」
「この際、リスクはあっても、今、投資しなければ、ブラウン一族に負けるわ。」
ブラウン一族は、辺境の資源惑星の開発での、最大の競争相手である。
けっして、透明公正な存在ではないが、最高経営者は、人格者として名が高い。
そういう触れ込みになっている。
年齢が高い分も、印象が良い。
いまどき、長生きは最高の資産である。
ぼくは、この最高経営者をよく知っている。
「人間の労働者の受け入れは順調です。しかし、地方労働省の、この助成金は、たかが知れています。中央地球政府の開発補助を増やしてもらうには、やはり例の新資源についての技術開発が重要です。」
「まあ、極秘プロジェクトだし、地球政府副首相との絆を強めましょう。ご招待の準備は?」
「まあまあですな。なかなか慎重ですよ。」
「まあね。ブラウン側の策略もあるからな。まあ、手を緩めないで。」
「はい。」
「時に、あの彼は?」
「新しい職員ですか?順調に見学してますよ。なんで、そんなにお気に入りなのですか?」
「優秀だから。悪い?」
「いやあ。悪くはないですが、実験材料にしたいんじゃないですか?」
「まさか。ほほほほほ。」
ミス・カンプは、いたって楽しそうに笑ったのである。
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