90%の言っていいことと10%の言っちゃマズいことを理解してない女

 こんにちは、石井です。

 はぁー、帰って長谷川とえっちしたい。そんなことを考えながら午後の授業をこなしています。私と長谷川は所謂同性カップル、相手の長谷川というのは、あと少しで高三になる同級生の女の子です。

 数ヶ月程前に大人の階段の一段目を踏み出してから、それはもう怒濤の勢いで、天辺まで登りつめたと言っても過言ではない、注目度ナンバーワンのカップルです。誰に注目されているのかは分かりません。覗き見だなんて気持ち悪いですね。

 正式にテニス部の部長になった彼女は、以前にも増して忙しそうにしています。私はぼんやりと彼女を待つ時間が少し増えました。ちょっと寂しい気もしますが、ぼんやりするのは得意なので全然大丈夫です。私、こう見えてハートは結構強いんです。たまに「なんでそんなに下手なの?」とドン引きされつつも、自傷行為に走ることなく、強く生きているんですから。

 帰りのホームルームの最中、彼女に「家に行っていい?」とメッセージを送ると、「今日は家族で出かけるって言ったじゃん」と返事が来ました。完全に忘れてた。

 行儀良く着席していた姿勢で脱力すると、頭から机に落下しました。痛い、めっちゃ痛い。あと、すごい大きな音が鳴って、周囲の視線も大分痛い。私は色んな意味で、そこから顔を上げることが出来なくなりました。




「ねね、さっきのどしたの?」

「あ、いやー、別に。ごめんね、びっくりさせて」


 ホームルームも終わり、机の中の物を鞄に移していると、普段はあまり話をしない子が話しかけてきてくれました。おそらく心配だったのでしょう、彼女は斜め後ろの席の子で、榮倉えいくら栄子えいこさん。位置的に、彼女からは私の奇行の一部始終が、はっきりと見えていたことでしょう。


「でも、急にゴンっ! ってさー。おでこ、赤いよ?」

「あ、ああ、ホント、平気だから。ありがとう」


 彼女は皆から栄子と呼ばれています。交流はほとんどありませんが、いつもクラスの中心にいる子なので、フルネームを知っているのです。活発そうなショートカットに褐色の肌。私という魂が、あと千回転生しても成り得なさそうな容姿です。


美々びびも心配したよね?」

「えぇ、何があったんですか?」


 栄子さんは振り返って、近くに居た美々さんに話題を振ります。美々さん、ごめんなさい、私、あなたの名字覚えてません。紹介が雑になってしまいますが、とにかくモデルみたいに綺麗で、長いストレートの髪が素敵で、勉強が出来ない人です。

 私、見たんです。この間の国語の小テストで、この人が〇点取ってるとこ。こんな綺麗で敬語キャラなのに、絶望的に勉強できないってヤバくないですか?


「石井さん、このあと暇? 良かったらちょっと話してこーよ」

「あっ、それいいですね!」

「んじゃーあたしも混ぜてよ!」


 窓際から声がしたので、視線を向けると、そこには椎名しいなさんがいました。彼女に至っては名字しか知りません。男を取っ替え引っ替えしてるとか、そういう噂を聞くギャルです。男性関係ではあまりいい噂を聞きませんが、人当たりが良く、案外喋りやすい人だと記憶しています。多分、その四捨五入したら白、みたいなその金髪を辞めたら、もう少しだけ噂を制御できるんじゃないかと思います。


「いいけど、椎名はいいの?」

「何がー?」

「彼氏だよ、この間言ってたじゃん、新しくできたって」

「もう別れたから大丈夫!」


 それ大丈夫じゃないですよね。そう思いつつも、私は笑顔で彼女の不穏な発言を聞き流します。椎名さんは噂通りってことか。ここまで突き抜けてると、不思議と嫌悪感すら抱きません。というか、そもそも彼女達が取り合っているものが私の対象外なので、お好きにどうぞ、という感じです。


「私、一回石井さんと話してみたかったんだよねー」

「分かるー! 石井さんって高嶺の花って感じで、ちょっち近寄り難いよね!」

「で、ですよね! 高値の鼻……? って感じですよね!」

「そ、そうかなぁ」


 高値の鼻って何? 急に人身売買の話するのやめよ?

