10 あなたを信じてる
10-1.あなたを信じてる
〈
「外を見るだけだよ」王は言った。
「俺が開けましょう」
兵士は彼をまたぐように身をのりだして、カーテンを端によせた。
外の景色が、一瞬だけ彼に過去を思いおこさせた。
もう正確に思いだせないほど昔、彼はフロンテラの領主だった。そのときにはまだ、ケイエは人間の国イティージエンの領地で、領主一族の城ももっと小さく、こんなに洗練された立派な城ではなかった。しかし、もう自分の人生に起きた出来事とは思えない。竜族の領主として生きた短い人生より、不気味な半死者としての人生のほうがはるかに長くなった。それを人生と呼んでよいのであれば。
兵士は油断なく外を見まわしていたが、「いったい、なにが起きてるんだ?」といぶかしんだ。
ぶあつく立ちこめた雲の下部分が、オレンジ色の照り返しを受けていた。空は不穏に渦巻いて、不安定だった。
「黒竜の火だ」ダンダリオンは呟いた。
「あんたの竜か?」
「まさか。私の竜はもう、一人で炎を出すことはできない」
「じゃあ、やっぱり、オンブリアの黒竜部隊が応戦しているのか」
「そうだろう。だが……」
近くの岩場にいるはずの、自分の竜の気配を確認しながら言った。シュノーは年寄りなうえ、臆病な性格なので、大勢の竜の気配におびえきっていた。近くに行って力づけてやりたいが、いまの状況では難しいだろう。このあたり一帯を支配するのは、おそらくあの黒竜大公の雄竜のようだが――
「アルファメイルが怒り、炎で威嚇しながら動きまわっている。……テリトリーを荒らされでもしたかのようだ。よくない兆候だ」
ぱたぱたと軽い足音がしたと思うと、扉が開いて、少年と女性が入ってきた。
「ケイエが攻撃されている」エピファニーと自称する少年が言った。「デイミオン王が黒竜部隊を率いてきて、エサル公はバックアップにまわってる」
「閣下……そういう話は、仮にも
「どうこう言ってる場合じゃないでしょ! 戦争がはじまっちゃうんだよ。黒竜大公はどうかしてる。誰か止めに行かなくちゃ」
「そうは言っても黄竜のライダーにハートレス一人、俺たちにできることなんてないでしょうが」
「黒竜のライダーたち全員に届くほどの巨大な〈
口々に喋りだした三人に、ダンダリオンがひとり言のように割ってはいった。
「すぐ近くに、ニエミがいる」
手が制止するように伸び、青い目が宙の一点を見つめた。
「モレスク上空、やや北西、ガエネイス王の飛行船に乗っている……いま、〈
「ライダーのお仲間ですか? デーグルモールの?」女性が尋ねた。
「そうだ。だが、ニザランにいるはずだった。どういうわけだ?」ダンダリオンはためらいがちに続けた。「……船内に、竜王リアナがいると言っている。〈
少年が飛びついてきて、〈
なにが起こったのかわからず目をまるくしていると、少年はぱっと身を離し、意気揚々と宣言した。
「力を貸しに行かなくちゃ。……〈
♢♦♢
落ちる瞬間、なぜか数をかぞえていた。
胸のなかで1、2、3とととなえて、そして、「落ちている」という理解が追いついた。竜に乗ったときのような、内臓がもちあがるような感覚が数秒つづく。でも、それはすぐに消えた。その後に感じたのは耳もとのゴーッという轟音と、風だった。風が噴きだす場所に身を投げだしたかのような、強い風圧が全身を包む。飛行船が真上に見えたかと思うと、あっというまに遠のき、そして落ちていく。
落下より、風圧をより強く感じる。服が風をはらんで、痛いほどにバタバタとはためいた。
そういえば、前にもこんなことがあったっけ。アーダルの背から、デイミオンと一緒に落ちて――あのときは、そう、レーデルルが一緒だった。竜に乗るより、落ちていることのほうが多いライダーなんて、お笑いだ。
風の力を強めて、クッションを作り、落下速度を緩める――何度もやってきた竜術を、もう一度やってみようと集中する。風はなんとか起こったが、あまりに弱々しく、落下が緩まったとは思えなかった。
(力が弱すぎる!)
アーダルから落ちたとき、あの竜術を教わる前でさえ当たり前のようにできたことが、病気を境にできなくなっている。うすうす気づいてはいたが、いまこの時に感じるのはおそろしかった。
パニックを起こしかけたそのとき、やや上空に豆粒のようなものが見えた。とっさにひらめいて、そのときの自分にもなんとかできることを――つまり、その豆粒と自分のあいだの空気を減らしておたがいの落下速度を調節することをこころみた。
その豆粒は自分を追ってきたかと思うと、みるみるフィルバートの姿になった。髪がはためいているので彼も落ちているのだとわかるが、落下速度が追いつくということが不思議で、こんなときなのになぜかおかしかった。そういえば、フィルはいつも平気な顔で落ちているわ。アーダルから落ちる直前にも、彼はまるで階段を一歩下りるだけのような動作で、空中に足を踏みだしていたっけ。
「フィル」
仰向けに落ちていっているので、かろうじてそう口が動いた。
でも、そう思っただけかもしれない。あまりにも風が強いから、フィルが口を開いたのかどうかはわからなかった。ただ、彼の声が聞こえたように思った。
「リアナ」
彼の手が自分の手首をつかんだ。今度こそ届いた。
「おれを信じていますか? いまでも?」
こんなときなのに、どうしてそんなことを聞くの?
あまりに真剣な声なので、なんだかおかしい気分になった。笑ってみせたかもしれない。そして、彼も笑ったかもしれない。
「永遠に」
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