4-8. 竜騎手対〈竜殺し〉

 真っ白な大地が赤く染まるさまは、それが血でなければ鮮烈で美しいとさえ言えただろう。


 リアナのほうにはそう思う余裕はなかった。騎手の一人が分かれて彼女を岩壁のほうへと追い詰めたからだった。盾を手に持っていたのを思い出し、かろうじて構えるが、うまく扱える自信はなかった。


 相手は目以外のほぼすべての部分を覆っていたが、リアナには誰だか見当がついた。エサル卿の配下の竜騎手ライダー、ハリアンだ。驚いて見ているわずかな間に竜を降り、盾の間合いにも容赦なく入りこんでくると彼女の身体を脇に抱えこんだ。喉もとには冷たい金属が押しあてられている。


「ご無礼を、陛下」そして、戦っている集団のほうへ声を張りあげた。

「〈竜殺しスレイヤー〉! リアナ陛下は捕らえたぞ! 剣を捨てろ!」


リアナは罠にかかった獣のように暴れたが、体格のいいライダーの前では無駄な抵抗だった。

「お静かに。あなたに危害は加えません」


「どうだかね」リアナは鎌をかけた。「白竜さえ使役できるなら、半死半生でもいいってエサル卿に言われてきているんじゃない?」

「……慮外りょがいなことを」


 眉をしかめて首を動かしたハリアンの様子で、おおよそその予想が当たっていることをリアナは確信した。竜騎手ライダーには嘘の下手な男が多い。


 戦闘はフィルバートの優位に進んでいた。すでに二人のライダーが地面に倒れている。だが、落馬したライダーの一人が体勢を立て直し、助太刀しようと剣を構えて向かっていくのが見えた。


「フィル! 後ろよ!」

 リアナは声を張りあげた。フィルと思われる人影がさっと向きを変え、背後からの攻撃を跳ね返した。「かまわずにやって! わたしなら大丈夫!」


 ハリアンが舌を打ち、リアナの口をふさごうとしてもみあった。足を思いっきり踏んでやろうとするも避けられ、鋭利な剣先が頬に当たってひやりとする。

 リアナは邪魔になる手袋を苦労してはずし、必死であたりを手探りした。腰回りに短剣があったはずだが、ちょうどそのあたりにハリアンの手甲が当たっていて、はずせない。


「放しなさい、ハリアン!」

 リアナは身をよじって騎手の顔をまともに見た。岩に刻んだような壮年の険しい顔だ。主君に忠誠を誓い、不正義や弱者への暴力は許さないとその顔に書いてある。(主君への忠誠と、王を殺すという不正義を、どうやって両立させているのかしらね)

 


「あなたの王に剣を向けている場合なの!? アエディクラは着々と戦争の準備をしているのよ! 五公と王が対立するなんて……」


「私の覚悟を試させないでください」ハリアンは目をそむけたまま、固い声で言う。「あなたはもはや王ではない。五公は分裂してしまった。あなたがデイミオン卿を取り込んでしまわれたから……だが、エサル卿はフロンテラを人間たちの侵攻から守ってこられたのです。私は王の騎手ではなく、エサル卿の騎手としてここにいる」


 ハリアンの目は戦場へ向けられていた。すでに、追っ手たちは最後の一騎にまで減っている。

「左だ!」

 雪風で視界がきかなくなった騎手の代わりにハリアンが叫び、騎手はかろうじてフィルの剣から逃れた。ハリアンに追い詰められていたせいで、音をうまく遮断できていなかったことに気づいたリアナは、ぼうぜんとそれを見ているしかなかった。フィルバートが多勢に無勢でもものともしない強さを持っているとしても、雪の上で、しかも彼女のほうを常時気にしながら戦うのは辛いはずだ。


 守られてばかりでいるのは嫌だった。それは、自分の手で誰かを傷つける覚悟を意味している。アエンナガルで、自分はおそらくデーグルモールの青年、イオを殺してしまっただろう。あのときは、自分自身もなかばデーグルモールになりかかっていたから、他人の記憶のように感じられるが、手を下したのは間違いなく自分だ。


 そして、今度は竜騎手ライダーを……おなじ竜族の男を手にかけることになるのか。〈隠れ里〉を襲撃されてから、辛い選択には慣れはじめてきたが、それでも、決断には心が痛んだ。


 深呼吸をするだけの時間を自分に許す。そして、そっと呼びかけた。

「ハリアン」

 それから、ありったけの力で短剣を突き刺した。


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