アンコール すべてハートと君のため ①
前置き
すでに退位してしまったが、竜王リアナには二人の侍女がいた。フィルバートがおのずから選んだ有能な少女たちで、名前をルーイとミヤミといった。金髪で愛想がよく、ヘアメイクが上手なほうがルーイ。黒髪で小柄ですばやく、侍女の仕事より諜報のほうが向いているのがミヤミ。
リアナが白竜のライダーとして人間の国アエディクラに出向するとき、もちろんこの二人は帯同を願い出たのだが、さまざまな事情でかなわなかった。とはいえそれはまた別の物語になる。
上王リアナは、オンブリアに不可逆的な変化をいくつももたらした。〈黄金賢者〉の復活や学舎の設立もそうだが、もっとも大きな変化は、『パートナーの取り決め』と俗に呼ばれるものだった。
〈竜の心臓〉の酷使による灰死病の発症――そして、公にはされていないがデーグルモール化――を防ぐため、
この勅命が王都タマリスにもたらしたのは、それまで〈ハートレス〉として差別を受け軽んじられてきた者たちにとって、天地をひっくり返すほどの狂騒だった。
要するに、すべてのライダーと一部のコーラーが、〈ハートレス〉をパートナーに欲しがったのである。
そして、タマリスの王城に出仕する〈ハートレス〉は、たった十三名しかいなかった。
筆頭に、オンブリアでもっとも名の知れた〈
ⅰ. ルーイとケブ(VSミヤミ)
勅命を聞いたミヤミは、取るものもとりあえず王都に戻った。さまざまな障害が立ちふさがった――そのもっとも大きな障害は巫女姫アーシャのきまぐれな旅程だったが、ミヤミは彼女をなだめたりすかしたり脅したり脅したりして、なんとかタマリスまで戻ってきたのであった。
そこまでして急いで戻ってきたのは、ぜひパートナーになりたい人物がいたからだ。だが、そこにいたるまでにさらに障害が降りかかった。
「ミヤミ殿。どうか私のパートナーになっていただけませんか」
「いいえミヤミ様、どうか俺と」
「抜けがけはよせ!」
「僕の所領が一番大きいんです! 古竜だってもう相続してる!」
金髪に茶髪に黒髪に、どれも竜騎手団の紺色の
少女ミヤミはおそれおののいた。自分の人生に、これほどたくさんのライダーが立ちふさがったことがなかったからだ。どの男もデイミオン王そっくりで(髪型と服が)、場所ふさぎな体格もそっくりで、一人ひとりが文字どおり一騎当千の生物兵器なのだった。
この男たちをすべて倒すのは、自分には無理だ。
早々に結論づけると、ミヤミは「……失礼ながら、押しとおる」と宣言した。
だんご状になっている竜騎手たちの前で、見えないようにそでのなかの道具を発動させた。ぱーん! と大きな破裂音がして、男たちが猫だましにあったように固まっているところを、無駄に長い脚のすきまをすりぬけるようにしてくぐる。
音を聞いて駆けつけたハダルク卿が、騎手たちをどなりつけているのをちらっと確認してから、小走りになって目的の場所へ向かった。
*
危ないところだった。ミヤミはふうっと溜めていた息をついた。ふだんから諜報用の道具を持っていて、助かった。
城内、〈ハートレス〉たちの練兵場。訓練場のなかには音がみだれ飛んでいた。鋼と鋼がうち合わされる澄んだ音、矢が的に突き刺さる鋭い音、男たちの大きなかけ声。天井が高く、まるで屋外のように真上からの光が差していて、あちこちに小さな光の池をつくっていた。
柱の影になった、危なくない場所に、探していた人物の姿があった。ミヤミは息を整えてから近づいていく。
「ルーイ」
「あっミヤミ、おかえり」
金髪をかわいらしく結いあげたルーイがトレイを下ろした。彼女は〈ハートレス〉ではなく、ほとんどライダーに近い力を持つ高位のコーラーなのだが、フィルに拾われた縁で彼らと一緒にいることが多い。いまも、休憩用の茶など準備してやっていたらしい。
「アーシャ姫の任務、おつかれさま。大変だったでしょー」
ルーイはねぎらってくれたが、口数の少ないミヤミはすぐに本題に入った。
「話があるの」
「ん? なに?」
ミヤミはぐっと拳に力をこめた。「……例の、パートナーの件だけど。力になりたいの。わたしたち……親友だから」
これを言うために、オンブリアの東の端から帰ってきたのだ。ミヤミの宣言には重みがあった。
しかし、ルーイの返事は妙に軽かった。
「あっごめーん、もうパートナー決まっちゃったの」
「えっ」
「えっ」
ミヤミは絶句した。そしてルーイはかわいらしくきょとんとした。
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