80%の欲望と19%の羨望と1%の忘却でできてる女

 こんにちは、石井です。

 クラスメートにレズバレしてしまった私ですが、実はそれからも何の不自由もなく生活を送ることができ、無事に三年生になることができました。『バレ』した翌日の朝は「机に菊の花が置いてあったらどうしよう」とか色々心配しましたが、そういうことはなかったです。

 変化といえば、たまにあの三人に長谷川のことを聞かれるくらいです。あとは「今日テニス部休みらしいね、一緒に帰れるね」なんて言われたり。何故か私よりも長谷川のスケジュールを把握してたりします。

 最近、長谷川のことで少し悩んでいます。これは長谷川の元々の性格もあるのかもしれませんが、彼女、私のことが本当に好きなのか分かりにくいんです。身体を許してくれてるということはもちろん好いてくれているとは思うのですが、えっちの後だってわりと淡々としてるし、なんだか心配になります。

 先日、ピロートークというものを開催? するといいという情報をゲットしたので、終わったあとでタブレットを操作して話題をググっていたら怒られました。彼女に理由を話すと、それにしてももう少し自然にやれって。自然にってなんですか? 自然ですよね? えっちするー二人で横になるータブレットでググるーそれを見ながら睦言を交わすー、はい。どこに妙な要素があるのか私には分かりません。

 うん、分かっているんです、実は。おそらく彼女はググって欲しくないんですよね、おおっぴらに。こう、調べるにしてもあらかじめ済ませておいて欲しいと、そういうことじゃないかと。タブレットに触ろうとすると眉間に皺が寄るので、間違いないと思います。

 でもググらないと……これ以上変なことをして彼女に嫌われてしまったら……別れ話とかされたら……別れる危機の脱出の仕方や、傷心の癒し方すらググってしまいそうで……。


「また考え事?」

「あ、栄子さん」

「石井さんってクールな人だなぁって思ってたんだけど、じっと観察してると結構表情豊かだよね」

「そ、そうかな」

「うん、増減〇だと思ってたけど、二くらいは動いてるって感じ」

「それおそらく殆ど動いてないよね」

「普通の人を百とした場合ね」

「血が通った置物じゃん」


 栄子さんは最近、私にすごく話しかけてくれます。たまに、「可哀想なバカレズだと思われているのかな」という気持ちになりますが、私は彼女を信じます。そんな酷い人なわけがない、と。ただ油断すると、「聖人のような彼女にすら私は引かれるレベルなのかもしれない」というネガティブを発動してしまうので、注意が必要です。


「というか、じっと観察なんてしないでもらいたいな」

「目の保養ってやつだよ。石井さん、かっこいいし」

「……?」

「日本語理解できない外人になったみたいなリアクションするのやめて」


 彼女の言ってることは理解できませんでしたが、おそらく好意的に思ってくれているのでしょう。だからこうやって放課後に話しかけてきてくれたりするんです。きっとそうです。

 そこで私は、どうせバレているのならと、思い切って長谷川のことを相談することにしました。


「あの、ちょっと相談があるんだけど……」

「え? 私に? なになに?」

「長谷川のことで……」

「い、いいけど、何かあったの?」

「長谷川って、私のこと、そんなに好きじゃないのかなぁって、その……」

「ない。ないない」


 栄子さんは急に無表情になって、手を顔の前でさっさっと振りました。お小遣いの前借りを頼んだときのお母さんみたいです。妙にデジャブを感じるその仕草にぐぎっとなりつつ、食い下がりました。


「違うの、本当に。その、最近すごく冷たくて……」

「え? そうなの? なんか怒らせるようなことしたんじゃない?」

「心当たりはないんだよね……いつも『ググるな』って怒られてはいるんだけど……」

「それは心当たろうよ」


 栄子さんはため息を吐くと、私の机の上に腰を下ろしました。そして周囲に話を聞いている人がいないことを確認すると、私に耳打ちしました。


「っていうか、エッチの時もググってるって言ってたよね? あのさ、そういうの、上手く言えないけど良くないと思うよ。最初だけならまだしも、ほら……ずっとだと、ね……?」

