6-7. 鉄(くろがね)の妖精王

「そうね」

 リアナはうなずいたが、王の話に心惹かれるのは、それが真実だからだと考えずにはいられなかった。小出しにすることでこちらを混乱させる意図があるにせよ、真実には違いない。

 情報を求めて、さらに室内を見まわした。


 どこか居心地のよい洞窟のような印象を受けるのは、そこが故郷の竜舎を思いおこさせるからかもしれなかった。夜の当番になると厩務員の詰所で夜通し起きていることになる。具合の悪い竜がいないときには、静かで穏やかで、そこここに竜の気配を感じられるのがうれしかったものだ。


 この部屋にも、ここで夜を過ごす人の気配があった。厚手のカーテンにふかふかの絨毯、ふっくらした椅子、背もたれにかかった古いキルティングの毛布。火格子では炎が燃えている。


 王たちはそれぞれに椅子を決めて座った。〈鉄の王〉は、古い革張りのひとりがけのもの。リアナは木製のベンチにクッションが並べてあるもの。

 フィルはいつものように彼女の脇にすっと立ったが、妖精王が「おまえも座りなさい」とうながした。

 リアナからは青年の表情は見えなかったが、結局は降参したらしく、彼女の隣にやや離れて腰かけた。

 

「夕食が来るまで、ここですこし昔話をしよう」

 鉄の妖精王はそう言って、話をはじめた。


「その山は、白倉山と呼ばれていた。

 夏にはヒメシャクナゲやスミレ、コケモモにブルーベリーが彩っていた山の斜面も、冬にはすべてが雪に覆われてしまう。だがそれは決して単調な景色ではない。風が吹けばなだらかな白い稜線に見事な波状の紋様を刻み、太陽が顔を見せるときらきらと雪粒が輝く。また無風のときは氷の結晶がささやきながらぶつかりあう音すら聞こえる。生き物の姿はないのだろうか? いや、雪原をよく見ると、ライチョウが飛び立った跡が残っているようだ……」


「ちょっと待って」リアナは男の話をさえぎった。「……もしかして、その話、すごく長くかかるんじゃない?」

 男盛りの年齢にしか見えない王は、色の薄い瞳をぱちぱちとまばたいて、いかにも心外だと言う表情を見せた。

「おまえはこういう話が大好きだったと記憶しているんだが。暖炉のそばで、よく何時間も話をねだられたものだ」

 フィルがぷっと吹きだし、リアナは憮然とした。この男が自分の養父イニだと、まだ確信しているわけではないが……、少なくともまわりくどい口調はそっくりだ。

「何歳のころの話をしているの? 妖精王、いまのわたしは内憂外患を抱えるオンブリアの王なのよ。もうちょっと要点を絞って話してちょうだい」


「お望みのままに、竜王陛下」


「白倉山は竜王エリサの故郷だった。

 ある冬、彼女はそこで竜騎手ライダーになるための最終試験を受けているところだった。かつて、オンブリアの誉れたる竜騎手団に入団するためには、二人の竜騎手が見守るなかで、危険な狩りを成功させねばならなかった。狩りの相手はたいてい巨花虫フルードラクだが、名も知れぬ太古の竜のなれのはてということもあった。彼女は雪山にこもって七日間、山の主ともいえるその巨竜を狙っていた。勢子も案内人も認められていない狩りだったが、彼女はすでに卓越したライダーで、ささいな天候の変化を読み、落雷で竜をねぐらから誘い出し、一度はやつに手傷を負わせるところまで行った。


 が、結局、彼女はその竜を仕留めることはできなかった。見届け役の竜騎手ライダーが試験の中止を命じたのだ。

 この狩りを逃せば、次に入団試験を受けるのは来秋になると知っていたから、エリサは食ってかからんばかりの勢いで試験官たちを説得しようとした。だがそれはかなわなかった。彼女には別の、あまりにも大きな役目が告げられていたからだ――つまり、新王レヘリーンの王太子という役割が」

 その見届け役の一人が彼だったのだろうか。リアナは黙って聞いていた。


「元来、白竜の一族は自治意識が強く、オンブリアの王権には興味が薄かった。メドロート公は白竜の領主の典型だ。彼もまた、自然災害を防ぎ、豊穣をもたらすという白竜の力が、国家権力によって濫用されることを懸念していた。〈種守〉の話を聞いたことがあるだろう? 北の凍土にある彼らの種子貯蔵庫シードバンクを? たとえ国が滅んでも、種子というバックアップがあれば農業を完全に回復させることができる。それが彼らの神聖な役割だと、彼ら自身が信じているのだ。


 そういうわけで、エリサは王位にまったく乗り気ではなかったが、周囲の説得もあってしぶしぶ王太子となった。そののうちの一人が私だ。


 レヘリーン王の時代、私は五公の一員だった。生まれたときに私が与えられた名は、マリウス・ロギオニウス・セキエルという――もう知っているかな?」


 リアナはうなずいた。自分の相続した領地を確認しているときに、そこにセキエルという家名を発見したのはそれほど遠い昔ではない。もし自分のもくろみがうまくいっていれば、西部にあるその領地は今ごろ、親友エピファニーが相続しているはずだ。そのことは、ひとまず胸にしまっておく。


「黄竜というのは、智慧の竜だ。私たちの一族は、竜祖が大陸を平定するよりはるか以前の知識と、文字と、芸術とを保護してきた。かつてはそういった知識は尊ばれ、〈御座所〉には黄竜の竜騎手ライダーが選ばれて大賢者として立った。そういう時代もあった……昔の話だ」


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