アンコール すべてハートと君のため ③

ⅲ.  デイミオンとミヤミ(+ファニー)



 王への拝謁がかなうのに一週間ほど待たされた。


 忙しい国王の事情はよく知るところだったので、ファニーに不満はない。ひさしぶりに〈御座所〉に滞在し、古い文献をチェックしたり、大学の様子を見てまわったりした。竜王ほどではないが、彼のほうもそれなりに忙しくはある。学長代理のセラベスからはこちらに腰を落ち着けてほしいと頼まれていて、そのこともいずれは考えねばならない。友人たちとは違って、ファニーは責任を負うのが好きではないから、頭の痛いことだった。


「ま、いまは今さ」

 そう独りごちながら、掬星城きくせいじょうのなかを歩いていく。国王に並ぶ権威である〈黄金賢者〉であることを示すものはなにひとつなく、長衣すら身につけていない。相変わらず下働きの少年のような軽装だから、誰にも気に留められることなく気楽なものだ。


 王から指定された面会の場所は竜舎だった。意外ではない。竜王デイミオンは、執務以外の時間をここで過ごすことが多いと聞いていた。ここに入れるのは限られた部下と友人たちだけだ。


 巨大な室の奥に、王の竜、アーダルが眠っている。けれど、それを目にすることはできない――生命機能を維持するために、〈癒し手〉たちが氷の竜術をかけているからだ。

 戦端が開かれることなく戦争は終わり、両大国は和平を結んだ。だが、その勝利はお互いにとって少なくない犠牲を伴った。アエディクラは主戦力たる空母と多くの兵士を失ったし、オンブリアは最大の兵器だった黒竜アーダルが眠りから目覚めない。大きな外傷はなく、原因はわからない。もしかしたら、永遠に眠り続けるかもしれない。

 それでも、デイミオンはひんぱんにここを訪れて、自分の竜に変化が起こるのを待っていた。


「デイミオン」

 王はオークの酒樽に腰かけて、書類に目を通しているようだった。

「はい、これおみやげ。アエディクラのナツメヤシ」と言って枝を渡す。デイミオンはさっそく枝から直接実をくわえてはずした。


「大学のほうはどうだ?」

 ファニーは簡単に報告した。ケイエに建設中の、オンブリア最大の学び舎のこと。竜術と人間の技術のどちらも学べるように人選を進めていること。


「そうそう、ちょうどいい館を見つけて、いま改装しているところなんだ。古いイティージエン様式でね、門のアーチが見事で……」

「細かい部分はいい」

「つれないひとだなぁ。素敵な建築なんだよ、とくに中庭のモザイクがきれいで。陛下も見に来たらいいのに」

「明後日行く」

「そう言わずに……え!?」思わず聞き返す。「あさって!?」


「ああ」王はなんでもないことのようにうなずいた。

「今日タマリスを出る。バシルの足なら明日の朝にはシラノに着く。聞いたところリアナが興味を持ちそうだから、明後日一緒にそこに行く」

「ええー……」

 気が抜けて、すぐにはお得意の皮肉も出てこなかった。

「あとちょっとしたら繁殖期じゃない。そしたらリアナ帰ってくるじゃない。なんでいま行くかな……」

 っていうか、なんでそうしょっちゅう休戦中の国に行くかな。

 そう思ったが、さすがに口には出さない分別があった。


「陛下。そろそろ出立のご準備を」見知った顔の侍女が、王を呼びに来た。「猊下もご一緒でしたか」

「えーと君は、たしか陛下の……心臓を共有する?」

「ミヤミです、猊下。今は〈パートナー〉と呼んでいます」

 侍女は飛竜に鞍袋を積みながら言った。


「そうなんだ」ファニーは笑顔になった。「でも、なんだか意外だね。デイミオンと君の組みあわせ。……だってほら、女性だとリアナが嫌がりそうだろ?」

「ああ。このあいだも小一時間問いつめられた」デイミオンがこぼした。

 自分は国王である夫のほかにオンブリア一の剣豪を〈パートナー〉として確保しておきながら、リアナには意外と心の狭いところがあるのだ。それを知っているので、ファニーは面白かった。


「仕方がなかったんだ」デイミオンが嘆息した。

「テオもケブも売約済みだというし、王として強要するのは気が進まんしな。そしたらこいつがびーびー泣きながら来るし……」

 ナツメヤシの枝で指さすと、ミヤミが「泣いてなどいません」と憮然として言った。

「あれは汗と鼻水です。感冒と花粉症です」


「嘘をつけ」王はあきれた顔をした。

「しかも、断ったら『それでは陛下には男色家という不名誉な評判が流れることになります』とか言って脅してきただろうが」

「あはは!」ファニーはあまりのことに耐えかね、腹を折って笑った。仮にも恐怖の黒竜大公として知られた男を脅すとは。

「そういう脅しじゃ、デイミオンは痛くもかゆくもないだろうねぇ」


 デイミオンはうんざりした表情を浮かべた。「だが、なんというかもう、かわいそうになってな。どのみち誰かと契約する必要はあるんだし」

「……彼のほうの事情はわかったけど。それにしても、君のほうはどうしてデイミオンが良かったの?」

 ファニーが尋ねると、ミヤミは勢いこんで答えた。


「だって! デイミオン王は濡れ落ち葉のようにリアナ陛下にくっついてるし、リアナ陛下のおそばにいると、フィルバート卿がよってくるんですよ! 灯火に飛びこむ羽虫のごとく!」

「おまえな……」

 仮にも王と王妃と一国の英雄に向かって、なんたる言い草だろうか。なんとか言葉づかいを直させないと、とも思うが、ファニーはやっぱりひとごとなので、笑いのほうが先に立ってしまった。


「まあいいさ、あの浮草をせいぜいしっかり繋ぎとめてくれ。おまえじゃ役者不足な気もするが……」

 デイミオンは肩をすくめ、鐙に足をかけた。美しいエメラルドグリーンの飛竜バシルは、のそりと立ちあがって、飛行準備のために脚を曲げのばした。古竜に比べれば小さいが、それでも鞍上の王は見あげる高さだ。ファニーは首をのばした。

 

「デイミオン!」入り口のほうから、少年の声がした。ぱたぱたと軽い足音も。

 王太子ナイメリオンが走って来て叫んだ。「また行っちゃうの? 今度はどこに行くの?」

「殿下、そんなに走っては転びますよ」

 追いかけてきたハダルクが苦笑している。


 その言葉を聞いた王は、すでに竜を走らせはじめていた。とっとっと跳ねるように動かす飛竜の背からふりかえって、行き先を告げた。


 

「妻に会いに行くんだ」

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