「なぜ? ググってこれなら、ググらなかったらもっと悪い結果になることは目に見えていると思うんだけど」

「ゲームや漫画でたまに出てくる、『占いに頼らないと決断を下せない愚か者』の亜種みたいなこと言わないで」

「それだ!」

「はい?」


 私は勢い良く立ち上がりました。まばらに教室に残っていたクラスメート達が驚いて私を見ましたが、今はそんなことどうだっていいです。


「私、占いしてもらってくる!」

「待って」


 腕をがしっと掴まれると、そのまま引き寄せられ、腰を掴んで着席させられました。長谷川級とまではいきませんが、栄子さんもなかなかの腕力の持ち主のようです。いや、もしかすると私が非力&軽すぎるのか?

 何故彼女に引き止められたのか、全然分かりません。これについてはすぐに問いつめないとダメです。天啓とも言えるアイディアにストップをかけられたのですから。


「何故止めたの?」

「だから、そういう方向性が良くないんだよ」

「ググることができないのならば占い、非常に合理的だと思うんだけど」

「全然合理的じゃないし、占いに行って『どんな風にエッチすればいいですか?』とか聞くの? ヤバくない?」

「それは最近段々分かってきたから大丈夫だよ」

「え……? 詳しく教えてくれる……?」

「栄子さんってやっぱりドスケベだよね」

「やっぱりって何!?」


 エッチなワードへの食い付き方が半端ないんですが、もしかしてこの人、無自覚なんでしょうか……。

 もちろん、私はここで性的な話題について話すつもりはありません。万が一本人にバレたら命を手放すことになるでしょうし。いやそれだけならいいです、長谷川が私の何かをバラすということだって考えられます。内容によっては死よりも辛いです。

 つまり私達は互いの命を握り合っているのです。こういう見方をすると、なんか殺伐としていますね。


「じゃあさ、まず、確かめてみよう?」

「何を?」

「私は長谷川さんは石井さんのこと大好きだと思ってるんだ?」

「は、はぁ……」

「石井さんの話を聞いてから、やけに二人のことを観察する癖が付いちゃったんだけどさ。見てたら分かるもん。移動教室の時とか、長谷川さんっていつも石井さんのこと、目で追ってる」

「後半は嬉しいんだけど、前半はなんか怖いから今後やめて欲しいな」

「だって、女の子同士で付き合ってるってさー。自分の周りでは聞いたことなかったし、なんか意識しちゃうんだよー……ごめんね、冷やかしたりバカにするつもりはないんだけど……」

「うっ……」


 こうまで言われてしまったら、あまり無碍にもできません。見られているのは恥ずかしいけど、普段から観察しているという栄子さんがこう言ってくれるのは、心強くもあります。


「大体、石井さんのその自信のなさの理由はなに?」

「え?」

「だって付き合ってるんだよ? それってつまり、お互いに好きってことじゃん」

「それは、そうなんだけど……これまで、全部私からだったから、なのかな」


 栄子さんに言われて過去を振り返ってみると、全部私からでした。告白も、どこかに誘うのも、初めてエッチしたときだって。長谷川はいつもいいよって言ってくれるだけ。それが私の不安を煽っていたのかもしれないと、ようやく気付きました。


「……なるほど、ね」

「あと過去を振り返ってみて気付いたんだけど、長谷川が私に好きって言ってくれたこと、ほとんど無い。付き合いたての頃は、言ってくれてたと思うけど。少なくともここ数ヶ月はない」

「これまたダイレクトな問題が発覚したね」


 さきほど座らせられたにも関わらず、私は再び勢いよく立ち上がりました。栄子さんが私を座らせるまでがワンセットです。少しだけ人数が減った教室内の、殆どの生徒が私を見ています。しかし、そんなのはお構いなしです。私は気付いてしまったのだから。


「私、長谷川に好きって言ってもらいたい」

「うん、さっきより大分まともになったね!」

「まともって何? 私はずっとまともなのに」

「……で、どうやってそれを引き出すか、だけど」

「露骨に話し逸らすのやめて!?」


 栄子さんは腕を組むと、うーんと唸っています。おっきい胸が腕に圧迫されて苦しそう。こんなこと言ったら軽蔑されそうなので絶対言えませんが。っていうか彼女と話してるときって、結構目のやり場に困ります。長谷川は困らないんですけどね。私が気持ち悪いくらい女体好きなの知ってますし。っていうかたまに気持ち悪いって言われますし。


「石井さん」

「何?」

「ググろう」

「……!!」


 師匠に必殺技の使用を許可されたような気持ちです。ヤバい、私、一瞬だけ少年漫画の主人公になった。

 スマホを取り出してブラウザを開く! そして、「彼女をきゅんとさせる方法」と入力して、画面をターン! エンドだ!


