4-9. 第三の道へ
壮年の竜騎手は、ゆっくりと頭をめぐらせた。なにが起きたのかわからないという顔でリアナを見るが、目をかっと見開き、両腕から力が抜けた。そのあとに見下ろして彼女の盾の影に隠れていたものを目にした。そして、あえぐような声をもらした。
「あなたの短剣を使わせてもらったわよ」
そういうと、リアナは短剣に〈霜の火〉を込めた。男の内部で剣先が氷をまといながら成長し、心臓にまで達するのを、柄を握る手から感じた。
ハリアンはよろりと一歩下がって、自分の胸に刺さった短剣を手でつかんだ。「エサル
最後の竜騎士が絶命すると、あたりは静まりかえり、ふたたび雪と嵐に閉ざされた。フィルは多少よろめきながらも、ちゃんとした足取りでリアナのもとに来た。六人の
「フィル」
腕をまわして引き寄せると、フィルは素直に彼女の肩口に頭をあずけた。「リアナ」
彼は一度だけ強く抱きしめてから、そっとリアナの腕を離した。移動して、死体のひとつから自分の剣をつかみ、足で押さえつけて引き抜いた。腕をあげて〈
「先を急ぎましょう」
♢♦♢
フィルは、わずかな時間で決めなければならなかった。このままこの峠道を進み続けるか、それとも分岐点まで引き返し、より安全な北の峠道を行くか。
あるいは、そのどちらでもない道――ここからまっすぐに北上し、北の峠道に行きあたるのを祈るか。
おそらく、このまま峠道を進み続けるのが最善だろうと一度は考えた。騎手たちはすべて殺したのだし、自分たちがこの峠道を進んでいることを知っている人間はほかにいないはずだ。荷物をいくらか捨てて竜を軽くして急げば――この道ならば、乏しい備蓄でも踏破できる。なにより、リアナの負担が一番少ない。
――だが、相手は訓練された
彼らが戻らなければ作戦の失敗はすぐに知れるだろう。直前まで〈
そして、もう一度、今度は万全の態勢で襲いかかられたとすれば――逃げきれない可能性が高い。残念な思いでそう結論づけた。そして、第三の道に賭けることにした。
フィルはリアナにそれを説明し、重要なことを尋ねた。
「その術具で、しばらくのあいだ、天候にかかわる軽い竜術を使えますか? つまり、風の向きや強さ、温度や湿度を正確に感じられるか、ということなんですが」
北の峠道は熟知していたが、ここからそこにいたるまでの道があったとしても、そこを使うには情報が少なすぎる。
彼女は力の蓄えはさっきの戦闘でほぼ使い尽くしたと説明したが、うなずいた。「できるわ。ただし、気象を変えるほどの力はない」
フィルは「十分です」と言った。
それから、リアナを安全な岩場に隠して入念に入り口と痕跡を消し、竜にまたがって一人来た道を戻り、半刻もしないうちに息を切らせて戻ってきた。
心配そうな顔をしている彼女に、あらためて告げる。
「分岐点まで戻らず、直接北上して、北のカレン峠を行きます」
「道はあったの?」
「高地に棲むヤギの通った跡が、岩山を縫って北上するような獣道になっていました。おれ一人では無理だけど、あなたが周囲の情報を教えてくれれば、到達できるはずです」
リアナはうなずいた。「わかったわ」
その夜は岩場に野営したが、火を焚くこともできず、備蓄の蜂蜜酒と干し肉だけで夕食を終えた。フィルは彼女のために、一年のうちでこの時期だけ出回る、日持ちはしないが高価で柔らかい干し肉を買い求めていたのだが、リアナはそれさえ食べることができなかった。フィルはこっそりとため息をつき、少なくとも自分がその肉にありついたことを喜ぶべきだろうと思った。いくらかは彼女の養分にもなるのだから。
前腕を切って血を与えたが、彼女は血が止まる程度にわずかに舐めただけで、それ以上摂取しようとはせず、眠ってしまった。
マリウス手稿には、どの程度の量の血を、どれくらいの頻度で与えるべきかの指示がなかった。だから、数日前のあの量で足りたのかもしれないが、フィルには不安が残った。ニザランにいる男は、本当にデーグルモールと化した彼女を救う方法を知っているのだろうか。あれこれと考えながら、彼女を毛布でくるんで抱きかかえるようにして、ほとんどまんじりともせずに過ごした。
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