1%の望みに縋って1%以下の確率で起こるような出来事を引き当てる女

 こんにちは、石井です。

 この間、長谷川とプチ喧嘩をやらかして骨盤辺りを粉砕されそうになりつつも、なんだかんだ仲直りすることに成功した私達ですが、実は成功どころかその後、性交までしてるんです。当日は拒まれて、というかボコられそうになって泣く泣く断念したのですが。

 翌朝、普通にしました。普通に。これまでググりまくったのだから当然なんですが、さすがに最近は長谷川に触れるのに、調べたいと思うようなことはありません。つまり、極めた、ということになりますね。

 そして現在は放課後。今をときめく放課後です。意味がわかりませんね、勝手にときめいたりきらめいたりしてろ。

 私がそのように評したのは、傍に長谷川がいるからです。ちっちゃいしおっぱい大きいし可愛い、要するに最強なんですよね。前に小さくて可愛いと言ったときは、お前がデカすぎるだけだ、なんて言われましたが。私は私なんですから私から見て小さければそれで良くないですか? 小さいと言われてそこまでムキになるところも可愛いなぁって思います。

 いつものように、私が彼女の部活が終わるまで適当に時間を潰して、やっと一緒に帰ろうとしていたとき、あることが発覚しました。なんと、長谷川は家の鍵を持たずに登校してしまったらしいのです。彼女の家族は多忙を極め、帰りが遅いことが多いのです。今日も例によってそんな日だとか。つまり、彼女はいま帰っても家に入れない、ということになります。私の家に来るか聞いてみたんですが、めんどくさいから嫌だと食い気味で却下されてしまいました。

 そんなこんなで私達は校内に留まっています。私は自分の席に、長谷川は私の机に浅く腰掛けて外を眺めています。私? 私は長谷川の横顔を見ています、当然ですよね。赤く染まる教室内で長谷川と二人きりで居ると、こんな日もたまにはいいなぁって思えたり。


「石井……ごめん」

「え? なんで?」

「だって、私のせいで、石井まで帰れなくなっちゃったし。もういいよ、先に帰ってて」

「いいよ。帰ってもすることないし」


 長谷川が珍しく凹んでいます。しっかり者の彼女はこういう失態をやらかすことに慣れていないんでしょうね。大したことじゃないのに、まるで泥酔して校内の窓ガラスをバットで八割方叩き割ったかのような反省ぶりです。


「長谷川、私、気にしてないよ」

「そっか。ねぇ、座っていい?」

「え?」


 もう座ってるじゃん、そう言う前に私の思考は停止しました。なんと、長谷川が私の膝の上に座ってきたのです。自転車に横乗りする要領で私の上に座り、窓の方を向いてぼーっとしています。

 え……大胆過ぎでは……? 私は絶句していました。長谷川がまさか、こんないつ人が来てもいいようなところで誘ってくるなんて。この状況を夢かとすら思ったのですが、膝から伝わる彼女の体温が、「本当に運動してきた?」と訊きたくなるくらいの綺麗な髪が、それに混じって仄かに香る制汗剤の匂いが、強烈にこれは現実だと私に訴えてきます。細い腰を支えるように抱いた瞬間、私は確信しました。

 めっちゃえっちしたい。

 これでしたくならないってむしろ異常ですよね? 彼女にこれほど密着されてしたくならないって精神的EDですよ。私は健全なんです。大丈夫だよ、長谷川。誘ってくれてありがとう、私もすっごいしたい。安心してね。

 私は長谷川の耳に口を寄せます。さらに服の中に手も滑り込ませます。がっついてるって笑ってくれていいよ。事実だし。


「え、ごめん、何やってんの?」

「いだい!!」


 長谷川は私の膝の上に乗ったまま、右の拳をひゅんと振り下ろしました。着地点は私の膝。膝を殴るって斬新過ぎません? っていうかここ、ほぼほぼ骨ですよね? ニーキックとか、どちらかというと攻撃に使うような場所ですよね? 長谷川の拳の方が私の膝より強いんですか?