「打つの早っ」

「ググるときによく怒られてたから……待たされるのが嫌なのかな、じゃあスピードを上げようって思って、一時期頑張ってたんだよね」

「見当違いな努力って本当に無駄でしかないよね」


 なにやら酷いことを言われた気がしますが、まぁここはスルーしましょう。とにかく結果を見るのです。すると、出るわ出るわ。ちなみに私が「好きと言わせる方法」と調べなかったのは、告白させる方法がたくさん出てくると思ったからです。私ほどになると、『違う、そうじゃない』というワードを事前に察知する能力が身に付いているのです。


「これ、ベタだけどいいんじゃない?」

「壁ドン……?」


 確かに、これはいいかもしれません。私は普段乱暴な方じゃないですし。いきなりこんな大胆なことをされたら、本当に私のことが好きなら、長谷川だってドキっとしちゃうのでは……?


「私、早速やってくる」

「教室にいるの?」

「うん、今日は日直で日誌書いたりしなきゃいけないとか言ってたし」

「そうなんだ……じゃあ、私はこっそり見てるね」

「えっ」

「頑張ってね!」


 あの、できれば見ないで貰いたいんですが……。まぁ仕方ないですね。この発想に至ったのは彼女のお陰でもありますし。単純に応援したいと思ってくれている人は、大切にした方がいいですよね。

 私は颯爽と隣の教室に赴きます。いた、長谷川だ。ちょうど教室の真ん中くらいの席に座って、一人でつまらなさそうに何かを書いています。


「長谷川」

「は、はぁ……? ど、どうしたの?」


 彼女の驚きも無理はありません。私達はあまり学校では話さないようにしています。なんか照れるし。主に私が無意識にべたべたしちゃいそうなので、これでも自重してるんです。っていうか学校でエッチしたくなったら本当に地獄なんで。


「立って。こっち来て」

「な、何? まだ日誌終わってないんだけど」


 彼女を壁際に立たせると、私は深呼吸をします。

 長谷川、ちっちゃくて可愛いな。こんなことして大丈夫かな。いや、怖くない、大丈夫、ちょっと緊張するけど、やっちゃえば平気だから。ドキッとして好きっ♥ ってなる長谷川が見れるから。いくよ、せーの。

 私は意を決して、腕を伸ばしました。鳴り響くのは轟音。廊下を歩いていたらしい生徒達のどよめきが聞こえてきます。気合いを入れ過ぎたというか、力加減を少々間違えた気はしましたが、おおむね成こっ……!


「ぐはっ……!?」


 腹部に激痛が走り、私は気付くとその場に踞っていました。え? 何? 何が起きたの? 意味が……。

 顔を上げると、そこにはアッパーのような手付きで拳をやや前に付き出している長谷川がいました。あ、これ、お腹殴られたな。


「急に何の真似? 喧嘩売ってきたにしては隙だらけじゃん」

「えと……」


 めっちゃ怒ってる。ヤバい。なんで?

 ドキッとして好きっ♥ どころか、怒気っとして隙っ♥ ってなってるじゃん。

 っていうかお腹めっちゃ痛い。穴開いてない?