 出かけた言葉をぐっと堪え、私ははにかむことしかできませんでした。普段、クラスメートから自分がどう思われているかなんて、あまり考えてこなかったのです。しかし、まさかそんな風に思われていたとは。


「物思いに耽った様子で、窓の外眺めてる姿とか、画になるよねー」


 ごめんなさい、最近のそれは多分、長谷川とのアレを思い出して「早く会いたいなー」とか考えてるだけです。


「そうそう、ものもらいで耽る様子、素敵ですよね」


 美々さんはさっきから何を言ってるの? それじゃ私が目に異常がある事にも挫けずに自家発電してる女みたいじゃない? やめて?


「石井さんって彼氏とかいんの?」


 椎名さんの発言に驚き、私はいつから握っていたのか分からない筆箱を、床に落としてしまいました。ここまで動揺してしまうなんて、居ると言っているようなものです。


「あっ……」

「いるん、ですね……」

「ひゅ〜」


 ヤバいです。緊急事態です。どうしたらいいんでしょうか。私が困っていると、栄子さんが慌てた様子で言いました。


「あっ! っていうか彼氏と待ち合わせとかない!? 強引に引き止めちゃった!?」

「あ……いえ……」


 分かっています。今のは絶好のチャンスだったと。逃げる口実を向こうから与えてくれたにも関わらず、私はそれに乗らなかった大馬鹿者です。でも、ここで帰ってしまうと、『強引に引き止められた』ということを肯定してしまう気がして、動けませんでした。皆と仲良くしたい気持ちはあるのです。ただ、言いたくないことがあるってだけで。


「良かったー。何か用事があったら、遠慮なく言ってね」

「う、うん」

「っていうか、石井さんのカレシ、あたしが立候補したいんだけど! 石井さんチョーキレーだし!」


 私と付き合ったら椎名さんヤられる側になるけどいいのかな。

 ここは綺麗に話題を変えないと大変なことになります。


「わ、私の彼氏の話はいいじゃん。栄子さんと美々さんは、彼氏いるの?」

「私は幼馴染と付き合ってるよー。もう五年くらいかな?」


 すごい『っぽい』です。この中で一番、このまま結婚して幸せな家庭を築きそう。彼女からはそういう貫禄のようなものが、既に滲み出ています。一方、美々さんはというと、何故か暗い顔をしていました。


「私の彼はですね……いるにはいるんですが、ちょっと馬鹿でして……」


 彼女がそう言った瞬間、この場の空気が凍りました。美々さんに馬鹿と言わしめるなんて、とんでもない男だ。誰も口にしなかったけど、考えていたことは一緒だと思います。


「この間、自転車でノーブレーキで坂道を下って、壁に激突して入院しました」

「馬鹿だー!」


 椎名さんが堪えきれず、脳直で感想を吐き出してしまいました。しかし、馬鹿だ。私もよく長谷川に馬鹿馬鹿言われるけど、美々さんの彼氏には絶対に勝てる気がしない。


「しかも入院中にえっちしようとして見つかって、看護士さんにしこたま怒られました」

「えっ、どういう……? 浮気っつーこと……?」

「いえ、私が上にまたがったところを取り押さえられました」

「それ半分は美々さんの責任だよね」

「面会時間外、不純異性交遊、大部屋であったこと、そもそも骨折して安静にしていないといけない人間にまたがるなんて正気の沙汰ではない等、色々な観点から怒られました」

「麻雀だったらすごい役ついてそう」


 ある意味でお似合いなんでしょうか。しかし、美々さんにここまで尽くされている彼氏さんが少し羨ましいです。私が同じ目に合っても、おそらく長谷川は一ヶ月くらいずっと軽蔑の眼差しで私を見つめて終わりでしょう。