「なんで急に盛ってんの? 怖い」

「いきなり暴力振るう人の方が怖いよ」


 私は痛む左膝に神経を集中させながら反論します。照れてるなら全然いいです。照れ隠しって可愛いですし。でも、これって度が過ぎてません? 暴行はいけないですよね、常識的に考えて。


「長谷川が誘ってきたんじゃん」

「はぁ……? なんで?」

「え? いや……え?」

「まさか、ここに座ったのをそう解釈したの? ……いや、いくら石井でも、まさかね」

「『さすがにそんな有り得ないことはないか』みたいな言い方するのやめて」


 肯定しにくいじゃん。どうやら、長谷川はただ私にぴったりくっつきたかっただけのようです。咎めるような視線を浴びて、私の顔は逃げるように窓に向きます。


「うわ、目逸らした……石井……なんか可哀想……」

「ぐっ」


 性欲に同情されるなんてこと、あるんですね。でも確かに彼女の言う通りです。こういうときってしたくなった方が負け感があるというか、悔しい気持ちになりますよね。イニシアチブを取られた感じがするって言うか、イニシアチブのチブって恥部ですか?

 駄目だ。もうまともに頭が働いてない。ここは同情してるついでに長谷川に付き合ってもらうしかありません。というか、このまましないで家に帰ることを想像したら一気に死にたくなりました。人助けだと思って彼女には諦めてもらわないと。というか、その気にさせたのは長谷川なんだから、そうする義務があると言っても過言ではありません。


「したい」

「……いや、学校だし」

「やだ。したい」

「前から思ってたけど、石井ってえっちしたくなると大分馬鹿になるよね」

「そんなことないよ」

「じゃあ普段から馬鹿なんだね」

「今の私が馬鹿っていう前提で物事判断しないで」


 心外です。別に馬鹿になんてなってません。というか普段から馬鹿馬鹿言われてるし。あれ……? ってことは、長谷川の言ってること合ってるじゃん……。

 いや、この際馬鹿でもなんでもいいです。自分でも笑っちゃうくらい余裕がないですね。私は目の前の胸に顔を埋めるように、長谷川の身体を抱き締めました。


「ちょっと」

「したい」

「他のこと言えないの?」

「触りたい」

「意味合い的に変わってないじゃん」


 だってしたいんだからしょうがないじゃん。もう平然としている長谷川に怒りすら感じます。そして私は気付いてしまいます。

 そうか、長谷川をその気にさせればいいんだ、と。

 もちろん強引に力づくで何かしようとは思いません。可哀想だから? いいえ、違います。非力な私が彼女に実力行使できるわけがないからです。そんなことをした日にはバキバキのボコボコにされます。というかたまにされてます。

 彼女はこういう時の私を、発作が始まったとでも思っているようです。気まぐれに付き合ってくれる時もあれば、上記のように完膚なきまでに叩き潰して黙らせる時もあります。

 つまり、どれだけ私が懇願しても、させてもらえない可能性は十分にあるのです。さらに、ここは学校。まず許可されません。このまま子供のように駄々をこねるのも、強引にしようとするのも、どちらも悪手だと言えるでしょう。

 ならばどうするか。実は私もよく分かっていないんですが、彼女は私にただ触られるのが好きらしいのです。私も好きですよ。さっきも膝の上に乗ってきてくれて嬉しかったですし。でも、多分、私よりも彼女の方がそういうスキンシップが好きなんですよね。

 私は怒られないギリギリのラインを攻めます。まず、片手を長谷川の太ももに置いて素肌に触れてみます。……数秒待っても怒られないので、セーフということでしょう。


「長谷川は私とするの、いや?」

「学校でするのはおかしいじゃん」

「でもしたい」

「はぁー……ねぇ」


 長谷川は視線を逸らします。私は彼女の脚に触れる指をゆっくり滑らせながら、言葉を待ちました。肌触りがよくて、つい撫でちゃうんですよね。


「その手、離して」

「なんで?」

「なんでって、いいから」


 ギリギリのラインを攻めたつもりがアウトだったようです。ショックを隠し切れません。つい身体にぐっと力が入ってしまいます。


「んっ」

「え?」

「……忘れろ」

「いや、無理だけど」


 突如長谷川の口から漏れた甘い声を、私は聞き逃しませんでした。太ももを強めに掴んでしまったことによるものでしょう。ナイス偶然。っていうか、やっぱり長谷川もちょっとしたかったんじゃん。今のってそういうことでしょ?