 私は痛む腹部、もう内臓が痛いのか表面が痛いのか心が痛いのか分かりません。多分そのどれもが痛んでると思うんですが、とにかくよろよろと立ち上がりました。


「待って……! 喧嘩は、売ってないんだって」

「人の仕事を邪魔した挙げ句、わざわざ移動させてすぐ近くの壁を叩くなんて喧嘩売ってるじゃん」

「違……いたた……違うの! 壁ドンしたかったの!」

「いやさっきのアンタがしたことは壁ドゴォンだったよ」

「ちょっと力加減間違えただけじゃん! 分かってよ!」


 私は必死で悪意はなかったことをアピールします。そうするしか選択肢はありません。長谷川の気持ちを確かめたいだけなのに、どうして。一体どこから間違えたんだろう。


「私は石井から自分の身を守ることで精一杯だったよ」

「ちょっと異音がしたからって普通の女子高生そんな綺麗に戦闘スイッチ入る!?」

「アンタのお陰で大分鍛えられたよ」


 ああ言えばこう言う。私が長谷川に抱いた印象ですが、それはきっとお互い様でしょう。私は腹部を押さえたまま、仕事頑張ってねと言い残して、その場を去ることしかできませんでした。あれ以上続けたら、余計なことを言ってまた殴られそうな気がしたので。

 教室に戻ってきて椅子に座ると、ずっと押さえていた腕を解放します。はい、まだ痛い。私が浅く息をする様子を見ながら、後ろを付いてきたらしい栄子さんは再び机の上を陣取りました。


「あの……二人って、本当に付き合ってる?」

「付き合ってるよ!」


 そこから疑わしくなるようなやりとりだったってこと? すごく傷付きました。私は先ほど頭の中を過ぎった、あの疑問を栄子さんにぶつけてみることにしました。


「どこから間違っちゃったのかな……壁ドンの力加減から……?」

「力加減以前に、そこに至るまでの流れがめちゃくちゃ不自然だったよ」

「じゃあ、別のシチュエーションでやればワンチャンある……?」

「多分もう壁ドンは警戒されてるし、無理だと思う」

「ぐっ……!!」


 じゃあどうしたら。正直、栄子さんの言う事、信じたくない。まだ可能性はあるって思いたい。でも、あんなに怒ってる長谷川に似たようなことをする勇気は、もうないです。


「顎クイとか、憧れるな……」

「顎グリンになって、首バキで返されそう」

「的確な表現やめて」


 悔しいけど、彼女の言うことは尤もです。私が何かをしようとしても、下手なことをすれば完全に逆効果、それこそ別れ話を切り出されることになるかもしれないですし。


「っていうか石井さんって長谷川さんのこと待ってるんだよね?」

「うん、今日はね。まぁ大体毎日だけど。長谷川は忙しい人だから」

「これから、教室に迎えに来てくれるの?」

「いつもはそうだけど……さっき怒らせちゃったから……あんまり自信ない……」

「私は、きっと来ると思うなぁ」


 気付けば教室に残っているのは私達だけになっていました。

 長谷川が迎えに来てくれたとして、栄子さんが一緒にいればそれほど怒られずに済むかもしれない、という私の淡い期待は見事に打ち砕かれます。なんと、栄子さんの彼が迎えにきたのです。


「あー……その、ごめんね?」

「あ、もしかしてオレ邪魔だった……? 今日は別で帰る?」


 なんだこの彼氏、優しい君か。私の悲しそうな顔を見るや否やこの発言。めちゃくちゃいい人そうです。というか、実際いい人なんだろうな。栄子さんもいい人だし。

 でも私のこの表情の源泉は「長谷川に一人で会って怒られたくない」という、わりとしょーもない理由によるものなので、気にしなくて大丈夫です。仲良く帰って下さい。

 私は手を振って二人を見送ると、教室で一人、ぼーっとします。こんな早い時間に人がいなくなるなんて、結構珍しいです。時計を見ると、もういつ長谷川がやってきてもおかしくない時間になっていました。

 なんとなく廊下に目を向けると、私に声をかけようとしていた長谷川と目が合います。すごい、こんな偶然あるんだ。

 奇跡と呼ぶには大袈裟で、たまたまと言うには運命的なその偶然に、少し胸が高鳴ります。


「あ……」

「……よう、ばか」


 長谷川は私以外の誰かに用事があったようです。馬鹿と呼ばれた誰かをきょろきょろと探していると、お前だよばか! と大きな声で怒鳴られました。ひゃいという間抜けな声を上げて、私は思わず立ち上がります。

 ずかずかと教室に乗り込んでくる長谷川。怖い。さっきあんなことをやらかしたばっかりなので、どうしても恐怖が先に来てしまいます。長谷川は私があんな馬鹿なことをしても、こうして迎えに来てくれたというのに。

