9-3. 黒竜王の異変
城塞都市ケイエに、つい今しがた竜王デイミオンが降りたったところだった。かつかつと軍靴を響かせ、城砦の屋上から周囲を見渡しながらやってくる。
「ここは
青年王の声は、ほとんど快活といっていいほどだった。エサルも慌てて駆けより、片手を背中にまわして臣下の礼を取った。「お早いお越しでした、陛下」
中腰のままじっと王を観察する。特に普段と変わった様子はないようだが……
「アーダルがめずらしく素直でな。……まったく、やる気を出せば飛竜並みの速度を出せるのに、普段のあいつときたら。困ったものだ」
「は。移動のこともありますが、その……竜騎手議会に専念されているものだとばかり……」
「うん」デイミオンはなんでもないように返答した。「議会は解散した」
「解散?……」エサルは一瞬、わが耳を疑った。
王は肩をすくめた。「やつらが結論を出すのを待っていたら、あっという間に次の
エサルは不安をおさえ、慎重にうなずいた。王の声音のなかに含まれるなにかが、彼をそうさせたのだった。
「……そうですか」
デイミオンはにこやかに続けた。
「そんなことより、さっそく報告をきかせてくれ、エサル公。アエディクラ軍はどれほどいる? 攻竜、攻城兵器はどのくらいある? 指揮官はだれだ?」
「仮ごしらえの作戦会議室があります。まずはそちらに……エンガス卿もそちらにおられます」
「作戦会議室? 人間みたいじゃないか。われわれは竜だろう?」デイミオンは端正な笑顔のまま手をうった。「……いや、ここでいい。指揮官たちを呼ぼう」
そして、〈
彼の精神の呼び声が、館内にいるすべての竜族たちのあいだに割れ鐘のように響きわたった。まるで地面に縫いとめられたように、城内全員の動きが止まる。〈
ほどなくして、エンガス卿が侍従につきそわれて上がってきた。よろめきながらも、かろうじて臣下の礼を取るエンガスに、デイミオンは鷹揚にうなずいた。
エサルはエンガスにした説明をここでも繰りかえした。新しくあがってきた情報も付けくわえた。
「どう思う? エンガス卿」王が老公に尋ねる。
「ケイエは難攻不落の城で、こちらにはじゅうぶんな備蓄があります。籠城戦になってもわが軍の有利は動きますまい。静観するのがよろしいでしょう」
エンガスは青い顔のまま、それでもしっかりとした声で答えた。
「ふむ」デイミオンは微笑んだ。「だが、一年前にケイエはデーグルモールの来襲に遭ったんじゃなかったか? いくら堅い守りといえど、なかに入りこみさえすれば、破壊するのは
エサルはしぶしぶうなずいた。「陛下のおっしゃる通りです」
「デーグルモールの残党は少ない」エンガスがかすれた声で言った。
「アエンナガルが落ちて、やつらのどれほどが逃げ延びたにせよ、もはやアエディクラの兵力としては使いものになりますまい。だからこそやつらは攻城兵器を用意している。そして、それらは竜の力で粉砕できる。わが軍に死角はない」
王は納得しなかった。「アエンナガルで、やつらは竜と
「はい」エサルは目をつむった。「
「な?」デイミオンが奇妙なほどにこやかに言った。
「彼らを甘くみてはいけないんだ。好戦的で短命でおろかな連中だが、竜と竜族とを打ち倒すために執念深く研究を続けてきた。そしてその労力がいま実を結ぼうとしている」
エサルの胸に湧きだした違和感は、もはや無視できないほどに大きくなっていた。
デイミオンは短慮な男ではない――烈火のように怒り、声を荒げることもあるが、エンガスも指摘していたようにそれは対外的な演技であり、むしろつねに五公の調停役となっていたような青年だ。それなのに、〈
王は、黒竜大公は、いったいどうしてしまったのだ?
エンガス卿は、「感情をあらわす方法はさまざまだ」と先ほど言っていた。そして、配偶者を亡くすことについて、こう語った。
『私も昔、妻を亡くしたことがある。世界が滅びればよいと思ったよ。――もちろん私一人のために、世界は滅びたりしなかったがね』
(だが、もし妻を亡くしたのが黒竜大公なら)エサルは思った。(デイミオン陛下なら、世界を滅ぼすこともできる)
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