「ねぇ、いいでしょ?」

「はぁー……どこでするの?」


 皆さん。聞きましたか? 私は彼女をその気にさせることに成功しました。全能感が半端ないです。国を挙げて盛大に祝って欲しい。しかし、彼女の問いかけの答えは見つかりません。

 まさかここでするわけにもいかないですし。いや、私に残された猶予はほとんどないので、いいよと言われれば今すぐにでもおっ始めたいところなんですが。僅かな希望を胸に、私は彼女に提案してみました。


「ここでする?」

「なんで?」


 『なんで』って酷くないですか? お互いしたいからそういう話になったのに、なんで『なんで』なんて言うんですか? それほど有り得ない提案だったということでしょうか。絶望していると、長谷川は言いました。それはそれは画期的な提案です。


「トイレ、とか? もう生徒もほとんど残ってないだろうし」

「いいね。良過ぎる」

「良過ぎるってなんだよ」


 私は目を輝かせました。トイレというすばらしい案を出してもらったこともそうですが、前向きに問題を解決しようとしてくれる、その気持ちが嬉しかったのです。まぁその問題というのはえっちがしたいという、実にしょうもないものではあるんですが。

 そうと決まれば善は急げです。私は名残惜しく思いつつも、長谷川を下ろすと立ち上がりました。念の為、鞄も持って行くことにします。わざわざ教室まで取りに戻ってくるのめんどくさいですし。


「とりあえずこの階のトイレ行こ」

「うん……」

「どうしたの?」

「いや……自分で言ったことだけど、なんか、恥ずかしくなってきたっていうか……」

「何言ってんの? 長谷川、それは間違ってるよ。エッチしたいときにエッチしたいって言えない方が恥ずかしいよ。気持ちを素直に言えるのは素敵なことだよ。恥じてはいけないよ。エッチは恥ずかしいことじゃないんだよ」

「えっちえっち連呼しないでよ、恥ずかしい」


 怒られてしまいました。それでも私はへこたれません。だってこれからエッチできるし。ルンルンでトイレに足を踏み入れると、そこには信じられない光景が広がっていました。


「うわ、はみ出た」

「ウケるー、それでいいじゃん」

「よくねーし」


 なんと、ギャル二人が鏡を使って化粧を直しているのです。これ絶対長くかかります。どう考えても十分はかかります、今の私にとってそれは永遠を意味します。しかし、このまま踵を返すわけにもいきません。不自然ですし。

 私と長谷川はアイコンタクトを取ると、それぞれ個室へと入ってきました。尿意はそこまで感じていませんでしたが、これからのことを考えると、せっかくふり・・でトイレの個室に入ったのだから、済ませておいた方がいいでしょう。

 私は邪魔者に対する怒りを全て尿の勢いに変えました。怒りの放尿です。便器に水圧で穴を開けてやろうかという気持ちで膀胱に力を込めました。もう尿が陶器を叩く音のリサイタルです。聴けお前ら。そして感涙にむせべ。おしっこの音を聞きながら鏡とにらめっこするってどんな気持ち? ミラ・ジョボビッチって感じ?

 レバーを二〇回転くらいさせる勢いで倒すと、私は颯爽と個室を出ました。長谷川はまだ出てきていないようです。ぱっと手を洗うと、ギャルからハンカチを受け取ります。あ、ありがとうございます……。


「拭いた? んじゃそれ返してー」

「え、えっと」


 このまま返していいんでしょうか。濡れてるのに。しかしギャルはひょいと私の手からそれを奪い返すと、からっと笑って言いました。


「やったー、石井さんにハンカチ貸しちゃったよ」

「鏡の前、占領しちゃってごめんねー。使う?」

「いえ、結構です」


 いま私が見たいのは自分の姿なんかじゃなくて長谷川の裸なんだよ。出かかった言葉を飲み込んでいると、長谷川がトイレから出てきました。私の隣まで歩いてきて手を洗い、彼女は自身のポケットからハンカチを取り出します。そして手を拭きながら、言いました。


「友達?」

「ううん」

「ううんって酷くね!?」

「ウケるー」


 何も面白くないっつーの。私はギャル達に会釈してトイレを出ました。そして至極真面目なテンションで囁き合います。


「ここは駄目だね」

「うん。あの子ら、ほっといたら先生に注意されるまであそこにいるでしょ」


 会話をしながらも私達は人気の無さそうな方へと向かいます。心なしか早足です。その自覚は少しありましたが、長谷川に「競歩か」と袖を引っ張られて、やっと冷静じゃなかったことに気付かされました。

