9-2. ダンダリオン

 〈不死しなずの王〉ダンダリオンは、なかば朦朧としながら、ケイエへの街道を歩きとおしていた。


 歩きはじめて五日ほど経つと記憶している。彼らが本拠地としていたアエンナガルが落ちて、季節ははや冬に入っていた。フロンテラの領兵たちに追撃されたデーグルモールたちは、難民となってオンブリア領ニザランへと向かおうとしていた。〈先住民エルフたち〉は昔からデーグルモールたちに同情的だったし、うまく交渉すれば〈鉄の王〉に庇護してもらえるかもしれない。


 アエンナガルからニザランまで、健康な飛竜を使っても二日かかる。もはや飛竜のほとんどを失っていたので、陸路のほとんどが徒歩かちでの移動となった。サルシナ河を下ったあと、ニザランの南端、オンブリアとの国境沿いまで、夜を選んで一週間ほど歩いただろうか。蘇生中だった死者の、すくなからぬ数が、そこで息をふきかえすことなく永遠の眠りについた。不死の生き物と思われているデーグルモールだが、蘇生の前後は脆いし、太陽光に弱いために長距離の移動にも不向きだった。


 同胞たちをそこまで護衛したのち、彼らの王であるダンダリオンは竜を連れ、ひとり難民の集団を離れることにした。分散する愚を考えないではなかったが、ニザランとてオンブリアと表立って敵対するわけにいかない以上、頭領のダンダリオンを匿っているなどとは思われたくないだろう。そして、それ以上にどうしても、ケイエに戻ってやらなければならない仕事があるのだった。


 シュノーは年老いた古竜で、それを駆る主人はかれにも増して年老いていた――仮に外見上そうとわかりづらいにせよ。アエンナガルで受けた剣の傷は、癒えかけのまま膿んで周囲に腐敗臭を漂わせている。デーグルモールの不死身の回復力は、もはや底をついたらしい。〈生命の紋様〉を自力で消すこともできないため、白い顔のほとんどを樹木めいた紋様が覆い、異様な外見に拍車がかかっている。シュノーだけを相棒に、人目につかない荒野を選んで野宿をし、腐りかけの身体に鞭打つようにしてここまでやってきたのだった。


 もはや数えるほどしかいない仲間を救うために。

 それがダンダリオンの目的だった。おそらく、長すぎる人生の最後の仕事になるだろう。


  ♢♦♢ 


 ベスの機転でモレスクの宿を無事脱出し、調査班の三人は国境をはさんだ隣町ケイエに入ったばかりのところだった。モレスクと同じように戦の気配で慌ただしくしているが、こちらはオンブリア、つまり竜族の国である。身分を隠す必要もなくなり、ようやくほっと一息つけそうだった。


 ケイエの城門前で、ファニーはおかしな人影を見つけた。

 それはちょうど、セラベスが門番に入城をもとめているところで、すっかり板についた堂々とした態度を頼もしく見ていたときだった。彼女のマルベリー色の外套ごしに、少し離れたところの人影が目についた。フードを目深にかぶった小柄な男性か女性かで、あきらかに足もとがおぼつかず、よろよろと数歩進んでは立ち止まっている。

「あ、危ない」

 ファニーが声をあげたときには、その人影はばったりと前に倒れていた。慌てて駆け寄って、抱き起こす。「大丈夫ですか?」


「病人はなかに入れませんよ」テオが寄ってきてフードの人物を支えた。

「俺が門番に話をつけてきますから。うまくすれば、施療院に連れていってもらえるかも」

「うん」

「ほら、閣下は離れて。仮にもライダーなんですから、灰死病だったらどうすんです?」

「そうだね……」ファニーは言いかけて、病人をさっと眺めた。「待って」

「ファニー、テオ、どうなさったの」ベスが門の前から声をかけた。

「テオ、この人を背負って、一緒になかに入って」ファニーがささやいた。「デーグルモールだ」

 テオは目を見開いた。が、すぐに表情を消して、さりげない動作で病人をかつぎあげる。

「仕方ない。うまく話を合わせてくださいね」

 門番は国王の委任状を確認したものの、領主への面会は難しいかもしれないとしぶった。

「いまは非常事態ですから……」

「だからこそ、われわれの情報が必要となるのです」ベスはろうろうと言った。「わたくしは竜騎手ライダーと同等の権限を与えられています。紅竜大公もご存じのはず。なかで待たせていただきますよ」

