6-6. 妖精王の城へ

 〈鉄の王〉は二人を自分の宮殿へと案内した。リアナの目にはオーク、ポプラ、カエデのごくふつうの森に見えるものが、その内側に城と軍隊を隠し持っているのだ。夕暮れになって淡い黄の月がのぼりはじめたころ、一行は木々の生い茂る細い道を進んでいた。


 空気と光のトリックはわかったものの、見ようとするものが見えずにいるリアナはイライラしてしまう。

「陛下、あそこに城が」フィルバートが指さす先は、相変わらずの森のなかだ。「……見えますか?」

「見えないわ」苦々しげに言う。「幻術は解いたはずなのに、どうして?」


 リアナには見えないものが、フィルには見えるらしい。顔近くに落ちてくる枝を払いのけながら進むと、そこには蔦に覆われた廃城らしきものが現れた。明かりもなく、まるきり廃墟そのものだった。


 イノセンティウスは平然と前を歩いていく。

「まだ解けていないんだわ」

 足を踏みならさんばかりに腹を立てていると、フィルがいぶかしげに言った。

「……おかしい」

「幻術なんて、おかしいに決まっているじゃない」


「そうじゃありません」

 左右を見まわし、まばたきをして、フィルはリアナを見下ろした。「もし今見ている城が現実なら、おれには見えて、あなたに見えないことになる。あなたは幻術を解くことができるのに。おれには竜術は使えないのに――いや、逆なのか?」

 フィルの目には、小ぢんまりとはしているものの整然とした古城の様子が見えていると説明した。もしもそれをリアナが見えていないとするなら、答えはどちらかしかない。


 自分が幻術にかけられているか、リアナがかけられているか、だ。確かめる方法はあるのだろうか? ひとつ思いついたフィルはそっと彼女の耳にささやいた。「竜術を完全に遮断してみてください。〈ばい〉も含めて、すべて、完全に」


 リアナは眉をひそめたが、すぐにそのとおりにした。効果は劇的だった。


「……城が! 見えるわ……」

 大広間を抜けた廊下の、その磨き上げられた床も、質実剛健なしつらえも、ずらりと並ぶ明かりも、とたんに彼女の目の前に現れた。

「それでわかった」フィルは舌打ちした。

「竜騎手たちが何度探してもニザランの都を見つけられなかったわけが。今まで妖精王の城に足を踏み入れた竜族がいなかったわけも」

「……?」

「蜃気楼のような幻術だけじゃない、〈竜の心臓〉を通して映像を強化しているんだ。……〈ばい〉ですよ、だから〈乗り手ライダー〉ほど術にかかりやすい……」

「フィル!」リアナは怒りを忘れ、興奮を隠せなかった。「これって大発見だわ。〈ハートレス〉は幻術にかからないなんて。竜騎手ライダーたちの鼻を明かしてやれるわよ!」

「半分はかかってるんですけどね、光と空気の術のほうは眼に作用するわけじゃないから……」

 声をひそめて話しているのに、前を歩く妖精王が振りかえってふっと笑った。



 王は大きなカエデの一枚扉の前で立ち止まった。上部に薔薇窓が嵌めこまれた美しい扉が、音もなくすっと開く。

「種明かしは興ざめなものだ。とはいえ、それが子どもたちの役に立つのなら、やぶさかではない」

 そして、長い腕を優雅に振って二人を中へ招き入れた。


 そこは図書室だった。日が完全に落ち、代わりに花の形をした蛍輝石が灯されていた。書架が機能的に配置され、高い場所の本を取るための移動式の梯子や、閲覧台も設けてある。書架の数からして〈御座所〉と同じくらいの蔵書数がありそうだが、埃くささはなく、ひんぱんに使われていることがうかがえた。


「あなたがマリウスなら、黄竜の竜騎手ライダーのはず」リアナが呟いた。「でも、さっきの幻術……白竜のライダーでもある?」

「惜しいが、まあ正解にしておこう。……私は黄竜と白竜のライダーであり、青竜のコーラーでもある」

「二つ以上の竜のライダーなんて……あり得るの? それに、コーラーまで?」

「おまえたちが思うほど、竜の五種の力のそれぞれはかけ離れたものではない」

 王は書架の奥へと進んでいく。「黒竜のライダーがなぜ炎を燃やし続けられると思う? 白竜の能力で空気を送っているのだよ。

 黒竜と白竜の力は相互補完的だから、これらのほとんどのライダーは両方の能力を持っている。つまり、おまえもだ、リアナ」

 リアナは頬に手を当てて考えこんだ。「そんなの……考えたことなかったわ」

 だが、アエンナガルでの出来事――白竜のライダーであるはずのナイルが、黒竜のライダーのように空気を遮断する術を使ったときのことを思いだすと、うなずけるところがあった。

「ライダーの大きな問題点のひとつだ。あまりにも高度に発達しているので、自分が何の力を、どのように、どれくらい使っているのか、ほとんど言語化できていない」

「それに問題が? 考えるより早く使えるほうが利点があるんじゃないの? 私たちはスペルを唱えたりする必要もないし……」

「詠唱と掌法のことを言っているなら、あれは誤った命令を竜に伝えないために必要なものだ。ライダーもかつてはそれを使っていたのだよ」

「それは――」もっと知りたい、と言おうとしてリアナは考えこんだ。この話だけで一晩明けてしまいそうだ。

「興味深い話だけど、今はそれより大事な話があるんじゃないの?」

 

 〈鉄の王〉は謎めいた微笑みを浮かべた。「そうだろうか? 結局はこれが、私にとってはもっとも重要な話だったのだよ」

「〈鉄の王〉は話術にけています。撹乱かくらんされないように」フィルがささやいた。


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