「美々さんのとこって……その、してんだ?」


 意外そうな声をあげた椎名さんは、顔を赤らめながら質問します。男を取っ替え引っ替えしてる人にしては、かなり意外なリアクションじゃないでしょうか。


「あ、はい。一応。あっ、でもまだ数えるくらいしか……!」

「数えるくらいしかしてないのに入院中の大部屋でヤろうとするってヤバくない?」

「それね」


 私はついに耐え切れずにツッコんでしまいました。でも、この発言に訂正する箇所はありませんし、誰もが抱く疑問だと思います。


「馬鹿ですけど、私に早く会いたくて急いで怪我したらしいですし、その、彼を元気付けたくて……」

「もしかしなくても、早く会いたいっていうか、エッチしたかっただけなのでは?」

「あたしも思ったけど、それ言ったらヤバくね?」

「なんていうか、相性ってあるんだね……美々さんのところはある意味すごい良いんだろうね」


 私達はこっそりと好き勝手言いました。もし本当にただの純愛ならごめんなさい。私は顔も知らない美々さんの彼氏に謝ります。


「相性といえば、栄子のとこも良さそうだよね」

「五年ですよね? すごいです、私なんて五年後、存命している自信すらありませんよ」

「美々さんが言うとマジっぽいからやめて」


 五年。小学生が高校生になる程の月日だと考えると、とても長く感じます。私と長谷川も、そんな感じでずっと仲良く出来たらいいな。


「まぁ性格は小さい頃から知ってるからねぇ。相性というか、経験というか」

「椎名さんが言ってるのは体の相性の話だと思いますよ」

「はぁ!?」

「私もそっちだと思った」

「石井さんまで何言ってんの!? 何か悪い物でも食べた!?」


 みんなの中で私がどういうキャラなのか、さっきの会話で大体想像つきましたけど、でも一つだけ言わせて欲しいです。

 私は、むしろ悪い物を食べたらエロに対する情熱を失って、逆に長谷川に心配されると思う。そのくらいスケベだよ。と。


「相性って……よく分かんないやー。一人しか知らないし。そういうのは椎名さんが詳しいんじゃない?」

「え、あたし処女だから分かんない」

「嘘だ!!」

「ちょっ! 石井さん! 失礼だよ!」


 この中で一番色々してそうなのに、なのに、え、絶対嘘。嘘ですよね?


「あー、いーのいーの。みんなそう思って、男も近寄ってくるんだし」

「もう少し真面目そうな格好をすれば、そういった輩に目をつけられる率も下がると思いますが」

「えー? だって、あたしはあたしだもん。髪は染めたいしー、オシャレしたいしー、彼氏は硬派なのがいい!」

「問題は引っかかる男がことごとく軟派だってことだよね」

「それな」


 見た目に釣られた男達は、椎名さんの理想の男性像を聞くと、去っていくそうです。中にはかなり押しが強いのも居たみたいですが、流されずに断ってきたとか。長谷川がこのタイプの子じゃなくて良かったと思ってしまいました。だって、流されてくれなかったら、私達は進展しないままだったろうし。それで別れたりしないですけどね!

 でも、私は長谷川と肉体的に結ばれてよかったと思っているので、やっぱりちょっとホッとしてしまいます。


「まっ、あたしはゆっくり真実の愛を探すからいいんだー」

「石井さんは、その……したり、してないよね?」


 なんで私だけしてない前提で質問されるの? してるなんて言ったら厄介なことになるのは分かってるけどね。でもね。なんていうんだろう、『石井さんにはしてて欲しくない』という圧力をすごく感じる。永遠の少女であることを強いられている感じ、分かります?

 みんなが期待してるとこ悪いんだけど、どっちかっていうとエッチに積極的なの私だし、っていうかもっと言っちゃうと長谷川って私に付き合ってくれてる感がハンパ無いから、エッチしたがってるのは私だけと言っても過言ではないし、なんならたまに強姦まがいのことしようとして下から顎を蹴り上げられたりしてるし。

 返答に困っていると、栄子さんが私の頭を撫でました。


「ごめんね、私達の歳じゃしてない方が普通だよね。なんか、汚い話して、びっくりさせちゃって、本当にごめんね」

「私も謝ります、元はと言えば私が……」

「あっ、やめてよー! あたしが焚き付けたのが悪いんだし!」


 なに? この子達、神の使いなの?

 私が返答に困っている理由を誤解したらしい彼女達は、我先にと自ら罪を被って、競うように私に謝罪を繰り返します。違うんです、私、私……そんな気を使ってもらえるような女じゃ……!

 気が付くと私の口は動いていました。

 申し訳なさそうにする三人の誤解を解きたかった、ただそれだけだったんです。


「私エッチ大好きだから気にしないで!!」


 やりました。やらかしました。やらかし加減で言うと、コンビニの駐車場でアクセルとブレーキを間違えるレベルのそれです。いやそれじゃまだ甘いですね。コンビニの駐車場じゃなくて崖の手前ですね。

 目が点になる三人。しかし、徐々に輝きを取り戻します。


「ええーーー!?」

「意外ーー!」

「俄然、石井さんの彼が誰か気になってきましたね」

「そ、それはいいじゃん!」


 私がどう思われようと、この際どうでもいいです。しかし、長谷川に被害が及ぶ事だけは避けなければいけません。私のような長身だけが取り柄の地味子とは違い、彼女は有名人なんです。有名人と言っても、もちろんこの周辺の話ですが。

 硬式テニス部(公式じゃないと先週知りました)の部長、明るい・可愛い・胸がデカいの三拍子揃った容姿とキャラクター、本当に私にはもったいないくらいの自慢の彼女なんです。ファンもちらほらいるらしいですし、あまり彼女に変な噂を立てたくはありません。


「石井さん、すごいね……」

「ごめん……今の忘れて……」

「いえ、私も見習いたいです」

「あたしも後学の為に聞いときたいなーなんて」


 聞いておきたい?

