7-2. 診察

「まさか、フロンテラにいたとはね」

 男性は薄く笑った。「あちこちに人をやって私の王太子を探したが、見つからなかったわけだ。しかも隠していたのがマリウスでは、私を欺くのも容易かったろう」


「じゃあ、あなたも歩くキノコなの?……イニみたいに?」

「そうだ」

 クローナンに似た男は、術具の入った袋を置いて、中身をサイドテーブルの上に並べだした。「私は死んだ。ここにいるのはその亡霊だよ。クローナンの身体も、記憶も引き継いでいるが、代が変わるごとにそれらは薄れていくだろう」


「その……こういう形で生きている人って、ほかにもたくさんいるの? オンブリアの人が、っていうことだけど」

 リアナは真っ先にそのことが気にかかった。この先、死んだはずの自分の母やら、しまいには竜祖やらが出てきたらと思うと、せめて心の準備くらいしておきたい。


「いいや」術具が触れあう、かちゃかちゃという音がした。

「〈先住民エルフ〉が寄生主に選ぶのは、かなり強い〈竜の心臓〉の持ち主だけで、かつ、本人の同意が得られなければならない。それでなくても長寿な我々が、身体の半分を別の生物に受け渡してまで、さらに長生きしたいと望むかね? しかも、死ぬ時期を選ぶことさえできないのだよ。

 いいや、エリサの娘よ、私が知る限り、この『歩くキノコ』たちはマリウスと私と夏の女王の三人だけだ。女王には会ったかね? あの子は国境沿いで死にかけていた戦争孤児だったそうだよ。

 ……さあ、腕を出しなさい。袖は肘の上まであげて」


 リアナは言われた通りにした。「あの……治療はあなたが?」

「なにか不満でもあるのかね? 私は青のライダーだったと記憶しているが。……しゃべっても構わないが、息は止めないで、そのまま」クローナンは彼女の腕に当てた指を離し、なにごとかを帳面に記した。見れば、すでに何ページか、リアナについてのものと思われる記録が残っている。


「へんな感じ」もはや王様然としたとりつくろいにも疲れて、そうつぶやく。「自分がオンブリアの王で、目の前でわたしの脈を取っているのが自分の前の王で、すでに死んでいるはずなのに、当たり前みたいに生きてる。なんだか、もうすべてが夢みたいな気がしてきたわ」


「違いない」別の術具を取りだしながら、男が笑う。「……この術具は、〈竜の心臓〉ではないほうの心臓の働きを調べる。腕を締めつけるから、苦しくなったらそう言いなさい」

 リアナは膨らみながら腕を締めつけてくる術具を眺めた。締めつけが強くなるにつれて心臓がどくどくと脈打つのを感じ、ゆっくりとゆるむとともにまた治まった。「〈ばい〉は感じるかね? 頻度、強さはどの程度だ?」

「かなり弱いわ。かろうじて届くくらい」

「だろうな。竜術は?」

「使ってない。試してみたほうがいい?」

「いいや。しばらくは禁止だ」そして、今度はフィルに向かう。「今朝、起きた時点でいまと違う訴えはあったか? 瞳孔の色や食思に変化は?」

「いいえ。瞳孔の色はニザランに来てからずっと元のままです。食欲は、元通りではないですが、はないようです」フィルが答えた。


 問診や、奇妙な術具を使った診察はその後も続いた。

「よし」書きつけを終えたクローナンは満足したように数値を眺めた。「ストッパーの具合は良好なようだ。各種測定からすると、かなり改善傾向にある。発熱と倦怠感はストッパーの副作用だろう」

「ストッパー?」リアナが聞き返す。

「これから説明するよ。失礼して手を洗わせてもらってもいいかね?」クローナンが立ちあがり、フィルもそれにならった。「お茶をお淹れしましょう」


  ♢♦♢

 

 お茶は緑茶とハーブのミックスで、つんとくるような爽やかな香りがあったが、味は甘いといっていいくらいだった。


 しばらく黙って茶をすすってから、おもむろにクローナンが切り出した。

「さて、診察の結果だが、さっきも言ったように、おおむね改善傾向にある。ご自分でも、発症当時よりかなり楽になったと感じておられるはずだ。どうかね?」

「ええ、閣下」なんとなくおかしな気分になりながらも、リアナはそう返した。


「これはどういうことかというと、〈竜の心臓〉の機能を制御するためのストッパーがはたらいているおかげだ」

「〈竜の心臓〉の機能を制御する?」リアナはオウム返しに聞いた。「〈ばい〉を感じにくかったのは、そのせいなの?」


「そうだ。あなたがニザランに到着した日の夜に、体内にストッパーを入れさせてもらった。それから定期的に、こうやって各種の測定を行ってきて、これで一週間」クローナンはティーカップを卓に置いた。


「結論から言えば、あなたの病名はオンブリアで〈灰死病〉と呼ばれているものだ。そして、手術によってその病を治すことができるという確証を得た」

 灰死病が治る、とリアナは頭の中で復唱してみた。雪山で死にそうになっていたころのことを考えれば、天にも昇るほどありがたいことだ。

 でも、本当に? リアナの知る限り、この病にかかって生還した竜族はほとんどいないはずだった。しかも、本来の治療目的だったデーグルモール化については、どうするのだろう?


「もう少し説明を」フィルが彼女の代わりに尋ねた。

「灰死病とは、いったいどんな病気なんですか? いまのリアナはほとんど健康体と変わらないように見える……でも、エランド山脈で、彼女が発症したときにはもう手遅れだと思った。それに、その前からしばらく、彼女には別の兆候があって……それは……」


「瞳孔の色が変わり、食思を示さない代わりに血液への特殊な欲求を示す? 体温が著しく下がり、極寒の土地でも血が凍らない? デーグルモールのように?」

 クローナンがあっさりと続けた。「フィルバート、それこそが前駆症状なのだ。極論を言えば、デーグルモールと灰死病は同じ病の別の側面といってよい。この発見は、私とマリウスとが続けてきた悪魔の研究の、唯一の正の遺産だろう」


「同じ病? デーグルモールと灰死病が?」と、リアナ。「!?」

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