7-4. ほかの生きかたを、あなたといっしょに探すから

 怒ったフィルは、デイミオンにそっくりだわ、とリアナは思っていた。そういうときのデイミオンは歯痛の熊のように歩きまわるが、フィルは一点を凝視したまま壁に寄りかかって立っている。だが、その目の奥のいらだちはよく似ていた。歯を食いしばってなにかに耐えているように見える様子も。あまり似ていない兄弟の二人だけれど、こうやって共通点を見つけてしまうと胸がきゅんと痛む。



「妖精王たちはライダーの力を使っているのに、あなたにだけ手放せというなんて、不公平だ」

 壁にもたれかかって、もう一方の壁のどこかを凝視しているフィルのそばに、リアナは寄っていった。


「彼らは〈竜の心臓〉だけで生きているのよ。デーグルモールみたいに……愛するひとたちと同じように年を取っていくこともできないまま、竜だけを支えに孤独に生きていくのはいやよ。フィル、そんなのは人生とは言えないわ」


 クローナンの言うとおりであれば、〈竜の心臓〉を摘出すれば、灰死病もデーグルモール化も、どちらの進行も止めることができる。

 〈竜の心臓〉を失うかもしれないと思ってみると、自分のことよりもむしろ彼ら兄弟のほうが心配だった。フィルは自分が〈ハートレス〉として差別に苦しんできたために、彼女をその立場に立たせることが許せず、受け入れられずにいる。


 そしてもし〈ハートレス〉になれば、自分は王たる資格を失い、デイミオンとの〈ばい〉も切れてしまうだろう。手術のことを知らせておくことはできるだろうが、彼も喪失感に苦しむかもしれない。そして、二人の間だけにあった特別な絆も失われてしまうのだ。


 もちろん、白竜のライダーでいられなくなるということは、リアナにとっても大きな痛みになるはずだった。しかし、そのことはあまり考えないようにしていた。どのみち、命に代えられるようなものではないし、〈ハートレス〉の人々についても知るようになっていたから、失望するというのも違うような気がしている。もはや、ライダーに憧れる少女だったリアナはいないのだ。


「どうしたらいいんだ」フィルは自分の髪をくしゃっとかき回した。「あなたが〈ハートレス〉になるなんて」

「そんなに悲観しないで。……あなたは〈ハートレス〉で、立派な竜族だわ。わたしだって同じようになれる」

「俺と同じに?」フィルの目が鋭くなった。「それがどんなものか、あなたにわかるとは思えない」

 リアナは彼の肩口に頭をもたれてささやいた。

「フィル、わたしたち、受け入れなくちゃいけないわ。違う人生を。新しい自分になることを」

「欺瞞だ。自分を騙している」うなり声のような低い声がもれた。「竜に乗れない竜王? 剣を握らない剣士? お笑いだ。そんなものは……」

 リアナは片手をあげてフィルの頬に触れた。そして、固く引き締まった顎に手をすべらせる。


「あなたは英雄以外のものにもなれるはずよ。イニはそう言いたかったんだと思う。あなたを正装させて、わたしと同じ――王と同じ扱いにしようとしていたのに気づいた?……あなたは本当なら、領主にだって、夫や父親にだってなれるのよ」


「俺は兵士です。ほかのものになりたいとは思わない」フィルの語気が強まった。「あなたを守り抜くと誓った。誓いは愚かなものかもしれないけど、それがなければあなたを守ってここまでたどり着けなかった」

「うん」

「だから……」珍しく言いつのるフィルを、リアナの指がそっととどめた。「でも、あなたに死んでほしくない、フィル」

「リア」

「『祖国のために死ぬるは、甘美にして、名誉なり』……でも、嫌なの、あなたでも、ほかの〈ハートレス〉でも、……どんなことのために死ぬのも、甘美だなんて思えない」


「くだらない教条だと思いますか? でも、それが俺たちに与えられたすべてだったこともあったんだ。ずっと、戦うことで自分の存在価値を示せと教わってきたんです」

「これまではそうだったかもしれないけど、ずっとそうでなくたっていいはずよ、フィル」リアナは彼の右手を取り、自分の頬にすり寄せた。「ほかの生き方があるはずよ。いっしょに探そう、わたしも探すから」 


 だが、フィルの緊張はとけず、かたくなな様子のままだった。


 ♢♦♢


 クローナンが再びやってきて彼女の意向を尋ね、翌日の手術を決めて去っていくのを、フィルはほとんどぼうぜんと見送った。そんな重大事を、四半刻にも足らない時間であっという間に決めてしまうリアナが腹立たしくさえあった。


 ライダーとして死ぬかハートレスとして生きるか、などというのは命題にしてもくだらないことはフィル自身よく理解している。一番辛いのはリアナ本人のはずなのだから、フィルの役割は最善の選択ができるよう彼女を支えることだけだということも。だが、頭で理解していてもどうしようもない感情が、つぎつぎと波になって押し寄せてくる。この旅に出てから極端に睡眠時間が減っていて、そろそろ肉体的にも限界が来ようとしている。おそらく、この混乱はそのせいもあるのだろう。明日にそなえて、昼のうちに少し眠らなければ。


 だが、すぐには眠気が訪れそうになく、フィルは彼女に断ってツリーハウスを出た。


 ランタンや幔幕があちこちに下がったままの冬の森を歩いていく。夜には幻想的な光景だが、昼の光の下では子供が作った秘密基地のように見えて、寒々しい。地面を踏むと、落ち葉がかさかさと音を立てる。


 もう一度クローナンに会うつもりで〈鉄の王〉の城に向かっていたが、会ってどうするのかは決めかねていた。考えながら、というより、考えをとり散らかしながら歩き、そろそろ城の前庭に入ったころ、幻影があらわれた。


 かつての部下たちや、母、兄、あるいは名も知らぬ敵といった幻があらわれ、フィルの周囲で煙のように漂ってはしきりとなにかを訴えかけてきた。こういうときは、感受性の低い〈ハートレス〉であることがありがたい。彼はそのすべてを斬って捨てた。子どもの姿をした自分や、リアナの姿をしたものも。すべて幻だ。だが、剣が通じる。


「くだらない興行サーカスの手品はやめろ。無意味だ」剣を構えたまま、フィルは言った。


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