 そして、背後をふりかえった。「さ、みなさん、いらっしゃい」



 領主の館は、籠城の準備で忙しいようだった。案内してくれた侍従があわただしく去ると、広い応接室には彼ら以外に誰もいなくなった。ぱたぱたと使用人が走りまわる音や、なにかを命じる誰かの号令が聞こえる。

「お茶のもてなしは期待できそうにありませんね」

 ベスは何事もないように言うと、暖炉にかけられていたソースパンを勝手に取りだし、中身がお湯であると確信して茶を淹れはじめた。

「まあ、あわただしいときでかえってよかったんだよ、でなければこんなにすぐ通してもらえていないと思うよ」

 ファニーが言った。テオは病人を長椅子に寝かせ、フードを取って顔をあらためている。

「金髪碧眼、小柄でやせ型のデーグルモール。……間違いなく、頭領のダンダリオンですね。なんてこった。あれだけ探して、帰ってくる途中で道に落ちてるのを拾うなんて」


「いったい、なにがあったっていうんだろう?」ファニーがのぞきこむ。「アエンナガルで負傷しているかもしれないとは思っていたけど、こんなに重傷だなんて。ほかの仲間たちはどうしたんだろう?」

 ベスは茶葉をあらため、病人でも飲めそうな薬草茶を選んでポットに入れた。

「とにかく、話を聞くにしても目を覚ましていただかないと。うまいことごまかして、〈癒し手ヒーラー〉に診せないといけませんわね」


「吹けば飛びそうな体格ですけど、油断は禁物ですよ」テオが厳しい顔をした。「もとはライダーなうえ、ほぼ不死身の戦士なんですから。こいつには、オンブリアの兵士が何人やられたかわからない」

「青竜の術なら、僕にも多少は心得があるよ」

 ファニーは廊下に出て小姓を呼び止め、侍従が怪我をしているので青竜の術具をお借りできないか、と尋ねた。このありさまなら、籠城戦に備えて救護所ももうけてあるだろうと考えたのだ。小姓は十分もせずに戻ってきて、術者はほかの施術があるのでこちらに来られないが、術具ならと手渡してくれた。


 ファニーが術具を作動させると、青い光が患部に吸い込まれ、ほどなくして男が目を覚ました。


「……ここは……」


 ファニーはのんきに声をかけた。「気づいたかい?」

「貴公は?」男は頭をおさえつつまわりを見まわした。「それに、私はどこにいるのだ?」


 情報戦に長けたテオが、「まずは適当なことを言って様子を見ろ」という目をした。ベスは、お茶を飲ませても大丈夫だろうかという顔をしている。

 ファニーはあっさりと言った。「ここはケイエの領主の城。そして僕は黄竜公、になったばかり、のエピファニー。それでこっちは僕の協力者」

「閣下!」テオが悲鳴をあげた。


 ファニーは気にした様子もなく続ける。

「どうぞよろしく、〈不死しなずの王〉ダンダリオン。あるいは、かつての南部フロンテラ領主、フェリクス・エイルモールト卿。あるいは、竜王リアナの父君」


「……すべて把握済みというわけか」金髪の男は静かに言った。「たしかに私はデーグルモールの頭領、ダンダリオンだ。諸兄らに頼みがある」


「頭を動かすな!—―」

「テオ。大丈夫だよ」ファニーが制する。「まあ、言うだけ言ってみてよ。聞くだけ聞くから」


「私を竜王に会わせてほしい。……そのために、ケイエの領主に目通りを願いたいのだ」

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