7-3. 灰死病の真実


「ある種の不可逆的な変質を病と呼んでよければ、そうだ。……もう少し詳しくご説明しよう」

 クローナンはゆったりした術着のかくしから木の実を取りだして、ふたつ並べた。大きな胡桃クルミを指ではさみ、もうひとつの小さな実をつまんでそれに近づける。「ほとんどすべての竜族は、心臓の近くに、もうひとつの臓器を持つ。これは伝統的に、〈竜の心臓〉と呼ばれている」

 二人はうなずいた。


「〈竜の心臓〉は古竜に対する高度な制御装置として機能する。どの程度、力を行使できるかは、この〈竜の心臓〉の機能に拠っている。これが、君たちの知っている〈乗り手ライダー〉〈呼び手コーラー〉〈聞き手リスナー〉の区別の根拠だ。これらの機能は経験的には遺伝性があるといえる。……まあ、簡単に言えば、ライダーを多く輩出する家柄、つまり五公十家のような存在があるわけだ。そのなかで、同じ家に生まれても、リアナ陛下、あなたのように強い〈竜の心臓〉を持つものもいれば、フィル、君のように、その機能をまったく持たずに生まれてくる者もいる。

 この〈竜の心臓〉は、いわば竜族の魂の根拠といえるほど重要なものでもあり、神格化されてもいる……その裏返しが、すなわち〈ハートレス〉に対する差別にもつながっているのだが」

 クローナンはフィルをちらりと一瞥して、また続ける。


「マリウス卿と私は、五公十家の記録を調べるなかで、灰死病で死亡したと思われる者と〈ハートレス〉の数とに奇妙な相関関係があることに気がついた。この二者は、ほとんど同じくらいの比率で各家に生まれ、そして徐々にその数が減ってきている……そして、デーグルモールもその数を減らしつつある。私たちは、この三つの状態には関連があるのではないかと考えるようになった。もちろん、すべては記述からの推測に過ぎなかった。

 そして、戦時中の悪夢のような人体実験で、我々は仮説を検証していった。

 その結果わかったのは、デーグルモールと灰死病は、ともに〈竜の心臓〉の酷使による特殊な暴走状態ということだった」

 クローナンはひと呼吸おいた。二人はほとんどまばたきも忘れていた。


「両者の示す症状が似ているというのは経験的にはわかっていて、だからこそデーグルモールが忌まれる要因でもあったのだが。……

 灰死病は、その暴走状態が終焉する前に生命が維持できなくなって死に至る状態。そして、ヒトの心臓が停止しても、〈竜の心臓〉が身体を生かし続けると、デーグルモールと呼ばれる半死者の状態になる。……むろん、暴走状態と一口に言っても様々な種類、程度があるが、そこは省略しておこう。ひとつ言えるのは、灰死病の罹患者のなかでデーグルモールと呼ばれる状態になるのはごく一部の者だけだ」


「じゃあ……今のわたしは……デーグルモールの一歩手前ってこと?」

「そうだ。本来なら灰死病の症状が先で、デーグルモール化はあとのはずで、典型例とは言いがたいのだが、それは今は置いておこう」とクローナン。「陛下にはデーグルモールの資質がある。そう言って差し支えなければ」


「大いに差し支えるわ」リアナはあえいだ。「わたしはオンブリアの王なのよ! それなのに、ゾンビのなりそこないだなんて」


「だが、そんなことを言えば、王の資質を持つものはすべからくデーグルモールになる可能性があるとも言える。われわれすべてがそうなのだよ」

「……フィルに病気がうつらなかったのも、そのせい? フィルが〈ハートレス〉だから?」

「そうだ。実を言えば〈ハートレス〉だからといって必ずしも〈竜の心臓〉がないとは限らない。生きている竜族の胸を開いて確かめたりはしないからね。だから、本当に場合もあれば、単に機能不全という場合もあった」

 だが、それを聞いてフィルが血相を変えた。クローナンの胸倉をいきなりつかみ、リアナが止める間もなく怒鳴った。「あなたたちは! 〈ハートレス〉も解剖ひらいたのか!」

腑分ふわけはどうしても必要だった。われわれはすべての階級の死体を集め、それをやったよ」クローナンが淡々と言った。

「フィル! やめて」リアナが腕をつかむと、フィルバートはしぶしぶその手を下ろした。彼が逆上するのを見るのはこれがはじめてかもしれない。〈ハートレス〉に対する思いが、それだけ強いということだろう。


「それで……今の話を聞いてると、手術というのもだいたい想像がつくわね」リアナは嘆息して言った。「〈竜の心臓〉を摘出するか、機能停止させるか。そのどっちかといったところでしょ?」

「お察しが早いことだ」クローナンが淡々と言った。「エリサ王に似て鋭敏でおられる」


「ふざけるな!」フィルの怒号が響いた。リアナは驚きのあまり、目をまんまるに見開く。

「〈竜の心臓〉を停止する? それは、陛下を……リアナを〈ハートレス〉にするということだろう!?」

「フィル」

「そんなのはダメだ、受け入れられるはずがない……!!」

「フィル、落ち着いて」怒りに震える青年の腕に、リアナは自分の手を置いた。


 フィルバートの剣幕を、クローナンは冷静に、どこか面白そうに見ていた。その様子はイニに似ている。リアナの養父に、というのではなく、ここニザランで会った、あのマリウスに、ということだが。彼らの種族の特性なのかもしれない。

「強制はしない」穏やかにそう言った。「話しあって決めなさい」

「話しあってって……」自分の身体のことだ、結論は出ている、と言うつもりだったが、隣の男の血相を見て首を振った。たしかに、話しあう必要はありそうだ。


「嫌だ」子どものように無防備な、途方に暮れた顔でフィルが言った。「あなたを〈ハートレス〉にしたくない」 

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