 私と長谷川のエッチの話?

 教えてもいいけど、将来的に一回はレズセックスして今日の話を生かしてくれるって約束してくれる?

 頭の中に浮かぶそれらの言葉をバシバシと弾きながら、私はなんとか「普通だよ」という言葉を吐き出します。しかし、経験者である二人は、その説明では引き下がってくれません。


「エッチが大好きって断言できるってすごいよ。その、私なんてワケ分かんないまま終わってるし……」

「私も、彼氏がしたいと言うのでしてますが、好きかと言われると……」

「えっ」


 どちらかというと、この話に限っては私は男側の立場にいるので、彼女達の意見は非常に新鮮でした。なるほど、エッチに積極的ではない女の子は多い、と。つまり長谷川が私の下手さに愛想を尽かせている訳ではない、と。なんだか自信が持てました。ちょっと嬉しいです。

 しかし、私はこの会話に間もなく発生する齟齬に、まだ気付いていなかったのです。


「彼、上手なの?」

「……?」


 混乱し過ぎて、突然現代に召喚されてしまったアウストラロピテクスのような表情をしてしまいました。私は下手だけど、どっちかっていうと彼の立場の人間だけど、この質問は「私の恋人が上手なのか」という旨の質問だからそれには「はい」と答えるべきだろうし、だけど『彼』と限定された質問に長谷川を当てはめて答えるのは抵抗があるような……。というか私がエッチ好きなのはされて気持ちいいからじゃなくて、長谷川に触れるからだし。自分でも何を言っているのか分かりません。ニュアンスで汲み取って下さい。