 難しそうな顔をして歩いていると、正面から歩いてきた白衣を着た先生に呼び止められました。保健室の先生です、名前忘れちゃいましたけど。


「二人共、どうしたの? 帰らないの?」

「あー……えっと、石井が具合悪くなっちゃって」


 エッチしたくなったことを具合悪くなるって濁して表現するのやめて。具合いいよ。抜群だよ。ぴんぴんしてるよ、むしろびんびんだよ。


「あ、もう帰るんで大丈夫です、親が来る予定なんで」

「あそう? じゃあ気を付けてね」


 いや大丈夫じゃないよ、待って。絶対的に長谷川の治療を必要としてるから。やめてやめて。先生の後ろ姿を見ながら私は呟きます。


「……まさか、本当に帰らないよね?」

「なんかもう、しなくてよくない?」

「それだけは絶対有り得ない。待ってて」


 私はスマートホンを取り出し、ブラウザを立ち上げました。もうお分かりですね。そう、ググるのです。

 【学校 エッチ 場所】。すると、出てくる出てくる。プールサイド、屋上、部室、教室。そして……。


「非常階段は? あそこなら鍵開けられるし」

「もうほぼ外じゃん。誰かに見られるとかイヤなんだけど」

「誰が見ようとしてるの? 許せない」

「お前のせいでその可能性に脅かされるって話をしてんだよ」


 こうして話している間にも、行く当てもなくとぼとぼと足を動かします。今の我々はセックススポット難民です。本格的にセックスプレイスホームレスになってしまったのです。


「急いでエッチしないと……もうここじゃ駄目?」

「階段の踊り場でするとか痴女だよね」


 私はできる限り、階段をゆっくりと下ります。長谷川が振り返って心配そうな顔をしていますが、どうしても諦めたくないんです。ここで諦めたりすれば、きっと一生後悔する。そんな確信があったのです。


「……はぁ」

「長谷川?」

「ホント、そっちのことばっかりだよね、石井って」


 長谷川は呆れた様子でため息をついています。うん、そっちのことばっかなの。ごめん。心の中でそんな謝罪をしつつも、落ち込んだ感じの表情を作ります。悪いとは思ってるよ。でもさ、仕方ないじゃん。わりと本気で、長谷川が可愛いのが悪いなんて思ってるんだから救えないですよね。

 彼女の目を見て、私は今日これから長谷川とするのを、半ば諦めかけました。上手く言えないけど、そう思わせるだけの表情をしていたのです。

 長谷川はポケットに手を入れると、何かを取り出しました。ちゃらりと音を立てて、銀色の何かを指に引っ掛けています。小さなリング、その先には鍵が付いています。タグにはこう書かれていました。【テニス部 部室・女子更衣室】、と。


「長谷川……!」

「もう、ここしかないじゃん」

「いいの? 特権乱用とか、長谷川嫌いそう」

「それはいいけど、むしろ……いや、なんでもない」

「何?」

「いい。なんでもないってば。私の気が変わる前に行こう」


 そうして私達は一階にある部室へと急ぎました。タイムリミットがあるのでダッシュしたかったんですが、絶対に止められると思って我慢しました。

 辿り着いたそこは、初めて入る空間でした。私、長谷川と付き合っているくせに、部室に入ったことなかったんですよね。なんていうか、運動部の人って、別の人種みたいで近寄り難くないですか? 私が陰過ぎるんですかね。

 部室の中にある女子更衣室の鍵を開けると、長谷川は私の手を引きました。もちろん、部室の鍵を内側からかけているので、誰かに入って来られる心配はありません。鍵を持ってるって最強ですよね。


「早く入ってよ」

「あ、うん」


 私は緊張していました。やっと念願のエッチができると気持ちが昂り、心臓が荒ぶっています。更衣室が行為室になるんですよ? こんなのドキドキしない方がおかしいです。

 真ん中に据え付けられたベンチに座ると、私はやっと長谷川の素肌に触れることができました。






 少し、眠っていたようです。スマホを見てみると、ディスプレイには18時50分の表示が。ヤバいです。長谷川の肩を掴んで揺すると、寝ぼけた彼女に抱きつかれました。


「……」


 危ないです。もっかいする? って言いかけました。そんな時間はありません、急がないと失踪届を出されてしまいます。長谷川の家、結構過保護だし。


「起きた?」

「うん…………え、ちょっと待って、いま何時!?」


 乱れた着衣を直しながら、長谷川は私に問います。正直に時間を告げると、支度もそこそこに、彼女はどこかに電話をかけました。


「あ、もしもし? ちょっと部活の子の相談乗ってて遅くなっちゃった。今から帰るから。……あ、まだなんだ。実は鍵持ってくの忘れちゃって。……そうなの。え? 車で迎えに来てくれるの? 分かった。じゃあそれくらいにあのコンビニに行くね」


