6-8. 秘された研究

 リアナは現在のタマリスを思った。国の要職についている者に黄竜のライダーはほとんどいない。〈黄金賢者〉の名称は、ファニーから聞いたことがあったが、長く空位のままだった。


「かつては大陸の守護者と言われていたオンブリアの勢力も、徐々に衰えが見えはじめていた頃……ある年、大陸の南でひどい蝗害が起こった。イティージエンから、白竜と竜騎手ライダーによる救援の要請があったが、レヘリーン王は就任したばかりで五公の賛同が得られず、コメと小麦だけを支援し、白竜を送らなかった。このことは両者のあいだに禍根を残し、時を同じくして、イティージエンはフロンテラに侵攻をはじめた。じきに戦争がはじまった。


 戦時下にあって、黄竜の竜騎手ライダーたちの説く平和主義や人間との協調路線は、しだいに疎んじられるようになっていった。私自身でさえ、そう思いはじめた……

 私は〈黄金賢者〉と呼ばれる文官たちの代表者で、国に必要とされる知識を生みだすべきだと躍起になっていた。当時は、灰死病が発見された頃でもあって、青竜の竜騎手ライダーたちと協力してその治療法を見つけようとしていた。王も王太子も研究を喜び、助成してくれていた」


 王太子。母エリサがそう呼ばれているのを聞くのは、やはり不思議な感じがする。

「愚かだった」イニが呟いた。手の中で氷の融ける音がした。


は最初から、その研究に着目していたのに違いない。美貌と才覚で知られたレヘリーンと比べ、北部なまりの、地味な田舎娘の動きに注目する貴族たちはほとんどいなかった。

 レヘリーンは、単純に病の撲滅だけを祈っていただろう。だがエリサは違った。よりだった。

 彼女は研究施設を整え、職員を配置させ、必要なあらゆるものを送った。おかげで、私とクローナンはなにひとつ案ずることなく研究に明け暮れることができた。外の世界には目を向けず――戦況がどうなっているのかにも注意を払わなかった。五公会も代理に任せたきりで、皆に必要とされる仕事をしているという充実感でいっぱいだった。熱気にあふれ、善意に満ちて、救いがたいほど愚かだった」

 

「気がついたときには戦況が大きく変化していた。五公会の呼び出しに慌てて戻ってみると、王太子エリサが出撃するところだった。

 銀の甲冑と槍、短剣を身に着け、白と黒、二頭の古竜を背後に従えて王の間に現れた彼女を見て、私は自分がなにか致命的な見落としをしているような胸騒ぎをおぼえた。……いずれにせよ、私がいくら後悔していようと、それはもう遅かった。

 私たちの研究室に、が届けられるようになったのは、それからひと月もしない頃だった」

 重苦しい沈黙がその場を支配した。


「『生きた研究材料』とは?」リアナは嫌々ながら聞いた。

「デーグルモールだ」イニが言った。「当時は、まだ『半死者しにぞこない』と呼ばれていたが」

「生体実験をしたのね」リアナがあえいだ。「いくら敵対していても、デーグルモールは竜族なのよ!」

「そうだ」とイニ。「しかも当時は、まだ敵対すらしていなかった」

「もしそれが本当なら……わたしの母は戦争犯罪者だわ」

 そして、デーグルモールを竜族から離反させた、その元凶でもあるに違いなかった。

「なんてことなの」


 フィルの表情は、彼がそれをすでに知っていたことを物語っていた。

「その頃から、潮流が変わりはじめた。

 王太子エリサは軍功輝かしく、竜騎手団の改革を断行するなどすぐれた手腕を見せた。一方で竜王レヘリーンは政治まつりごとを嫌い、ほとんどの政務を息子のデイミオン卿にまかせていた。五公会が王太子を重んじるようになったのは、いたしかたない面もあった。エリサは五公会の後ろ盾を得て王に退位を迫り、そしてそれは実現した。私もクローナンも一票を投じざるを得なかった。すでに、エリサと自分たちの研究とは一蓮托生なのだと思うようになっていた。それに、多少は都合の良い展開を期待してもいた。少なくともエリサはレヘリーンよりは良い王になるだろうし、クローナンが王太子を継ぐことがわかってからは、彼を通じて政策の軌道修正もできるのではないかと考えたのだ。


 もちろん、それは容易ではなかった。

 イティージエンはオンブリアをはるかに凌ぐ技術力を持っていて、兵力でも我が国を上回っていた。それでも、五公たちのあいだに戦争回避の主張をした者は一人しかいなかった。戦争兵器としての黒竜は、イティージエンのあらゆる兵器をしのぎ、当方の勝利は疑いようのないものだった。


 だが、私と王太子クローナンは、過度な戦争行為には反対していた。人道的な理由というだけではなく、それがのちに残す禍根を恐れたのだ。どういうことかわかるかね?」


「ええ」リアナはうなずいた。

「イーゼンテルレでガエネイス王の巨花虫フルードラク狩りを見たわ。……あの巨体を仕留められるほどの火器があれば、古竜を殺すことだってできる。でも、そうさせたのはオンブリア――エリサ王なのね。母があまりに強大な力を見せつけ、国を滅ぼしたから、人間たちは竜をただ恐れるだけの存在のままではいけないと思うようになった。竜を殺せる力を手に入れなければいけないと思うようになった」


「そうだ。生き延びるために、必死でそうしたのだ」王はかすかに微笑んだ。「おまえがそれを理解できたことを嬉しく思う」


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