 困り果てた私は、彼女達の質問をガン無視して、話題を逸らすことにしました。


「二人はどんな風にエッチしてる?」

「えっ!? 石井さんったら、そんな大胆な質問しちゃうの!?」

「ど、どういうとは……?」


 要するに、性交渉についてどこから仕入れた情報で致しているかということ。私はそれを説明すると、しばらく考えてから、二人は全く同じ答えを導き出しました。


「彼がしてくれるから良く分からない」

「はいダメ。そんなんじゃ、ダメ」

「石井さんなんかキャラ変わってない!?」


 私はハモったその答えに、即座に駄目出しすると、スマホを取り出しました。


「私達も勉強すべきだよ。相手に任せっきりでいいの? 相手だって初めてなんだよね?」


 私は適当にそれっぽいことを言うと、初めて長谷川としたときに参考にしたサイトを三人に見せました。すると、栄子さんがおずおずと、小声で言いました。


「その、こういうサイトは見たことはあるけどさ……この通りっていうのは……」

「え……この通りしようとするのって……変なの……?」


 私は雷に打たれたような衝撃を受けました。


「え!? このまましたの!?」

「いや、やってみてピンと来なかったものは無駄な工程として省いたよ」

「めちゃ機械的なエッチだね」

「でも、石井さんすごいなぁ……行動力があるね」


 三人とも何かの参考になったなら幸いです。ただ恥ずかしい告白をして終わりじゃ、あまりにも報われないですから。


「あの、無駄な工程って、具体的にはどれですか?」

「うーん……人によって違うと思うけど、むしろ初めてした時に通ったとこだけ挙げた方が早いかも」

「うわー! マジで参考になるかも!」


 そして私はスマホの画面をめちゃくちゃスクロールしました。たまに図解されたり、広告が挟まったりしてるから、かなりの量を飛ばさなきゃいけません。


「飛ばしすぎじゃないですか!?」

「え!? 石井さん!?」

「あったあった、私達が最初にしたのは、この腹部への愛撫ね」

「なんで!?」


 三人がそれぞれ絶叫してます。

 私は彼女達の発言に淡々と答えていきます。


「キスは!?」

「飛ばしたよ」

「おっぱいとかは!?」

「飛ばしたよ」

「それは石井さんに胸がないから?」

「椎名てめぇちょっとこっち来い」


 私はギャルの胸ぐらを掴むと、教室の外に引っ張っていこうとします。自分にこんな力があったことに驚くほど、彼女の体重を感じません。


「ごめんごめんごめん!!」

「石井さん! 許してあげて! 椎名さんも悪気があった訳じゃないの!」

「む……」


 私は渋々彼女を許す事にしました。確かに、こんないじりで怒っていては空気が悪くなってしまいます。話題を変えようと栄子さんがしてくれた質問に、私は笑顔で答えます。


「えっと、腹部に触ったあとは? 何をしたの?」

「挿れたよ」

「早くない!?」

「あ、ほら、ゴムは!? ゴムの付け方載ってるし、この後で」

「飛ばしたよ」

「な……ん……?」


 あっ、やば。

 ノリでとんでもない発言パート2をしてしまった。いや、もうパート2どころの騒ぎじゃない気がする。

 現代日本において初体験でゴム無しってめっちゃヤバい奴な気しかしない。どうしよう。どうしたらいいですか。私には、木を森に隠す的な作戦しか思いつきません。つまり、もっとヤバい発言をいくつかして、ゴム無し発言の破壊力を薄めるという、地雷原を裸で突っ走るような方法しか思いつかないのです。


「っていうかローション使ったら濡らす工程ガン無視でも出来たよ」

「それでいいの!?」

「途中本数増やそうかって話になって、まぁそれはやめたんだけどね」

「増やすって結論に至ったらどうしてたの!? ちんちん増えてたの!?」

「だからね、私が言いたいのは、騙されたと思ってとりあえずローション買ってこいってこと」

「愛はあるんですか!? そこに愛は!?」

「石井さん……ちょー怖ぇ……」


 その時の私の目は笑ってなかったと思います。でも、経験者二人には多少響くものがあったようです。

 すごい適当言ったんだけど。男女のエッチのことなんて知らないし、正直あんまり興味もないし。とりあえず、さっきのゴム無し発言についてはなんとかなっ……たとは言い切れませんが、なったと思い込む他ありません。

 私はほっと胸を撫で下ろしました。もう完全に油断してたと思います。意識することすら無く、私は発言してました。


「でもさ、ローションってどれ位するの? 私達にも買えるかな?」

「さぁ。他のオモチャのオマケで付いてきたの使ったから、私も分かんないや」


 はい。


 お分かりだろうか。


 もう、ダメ。

 私って本当にダメ。なんでこんな風に激ヤバ発言を繰り返してしまうんですか? 自分のアホさが心から憎い。何いらんこと暴露しちゃってるの?

 ローションがオマケでつくようなオモチャの購入を明らかにしつつ、自ら購入したことも同時に仄めかす。無能過ぎて逆に有能。これほど無能な行動を普通の人は同時にこなせないから、無能的な意味で有能。わかります?

 やっと周りが見えてきました。見渡すと、顔を赤らめてる三人と、もうちょっと話してみて? という栄子さんの催促。さっきから思ってたけど、栄子さんかなりドスケベですよね。


「う、うーん……」


 お年玉を削ってまで一五〇〇〇円で握り拳を購入したなんて、きっと信じてもらえない。っていうか言いたくない。適当に、ローター等を挙げるのが無難。そこまで考えると、私の口は【ロ】と形作りました。

 しかし、発言を控えました。もっと有効な手を思いついたからです。


「……ごめん、それは、その……言えない、かな」

「えー! 気になるよー!」

「だって……私が何されたか、言ってるようなものだし……その、恋人以外には、知られたくないかなぁって……」


 私が何で乱れたかは彼だけが知っていて欲P作戦。なんとか成功したようです。客観的に見ると、爆弾発言のフォローとはいえ、挿入時のことをベラベラと喋った人間の発言とは思えないですね。情緒不安定なんでしょうか。


「でも、とにかく、石井さんのところは充実してんだねー」

「そ、そうですね」

「私も早くその域に達したいですわ」

「あたしは早くちゃんとしたカレシほしー!」


 なんとか丸く収まりました。今度こそ、今度こそ。性的な話題は調子に乗って話し過ぎないようにしましょう。猥談なんて初めてだったから、つい喋っちゃったけど、これは喋ったら負けのゲームと心得るべし。特にその辺に重大な隠し事がある私達のようなカップルは気を付けなくてはいけないですよね。っていうか気付くの遅いですよね。