 背筋はもちろん、指先までぴんと伸ばしてみます。普段から感じている身長差が余計強調された気がして、怯えながらも長谷川を愛しく感じる自分が居ます。

 でも、なんだろう。なんか腹立ってきた。私はただ、長谷川に好きって言ってもらいたいだけなのに。見当違いな怒りを胸に、私は八つ当たりなのを知りながら彼女に立ち向かいます。


「ばかじゃ、ないもん」

「ばかじゃん。なんであんなことしたの」

「……さっき言った」


 はぁ? そう聞こえたと思った次の瞬間、私の頭部が激しく痛みました。学級日誌が頭上に振り下ろされたのです。


「いったぁー!」

「石井のくせに生意気じゃん」


 長谷川の目には明らかに怒りの色が浮かんでいました。いや、浮かんでいたなんてものじゃありません。怒りを具現化させたら長谷川の瞳だったって感じです。なんですかあれ。RPGの重要アイテムみたい。

 しかし私は挫けません。ここで屈してしまっては、腹部を強かに打たれた自分が少し不憫です。


「長谷川が私のこと好きか、わかんなくて、不安だったんだよ」

「……マジでバカじゃないの?」

「えっ」

「頭大丈夫? まぁ大丈夫じゃないからこんなアホなこと言ってるんだろうけど」

「いきなり辛辣レベル6458454くらいの暴言吐くのやめてよ」


 折角心中を吐露できたと思ったのに、あまりの仕打ち。普通ここまで恋人を罵ります? 頭が大丈夫じゃない、バカ、アホ、これらの単語をたった二言に込めます?

 放心状態になりたいのをぐっと堪えて意識を揺り動かすと、言葉は自然と口を突いて出ていました。


「長谷川、好きって、言ってくんないし」

「……」

「え、何?」


 長谷川は何も言いません。何も、言ってくれない。私は少し不安になりつつも、もしかしたら彼女自身が自分の言動を振り返って「あぁそうだったかも」なんて思ってくれてるのかなって、期待しました。だって、長谷川って本当にそういうこと言ってくんないから。

 私はできるだけ優しく問いかけながら、彼女の顔を覗き込みました。そして叩きつけられたのは衝撃的な一言でした。


「いま、本気で石井に死ねって思った」

「なにそれ怖いんだけど」


 何その殺意。好きって言ってくんないじゃん。長谷川は知らないかもしれないけど、私にはテレパシー機能とか付いてないから、ちゃんと言ってくれないとわかんないんだよ。

 また学級日誌の角が飛んでくるのが目に見えているので、そんなことは言えませんが。っていうかテレパシー使えたらヤバい、今の読まれてたら死んでる。


「好きって言ってくれないのは、石井だって同じじゃん」

「……え」


 私は思考を停止させました。え、なんて言ってみましたが、それはなんというか、たまたま口からそういう音が出ただけで、会話としてではないというか、本当に無意識に発せられたものです。私自身は自分の言動を振り返ることで忙しかったので。

 言われてみれば。好きって、告白したときとか、それからしばらくは言ってたけど……あの頃は長谷川だって言ってくれてた。いつから私は長谷川にそういう言葉を贈らなくなったんだろう。いつから、長谷川は私に好きって言わなくなったんだろう。もしかして、長谷川の言動って、私の言動の鏡だったんじゃないかって。ふとそんなことに気づきました。

 だけど、これだけははっきり言える。確かに、好きという言葉に限定すると私もかなり体たらくでしたが、私には彼女と違う点があります。私は別の言動できちんと愛情表現をしていたのです。


「いやー………でも私、えっちしたいって言ってるじゃん」

「うん」

「じゃあ」

「身体目当てでもいいって思ってるから。誰でもいい中で私を選んでくれたとしても、それでもいいから」


 その言葉に、私は愕然としました。自分の彼女に、なんて悲しいことを言わせて、思わせているんだって。少し悔しくなりました。

 いや、確かに、女の子好きだけど……でも、私には長谷川以外有り得ないって思ってるし。ちょっと栄子さんの胸とか椎名さんのはだけた服の隙間とか見ちゃうけど、そういうのじゃないっていうかそういうのなんだけどあれについては本当に許して下さい。ごめんなさい。


