6-9. クーデターと、その後のマリウス
「エリサはそれがわからなかった。いや、彼女の性格を考えれば、理解したうえでなおやるつもりだったのかもしれない。王太子と私の進言は受け入れられず、戦争はオンブリアの圧倒的な勝利で終わった。イティージエンは滅び、人民たちは散り散りになって新しい国を作った。そして、その児戯のような国さえ滅ぼし尽くすべきだとエリサが決めたとき、我々はクーデターのほかに道はないと思った」
「じゃあ、あなたが、……母を殺したの?」
「そうではない。彼女は王のまま死んだ。病死したのだよ。
いくら古竜がいても戦争には莫大な金がかかり、大きな負担を強いられていたフロンテラの領主たちからも不満が上がるようになった。当方の戦死者はわずかだったが、それでも貴重な嫡子をなくした領主もいた。ゲリラ化した人間側の兵士に奇襲され、女子どもを惨殺された村もあった。もはや火を消すときが来たのだ。
跡を襲うクローナンに咎がおよばぬよう、私がひとりで事を起こすことにした。五公会のあとで願い出て、王と二人だけの機会を作って……」
リアナの顔に緊張が走った。イニは目を伏せた。「――結論から言えば、クーデターは失敗した」
「事を起こそうとしたそのとき、私の黄竜、イノセンティオンがエリサ王の白竜レックスを襲ったのだ。そんなことを命じた覚えはなかったが、私が王を殺そうとしたのを察知して、共鳴してしまったのだろうと思う。……私が剣を抜くよりも早く、王が私を無力化した。
だが私が倒れてもイノセンティオンは暴れつづけ、もはや私にも暴走を止めることができなかった。戦いに高揚した古竜は主人であっても完全に制御することはできない……」
リアナは一瞬、黒竜アーダルのことを思った。オンブリアでもっとも巨大な力をもつ戦争兵器と、それを唯一御することのできるデイミオン。だが、彼がアーダルの制御に失敗するところを、リアナはすでに二度目にしていた。
「〈王の間〉を破壊しつくそうとする古竜を止めるのは、誰にもできないことだと思われた。その場に、一人の剣士が現れるまでは。……その剣士はおのれの剣のみで、古竜を討ち取った」
イニはそこでひと息ついてから、おもむろにつづけた。
「男の名前はフィルバート。おまえの剣士だ」
リアナは詰めていた息を吐いた。隣に手をのばし、フィルの手のうえに重ねた。「……〈
「ええ」フィルがそっと答えた。
「あなたたちに、そんな因縁があったなんて……」
王の
「それで? あなたは罪を裁かれたの?」
「ある意味では」
イニはグラスを干した。「表向きは、クーデターなどなかったかのように処理された。なにしろ、目撃していたのはフィルバート一人だったし、私の竜は死んでいたから、どうとでも王の胸先三寸だった。私を処刑して家を断絶させることはたやすかったろうが、クローナンに対する切り札として取っておこうとでも考えたのかもしれない。
それから、黄竜の暴走に対する監督責任という名目で屋敷に軟禁され、目的のない余生のような生活を送っていたが、わずか一年ほどで軟禁は解かれることになった。……竜王エリサが病を得て死んだということだった。病因は知らされなかった。灰死病だったのではないかと疑っているが、私の研究ノートは戦後の混乱にまぎれて消え去っていたし、いずれにせよ当時の我々はあの病に対して無力だった。
クローナンは私に相談役として戻ってきて欲しいと言ったが、私は国を出ることにした」
「どうして?」
「軟禁生活のあいだに、もはやいかなる知識も国の役に立つことはないと悲観するようになっていた。失望もあった。自分がやったことの罪ほろぼしにデーグルモールたちを探そうとしたが、彼らは用心深く身を隠すようになっていて、見つけることはできなかった。それでも旅を続けて……気がついたらニザランにたどり着いていた」
ようやく、〈鉄の王〉誕生というわけね、とリアナは思った。
だが、謎はまだある。
初老の男だったはずのマリウスが、あるいはイニが、なぜ若き王イノセンティウスの姿で現れたのかということだ。
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