10-5.ケイエに戻って


 火は収まりつつあった。

 

 リアナとレーデルルが延焼を防ぎ、ケイエから駆けつけたエサルとその竜が消火を引き継いだ。黒竜たちの部隊もようやく統制を取り戻し、その後はみるみる火が消し止められていった。完全に作業が終わるまでに三日間ほどかかったが、ついに、オレンジ色の夜明けとともにもはや炎のない静かな朝が訪れた。

 だが、アエディクラ側で犠牲になった兵士たちが生き返ることはないし、焼かれた山がもとの景観を取り戻すのには長い時間がかかるだろう。そして、黒竜アーダルはこんこんと眠りつづけている。


 エンガス卿みずからが治療に当たったが、デイミオンとリアナはどちらも〈ばい〉の酷使以外に目立った傷もなく、無事だった。二人は、ひと晩じっくり相談して、やはり灰死病とその治療法についてニザランで解明されている事実をエンガス卿に伝えることにした。〈鉄の王〉は喜ばないだろうが、それでもいい、とリアナは思った。養父を愛しているが、いまではそれよりも強くオンブリアの人々を愛するようになったからだ。そして、自分には彼らを助ける義務があると思うからだった。王であるかどうかにはかかわらず。

 

 焼け跡のなかから救出されたとき、〈不死しなずの王〉ダンダリオンは全身を火傷しており、すでに助かる見込みはなかった。ニエミ一人に見守られながら、明け方に息を引きとったとのことだった。


「ダンダリオン様は、難民となった残りの同胞たちのことを奏上するおつもりでした」と、ニエミはためらいがちに説明した。彼らがニザランで安住できるように、おそらくは自分の首をかけてケイエにやってきたのだ、と。


 探していた父親は彼かもしれない、と聞いたリアナは、複雑な思いを処理するのに苦労した。

「本当に父親だったかなんて、もう確認のしようもないわ」

 リアナの言葉に、デイミオンは「そうだな」と同意した。


「だが、もうほんの数えるほどしかいない同族を助けるために、重傷を負った身体でケイエにやってきた。そして、自分のものでもない竜の暴走を止めるために力を使い果たして死んだ。……オンブリアにとって宿敵ではあったが、私には到底できないことだ」

「デイミオン……」

「やはり、どことなくおまえに似ていたよ」


 亡きがらをどうしてほしいのか、彼は一度も口にしたことがなかったとニエミは語った。焼いて灰になったものが少しずつ彼らにわたり、そしてリアナに残された。

 リアナはそれをどうしたらいいのか、そもそも悲しんでいいのかどうかすらわからずにいた。

 ただ、いずれそのことを考えることのできる時間がくることを祈った。


  ♢♦♢

 


 領主の部屋を臨時の執務室として借り受けた竜王デイミオンは、めずらしく朝から座ったままで報告を受け、戦後処理についてあれこれと命令を出していた。ライダーや文官たちが次々に拝謁しては指示を仰ぎ、せわしなく入出と退出をくり返している。


 王の、その体勢の原因となっているのは膝の上に座らされているリアナで、どんなに抗議しても受けつけてもらえない。とにかく目の届くところに彼女がいないと安心できないと主張するので、リアナはあきらめて彼の膝にちょこんと座り、見てはいけないものを目にしてしまったような臣下たちの気まずい顔に耐え、自分ひとりだけがいたたまれない気持ちになっている。


 デイミオンは彼女の復位について、やけに大きなひとり言めいて話していた。

「〈血のばい〉は、どうしてこういい加減なんだ? 当人が生きているのに、心臓を取りだしただけで切れてしまうなんて。王位継承の手段としてまったく当てにならん。そうだろう?」

「……デイ」

「〈御座所〉に復位を願うという方法もあるようなんだがな。ナイメリオンを副王太子とするとか。だが、こんなことなら、いっそ〈血のばい〉なんぞ無視して、新しく王家を創設するのも手じゃないか? 人間みたいに」

「デイミオン」

 王に呼びかけているのは、膝の上の少女ではなく、壁に寄りかかっているフィルバートだった。

「嫌がってるみたいだけど」

 あまり似ていない兄弟二人の、青とハシバミの目がかちあった。片方は腰を下ろしているので、視線は斜めに交錯し、見えない火花が散った(と、周囲の者たちは思った)。

 二人の男は久しぶりの再会を喜ぶでもなく、テリトリー争い中の雄竜同士のように静かに緊張感をはらませていた。そのことも、リアナが息をひそめて事の推移を見守っている理由だった。

「嫌がってなどいない」デイミオンが少女の腰をささえて顔を近づけ、甘い声で言った。「なぁ、リア?」

 嫌ではないが、困惑している。どう言えば角が立たないのかわからず、リアナは縮こまって、「王位については、いまここで決めるべきことじゃないと言うか……」とお茶を濁した。

「「王位についてじゃない」」

 トーンの違う二種類の声が重なり、声の持ち主たちはまたにらみ合った。



「それで?」デイミオンの声に不穏な響きがまじった。

「ニザランへの道中、になにをした?」

 その場にいた全員(おもにリアナ)に、緊張が走った。

 

になにをしたって……」フィルはしらけた顔で言った。「デイが彼女にしたことなら、たいてい俺もやったと思うけど」

 膝の上のリアナは背筋が凍る思いがした。

(どうしてそれを今言うの!?)

 デイミオンはうっすらと目を細め、危険な目つきになった。「……おまえにも聞いておくことがありそうだな、リア?」

 彼女は内心でこの場から逃げだしたい思いを抑えられなかった。

 


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