「石井さんの彼氏は、迎えに来たりしないの? 私は彼氏の部活終わるの待ってんだけど」

「あぁ、なんでも家の用事とかで、今日はもう帰ってるんだよね」

「なるほどー。それは彼氏さんに感謝ですね。そのおかげでこんなに楽しいお話ができたんですから」

「だね! またここで駄弁ろーよ!」

「うん!」


 そうして私達四人は笑い合いました。色々と大変だったけど、やっぱりみんなとお話するのは楽しい。隠し事をする煩わしさを天秤にかけても、彼女達との時間を選びたいと思いました。


「石井、いた」

「え」


 振り返ると、教室の入口には長谷川がいました。ちょっと、いや、めちゃくちゃ怒ってます。表情がヤバいです。


「長谷川さんだ……石井さん、長谷川さんと仲良かったんだ」

「長谷川ってアレでしょ? 硬式でインハイ行ったっていう」

「そうそう、ちょっと話題になったみたいですね」

「そりゃその実力にあの容姿じゃねぇ……」


 三人の会話を右から左に流しつつ、私は長谷川の表情の意味を探りました。

 なんで? なんで怒ってるの? 私、なんか悪いことした? いや、してないよね。

 思考を巡らせている間にも、長谷川はずんずんとこちらに歩み寄ってきます。あと数歩の間に正解を導き出さないと死にそう。胸ぐらを掴まれることを覚悟して、目をぎゅっと瞑った瞬間、時が止まりました。


「電話、した」


 掛けられたのは、技ではなく、消え入りそうな声でした。慌てていつの間にかポケットにしまっていたスマホを取り出して画面をつけます。お喋りに夢中になっていて気付きませんでしたが、私のケータイは長谷川からの着信で履歴が埋まっていました。いや怖いわ。何十回掛けてんの。


「ほんとだ……ごめん。でも、なんで」

「お母さんが仕事入ったって、それで、家の用事なくなって……」


 あ、あーーーーーん??? ちょーーーーっとまってーーー???

 今そういう感じの話するのマズいかも〜〜〜〜ちょっと、その、ほんのちょっと前に彼氏が家の用事で〜って言っちゃったから、その、マズいかも〜〜〜〜?♥♥♥

 とりあえず、今の私にすぐできるのは、知らんぷりして会話を続ける事だけです。泣くな私、泣いたらそこで色々終わるし、下手したら絶望という名の物語が始まるぞ。既に終わってる気しかしないけど頑張れ。


「でも、なんで学校に?」

「電話出ないから、石井の家にかけたんだけど、まだ帰ってないって言うし……心配だから……戻ってきた」


 分かるよ、長谷川はまさかこんな会話を聞かれて私達がなんとなくヤバそうなセックスしてるレズカップルだと思われるなんて、微塵も考えてないんだよね。

 本当にね、私もね、長谷川が学校に戻ってくるって知ってたら絶対あんな失言しなかった。偶然って怖いね。私ね、もうね、三人の方を見るの無理。どんな顔してるのか知るの怖い。


「心配してくれたんだ……ありがとう」

「今日、もう遅いし、真っ直ぐ家に帰っちゃうよね……?」


 ……。

 いや、帰るつもりだったけど、こんな聞き方されて帰るってヤバくない?

 無理無理、行く行く。絶対行く。なんなら泊まる。っていうか寝ない。

 私は「長谷川の家に忘れ物したことを思い出した」、なんてバレバレの嘘をつきながら立ち上がりました。長谷川は心当たりが無いと色々考えているみたいだったけど、とりあえずは私が部屋に来るという事実に頬を緩ませています。はぁー、どこでもドアが欲しい。


「え、えっと、私、そろそろ帰るね」

「う、うん! また明日ね!」

「またなー!」


 手を降って、私は教室に残る彼女達と別れました。あまりクラスメートとは仲良くしてこなかったので、こういうのがとても新鮮です。あの三人にレズバレしたことを除けば、今日はとてもいい日だったと思います。

 分かってます。これが「私は心臓を失った事を除けば元気です」という類いの発言であることは。だけど、しばらく現実を直視したくないのです。早く長谷川と一緒に、現実逃避と洒落込みたいです。





「……あの、さ」

「う、うん……あれって、つまり……」

「石井さんと長谷川さんって……マジかぁ〜……」

「どっちがする側だと思います?」

「石井さんでしょ、ビジュアル的に。さっきのローション発言も、する側だと思えばしっくり来るし」

「あたしさっき、彼女になりたいとか言ったけど、大丈夫かな!?」

「石井さんも本気にしてないんじゃないですか? モテるでしょうし」

「ちぇー……」

「なんでちょっと残念そうなのさ」

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