「私、そんなんじゃ」

「うん。信じてるよ」

「じゃあ」

「でも、不安なときは、あるよ」

「……ごめん。私、自分のことばっかりだった」

「ううん。石井がしたいって言ってくれるのは嬉しいから」


 このとき、私は確信しました。私のしたいという言葉が愛情表現だと言うなら、長谷川の「いいよ」だって、十分愛情表現なんじゃないかって。

 私達の関係は、そんな風に変化したとも言えます。だけど、私が長谷川に言われたかったように、長谷川だって、ずっと待ってた言葉があるんじゃないかって。私は、求め合うような関係より、与え合うような関係になりたい。


「ねぇ長谷川」

「なぁに?」


 好きって言え。恥ずかしがるとかもう今更だろ。いや、恥ずかしいわけじゃない。私にはもっと言わなきゃいけないことがある、気がする。それを伝えるんだ。


「いますぐ帰ってエッチしよ」

「石井ってドMなんじゃないかってたまに思うよ」


 風を切って振り下ろされた学級日誌が、再び私の頭の上に着地します。


「ったぁ~~!!」

「自業自得じゃん。私、これ置いてくるから。あとついでにアンタのことも置いて帰るから」


 ついで!? それが待ってた彼女にする仕打ち!?

 言葉にしたつもりが、頭のてっぺんに居座る痛みが発言を許してくれません。下を向いて頭をおさえているので、長谷川がどこにいるのかすら分からないっていう。おそらくは教室の出入り口の辺りにいることが予想されます。ここで女を見せないと、長谷川を悲しませることになるでしょう。

 彼女は優しいから、きっと私がここで頭をおさえて呻いたままでも、明日には普通に接してくれます。今日あったこんな会話も全部どっか、自分の心の中にしまい込んで、忘れたふりをしてくれる。そんな気がしたんです。それが、すごく怖い。あと、私はマジで『ついで』でこの教室に放置されることになるでしょう。それも怖い。


「長谷川!」

「もー……なに? 冗談だよ、すぐ戻ってくるから」

「好きだよ」

「……へ?」


 いや、私もだよって言ってよ。なんでヤバい人を見るような目でこっち見てんの。傷付くから。

 だけど私はめげません。今まで、ずっと長谷川を待たせていた気がするから。長谷川がさっき私にしたように、ずかずかと歩み寄って、いつもと同じように彼女を見下ろします。


「好き」

「……私も」


 も~~~違うじゃん~~確かにさっき私は『私も』って言ってって思ったけど、それは一回目の好きだよのときであって、もう二回も言ったんだからちゃんと長谷川も同じように返してくれないとダメじゃん~~~法律違反じゃん~~。

 私は心の叫びをぐっと堪えて、ただ長谷川を見つめました。


「……私も、好きだよ」

「へへ」


 そうそうそれ。私は抱きしめたくなる衝動を抑えて、鞄を手に取りました。一緒に帰れる、そう確信したから。

 そして体に走る衝撃。今度は掌底で背中を突き飛ばされた……? なんで……? 背を見せたら殺すということ……? と思ったのもつかの間、ゆっくりと振り返って、その正体が存外可愛いものだったことを知ります。長谷川が私に抱きついていたのです。自然と手が彼女の頭に伸びて、柔らかい髪を撫でながら、私は深呼吸しました。


「今日、親いない日だったよね?」

「あんたの頭の中は本当にそればっかりだな」


 私の腰を抱く腕に、力がこもっていきます。あのね、それ、痛い。長谷川は愛情表現のつもりなんだよね、分かるよ。でもね、めっちゃ痛い。


「なんで!? さっきよりかなりマイルドに誘ったじゃん!」

「このタイミングで誘う方がおかしいって言ってんの!」


 いやこのタイミングで誘わない方が失礼だと思うんだけど。しかし、そんなことは口が裂けても言えません。っていうか、言ったらマジで口が裂ける事になります。

 その日、私達は職員室に寄って日誌を戻すと、校門をくぐって、手を繋いで長谷川の家に向かいました。

 え? エッチ? させてもらえませんでした。

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