願わくば

雪代

願わくば

ここは何処だろう……

大粒の雨の中立っている

その事実があるだけだ

授業が終わって形と話して学校を出たところまでは覚えているのだが、いつの間にかこんな知らないところまで来てしまったようだ

どうやって来たのかがわからないから、もちろん帰り方もわからない

とりあえず現在地を、とスマホを取り出すが動かない。

腕時計のおかげで辛うじてとうに普段出歩く時間を過ぎていることはわかったが、わかったところでどうしたものか……

こんな中、外に出ている人なんていないだろう。

探すだけ無駄だ

せめて雨宿りできる場所を、と顔を上げ辺りを見渡すと、傘をさした人が歩いているのが目に入った

しかもこちらに向かってくる

すかさず声をかけようと近づき、傘の中の人の顔をみて目を疑った

「え?なんでこんなところに……ってびしょ濡れじゃん!どうしたの?!」

呆然として何も言えなかった。だって目の前にいるのは……

「とりあえず入って、一緒に行こう。ほら、早く」

傘に入れられ手を引かれるままついていくと、暫く歩いたところの扉の前で立ち止まった

「待ってて、タオルとってくる」

ということは此処は……

彼の家であるということを理解するのに随分時間を要した

「おまたせ、入って」

玄関に入るとバスタオルを被せられた

タオル越しに伝わる感覚が鼓動を加速させる

「こんなに濡れて……しかもこんなところまで来て、何かあった?」

そう聞かれて、わからないと声に出そうとした瞬間、記憶が流れ込んできた

認められなかった、信じたくなかった事実が受け入れろと言わんばかりに押し寄せてくる

次第に立っていられなくなり壁に手をついて座り込んだ。

「ちょっと、どうしたの?!」

身体を支えられて顔を覗き込まれる

彼を見るほどの余裕はなかった

「ちょっとだけ顔、上げられる?」

重い身体を動かし、彼の方を見ると額に手を当てられた

ひんやりとしたその温度が自分の状態を物語っていた

「あっつ、熱出てるじゃん。こっち座れるかな……?服着替えなきゃ」

そう言って支えていた身体を壁によりかからせると、シャツのボタンに手をかけた。

「やっ、やめて……」

「ん、なに?」

「自分で、やりますから……恥ずかしい」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。支えがなきゃ座ってもいられないような人がそんなこと言ったところで、僕が聞くと思うの?」

諦めて従うことにした

服が脱がされていく

身体を纏うものが無くなると、彼はかかっていたタオルをかけ直し、抱き上げた

「え、ちょっと……」

待ってと言おうとして遮られた

「怖い?ちょっと我慢してね」

奥の部屋に連れて行かれた

ベッドがあるのをみるに、ここは寝室らしい

抱かれていた身体がそっと下ろされる

「解熱剤なんてあったかな……ちょっと探してくるから、寝てていいよ」

部屋を出ていこうとする彼を見て咄嗟に声を上げた

「なに?」

彼が立ち止まり、振り返る

行かないで、と言葉にしようとした時、涙が零れ落ちた

伝えたかった言葉が、自分の想いが、嗚咽となって溢れ出す

不意に抱きしめられた

彼の温度と香りに包み込まれる

「大丈夫、僕はここにいるから、安心しておやすみ」

彼に溺れるように手放した意識の中で、この時間がずっと続けばいいのに、と思ったのは言うまでもないだろう

願わくは、彼も同じ気持ちでいてくれることを……

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願わくば 雪代 @y_snow

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