 しゅばばっと打ち合わせをしていましたが、相手は恐らく彼女の母でしょう。お母さんとコンビニで待ち合わせて一緒に帰宅するようです。私はこんなに可愛い彼女が、一人で夜道を歩かなくて良くなったことにほっとしながら、上着を羽織りました。

 校内は真っ暗です。いつもとは違う雰囲気に、長谷川が「ねぇ石井、私怖い」なんて言って腕にぎゅっと抱き付いて胸を押し当ててくれることを期待しましたが、存外スタスタと普通に歩いています。


「何を期待してるのかは手に取るように分かるけど、しないよ」


 聞きました? 私は落ち込んでなんていません。私が何を望んでいるのか、手に取るように把握してくれているんですって。素晴らしい彼女ですよね。エッチできた直後なので、めちゃくちゃポジティブです。ヤバいクスリでもキメたかのようです。

 そっかーと言って頬を緩ませ、彼女の後を付いていきます。昇降口に辿り着き、いつもと同じように靴を履き替えると、重ためのドアを押します。


「たまには学校でするのもいいね」

「調子に乗るなよ」


 え、ひど……。

 そうして私達は、待ち合わせしたコンビニへと足早に向かいました。思ったよりも早く着きそうだったので、近くの公園でのんびりすることにしました。ベンチに腰掛けて正面を見てみると、街灯に照らされる遊具が心無しか寂しそうに佇んでいました。

 手を繋いでぼーっとしていると、彼女が私の肩に頭を乗せてきました。はい可愛い。私はその仕草に六億点という点数をつけながら、口を開きます。


「長谷川ってスキンシップ好きだよね」

「石井は嫌なの?」

「まさか。ただ、好きだよなーって。その、長谷川は忘れろって言ったけど、さっき、教室でもさ……」

「あぁー……っていうか……これ石井が傷付くと思って言わなかったんだけど、エッチするときの触り方より、ああいう時の触り方の方が気持ちいいんだよね」

「なんで傷付くと思って黙っててくれたのに言っちゃったの? めっちゃ傷付いた」


 長谷川は私に精神的にダメージを与えるのが本当に上手です。特にエッチが下手系のディスは何度されても心が抉られます。

 そうして私は、聞こうか迷った言葉を一度飲み込んで、結局口にしました。ダメージを与えられた腹いせ、という気持ちがないと言ったら嘘になります。言いたくなさそうにしていたから、ちょっと困らせたかっただけなんです。


「さっき更衣室を使おうって話したとき、躊躇ってたよね。あれはなんで?」

「はぁ……?」

「私、忘れてないよ。気が変わる前に行こうって、長谷川言った」


 困ってる困ってる。私は、彼女が部室を使うことを躊躇った理由を一つも想像することなく、ただイジワルしたい一心で話を続けていました。そして油断した心に落とされたのは、紛れもなく『核』の類いの何かでした。


「だって……部室使う度に思い出しちゃいそうじゃん、えっちのこと」

「………………………………」


 危ない。本当に危なかった。殺されるかと思った。私は心臓を押さえてゆっくりと呼吸をします。あと、是非毎日思い出してほしい。


「あ、そろそろ時間だ。行こ」


 たったいま九死に一生を得た人間に歩けと申すか。しかし、今の長谷川の発言で興奮したことがバレたら、怒られる気がするので黙っておきます。そうして私達は公園を後にしました。その日は長谷川を最寄りのコンビニまで送り届けて、帰路につきました。

 一人になった帰り道。私はググっていました。学校の教室を性的な意味で全制覇するにはどうしたらいいのか、真剣に考えながら歩きます。難易度的にはやっぱり職員室が一番な気がします。あと憧れるのは理科室と体育館の倉庫ですね。それと教室。保健室もなかなか王道ですよね。やっぱり全制覇したい。だけどそんなこと言ったら絶対しばかれる。

 どう伝えれば乗り気になってくれるか、全力で考察します。違和感に気付いて振り返ると、結構遠くに自宅の団地が見えました。


「通り過ぎてんじゃん……」


 自分の必死さに驚きながら、私は道を引き返して家へと向かいました。

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