4-7. 追っ手たち

 山と山のあいだによく動く嵐雲があるのを、二人で見ていた。青あざのような不吉な色で、小さいながらも稲妻が走るのが見える。

「雲のなかの電荷がバランスを崩している」リアナは白竜のライダーらしいことを呟いた。「もう冬に入るのに」


「エランド山脈の向こうは海が近いので、湿度が高くなって、気温がさがるんです」とフィルは説明した。「あの峰を通る巡礼路ももう閉じられて、そのあとは雪に覆われる」


 しばらくは、休憩をはさみながら順調に峠を登っていった。まだかなり上方にあると思っていた雪の地面にいつのまにか足を踏みいれていたようだ。じきに道が雪に覆われ、気がつくと視界は白の割合を増している。行く手の白、地面の白、黒い木立の上に積もる雪の白。


 雪まじりの突風が高くうなりを上げ、岩や木立をめぐる。リアナは時折、空気をとらえて周囲の音を探った。ほとんどは慣れっこになった音で、ときおり雪がどさっと落ちたり、風のせいで小枝が折れる音に神経をとがらせるくらいだった。しかし、何度目かの探索で気になる音を拾った。その音は、大きくなったり小さくなったりすることはなく、一定に、しかし徐々に近寄ってくるように思われた。


「フィル!」

 口にしたとたんに声を風にさらわれたので、術具で風を起こしてもう一度声を届け、ふりむかせた。リアナは手袋をはめた手で後方を指さした。

「誰か追って来ているわ」


 フィルは驚いてのけぞり、周囲に目を配る。視界には何も映らず、舞い踊る雪だけだ。

「何人か、わかりますか?」

「わからない……いえ」泣き言を言おうとする自分を無理に落ち着け、風音のかなたでわめく人声をとらえにかかった。「六人、もしかしたら八人」


 フィルが顔を引きしめた。「こちらへ、急いで!」


 二人して、風と雪とで見通しがほとんどきかないなかを、夢中で竜を走らせた。それでも追手を振りきることはできないらしい。背を丸めて竜の首にしがみついていると、もはや風に頼ることなくはっきり声が聞こえた。

「まわりこめ!」

 フィルは突きだした岩棚のそばの空き地に駆け込んで、リアナの竜もそこに止めさせた。なにを考えているのか、フィルは彼らが近づくまでじっと待っている。


「食い止めてきます」落ちついた顔ではっきりと言うと、革でできた軽い盾をリアナに手渡す。

「やつらが来たらこれを使って。可能なら彼らの音を遮断して、おれを援護してください」

「わかったわ」

 リアナは言われるままに消耗した竜を降り、岩棚を背にして盾を腕にかけた。


 フィルの竜が雪煙をあげて走っていく。がたがたと震えながらも自分を叱咤して盾をかまえ、しいて落ち着かせながら前方の状況を確認する。鎖帷子を着た竜騎手ライダーが六人、弓兵が二人。古竜の気配はないが、リアナと同じように、おそらく戦いに備えて術具に力を蓄えているのだろう。リアナは弱い風を逆向きに起こしてフィルにそう伝えた。「鎖帷子はすべて黒竜の竜騎手ライダーよ」


 そして、アエンナガルのことを思い出そうと努めた。あのときには、デーグルモールの〈乗り手〉相手に自分一人で戦って、倒したのだ。ただじっと待っている以外に、できることがたくさんあるはず。

 


 フィルバートは掛け声をかけて竜の腹をけり、一直線に走り出した。鞍の上で身を低くし、加速しながら集団の真ん中へと突っ込んでいく。騎手たちの手がいっせいに上がり、詠唱の声も聞こえないうちに炎箭が放たれた。リアナはすでにそれを予測していて、フィルのまわりに空気の層を作ってそれを弾いた。間に合わなかった一弾はフィルが剣で弾き飛ばす。炎の矢が燃え尽きるジッという軽い音と、剣が風を切る音。勢いよくあがった炎が、魔法のように急に消えても誰も驚かない。騎手の一人は、自分が撃った矢をあわてて避けることになった。迎え撃つ兵たちに勢いよく剣を打ち振ると、一人のライダーが仰向けに落馬したのが見えた。


 怯えた竜たちの威嚇音と、金属と金属のぶつかる音が聞えた。山岳の竜は戦闘には慣れていない。フィルと別の騎手とが打撃を交えると、両方の竜はたがいにすばやいダンスのようにぐるぐるまわった。フィルの剣が竜騎手の喉を掻き切り、鮮血が噴きだして湯気となって立ち上った。その男が落ちるころには、フィルはもう他の敵と戦っていた。落馬したライダーが剣をのばしてフィルの竜の足を狙う。踏みつぶそうとする竜の足に剣が命中し、驚いて立ちあがった竜からフィルがふり落とされた。


 だが、追いすがったライダーがそばに来るのを待たず、すぐに反転して剣をかわすと体勢を立て直した。次の剣は長剣で払いのける。三の剣は、合わせると見せかけてまた避ける。第二のライダーはバランスを崩して最初のライダーにぶつかった。フィルはそれを逃さず、一人の背中をブーツで蹴り、彼らが一緒に倒れるようにした。とどめを刺す間もなく、別の男がかれらを飛び越えて、フィルの頭めがけて切りつけた。フィルはその剣をかいくぐって、真上に剣を突き立てた。そのライダーは悲鳴をあげて雪の中に倒れた。顔の左半分が赤く染まり、目のあった場所から血が勢いよく噴き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る