アンコール すべてハートと君のため ②

「ルーイ! どこのどいつなの、そのならず者は!?」


「どこのどいつも何も、王都にいる〈ハートレス〉はここにいる野郎どもだけだろーが」

「いたっ」

 後ろから頭をこづかれ、ミヤミは頭をかばってさっとふりむいた。「ケブ!」

 黒髪短髪、兵士としてはやや小柄。無口で俊敏。ケブと呼ばれる男がそこに立っていた。

「なにをやいやい言ってるのかと思って来てみれば……おまえか、ミヤ。練兵場では静かにしろ」

「あ、ケブ。お茶飲む?」

「もらう」

 ルーイと親しげに会話しているケブを目にしたミヤミは、すべての事情をさとった。

「まさか、相手はケブなの!?」

「うん」ルーイは軽くうなずく。

「いや待てよ、まさかっつうほど意外でもないだろ」これは、ケブのツッコミ。


 ミヤミはこの世のあらゆる生物のなかでフィルバート・スターバウが一番好きなのだが、〈心臓持ち〉のなかから選ぶとすれば、ルーイが一番だった。だからこうして急いで帰ってきたのに。


「うらぎりものー!!」ミヤミは半泣きでケブにつっかかった。

「はァ? はやいもん勝ちだろうが、こういうのは」

 ケブが迷惑そうに言った。

「どうしてなの、ルーイ!? ケブでいいなら、私だっていいじゃない!」

「つうか俺でいいだろ、おまえが出ばってくるのがまずわからん」

 言いあっているミヤミとケブは、同じように黒髪で小柄で、はた目には兄と妹といっても通じるくらい似ている。だからやっぱり兄妹ゲンカみたいで、ルーイはおもしろくて、にこにこして見守っていた。


 そして、ケブが先ほど自分に言ってくれたセリフを思いだしていた。


 目の前でミヤミと大人げなく争っている男は、そのミヤミがあらわれるちょっとばかり前に、「なぁ」と話しかけてきたのだった。

「なあに、お茶?」とふりむいたルーイの、その目の前でポケットに手をつっこんだまま、ケブは「あんたの心臓ハート、ほかのやつに渡したくないんだけど」と言った。

 とどめには、「俺のお姫さま」と彼女を呼んだ。

 無口で不愛想だが、ケブはこうと決めたら動きが早い。そこもミヤミと似ているのだが。


「ルーイ! 笑ってないでこいつに言ってやって!」

「ルー。思いだし笑いしてんじゃねぇよコラ」


「うふふ」


 故郷である北部領から帰ってきたばかりのルーイは、やっぱりタマリスはいいなぁなんて思っていた。



ⅱ.  セラベスとテオ 


 黒髪の、兄妹のような二人が口ゲンカしているらしいのが、ベスの目に入った。なにしろ大柄なのにきょろきょろしているので、いろいろなものが目につくのだ。

 黄竜のライダーであるセラベス・セラフィンメア・テキエリスが、王城の練兵場に来るのは、もちろんこれがはじめてだった。


 言いあっている二人のそばに、にこにこした金髪の少女が立っている。彼女が〈ハートレス〉なのかしら、とベスは推測した。そして、黒髪の兄妹はライダーで、どちらが彼女をパートナーにするかでケンカしている?

 その推測は事実とは逆だったが、現在のタマリスにおける〈ハートレス〉の希少さを考えれば、そちらのほうが自然だっただろう。なにしろ王都にたった十三人。そのうちフィルバート・スターバウはすでに上王その人のために売約済みだ。


 残りは十二名。しかも、ベスがパートナー関係を結びたいと思っているのは、フィルバート卿の右腕と言われる男だった。

 最初から、望み薄かもしれない。


 ベスは大きく深呼吸した。


「わたくしの、わたくしのパートナーに……その、婚資ならいくらかは用立てできまして……いいえ、ベス、繁殖期シーズンのお相手じゃないのよ」

 柱に向かってセリフを練習してみるが、とても当人にむかって言える気がしなかった。

「だめだわ、わたくしなんかと」

「なにぶつぶつ言ってんすか?」

「ひっ」

 急に話しかけられて、ベスは肩を震わせた。変な声も出てしまった。「……テ、テオ」

「ベス、閣下」テオはにっこりした。

「閣下もパートナー探しっすか?」

「はい、あの、あのう」

「心配しなくても、ハダルク卿がすべてのライダーにペアを探してくれるらしいですよ。兵士じゃないハートレスなら、たくさんいますしね」

「あのう、いえ、その、存じています」

「それとも……俺を探してくれたんですか?」

 テオはベスの背後の柱に手をついた。大柄なベスよりも、さらに頭ひとつ分背が高い。飴色の目に見下ろされ、ベスはふたつの心臓が破裂するのではないかと思った。


「あ……あの……わたくしは、……実は……」

 テオはじっと続きを待っている。

 その顔は整っていて、なんならデイミオン王よりもハンサムだとベスは思ったし、そんな男性が、家柄以外になんのとりえもない女性を選んでくれるとは、やはりとても思えなかった。

 しかし、自分が言いだせばテオはむげに断るわけにもいかない。自分はそれくらい力のある貴族で、相手は平民で〈ハートレス〉。そのような力関係と強要の問題についてぐるぐると考えているうちに、テオは離れてしまった。


「からかいが過ぎたかな。すんません」

「……い、いえ」

 ほっとしたのと残念なのがないまぜになった気分で、ベスは及び腰になっていた姿勢を正した。

「これからお稽古ですか?」

「いえ、もう帰るところっす。夜勤明けなんで」

 テオはあくびをかみ殺した。

「そうですか。それは、お疲れのところをお引きとめしてしまって」

 ベスが会釈をすると、テオは彼女が通れるように身体をずらしてくれた。ベスが隣を通ると、男からは一晩中起きていたらしい匂いがした。

 太い首をまわしてぽきぽきと音を鳴らしているテオにもう一度会釈し、ベスはその場を辞した。


 本当に、なんでこんな場違いなところに来てしまったのだろう。ベスは心底自分が恥ずかしくなった。

 肩を落としながら歩きはじめたところで、背後から「ねえ」と声がかかった。

 ふりむくと、薄暗い通路の入り口に寄りかかって腕をもたせたテオが立っていた。

 


「あんたの心臓ハートを俺にくださいよ。大事に大事にするから」



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