9-8. 無限の火種
モレスクの上空に、オンブリアの古竜部隊が出撃した。
国境をはさんで向かいのケイエを防衛する本隊からはなれ、アエディクラ側の本隊をたたこうという計画だった。飛竜のほかは、ほぼすべてが黒竜からなる攻撃主体の部隊である。
その黒竜たちに向かって、ガエネイス王の対竜部隊が砲撃を放った。間近に迫ってくる爆風と轟音に、
さらに、アエディクラ側は騎竜隊も用意していた。小型の竜が多く、オンブリアの見事な竜騎手団にははるかに及ばないが、どんな貧相な格好であれ対空戦が可能であるというだけで脅威になる。それにおそらく竜に乗るのは竜族と人間との混血であると思われた。敵国に
砲撃が耳をつんざくような音をたて、古竜たちが負けずと威嚇をはじめた。動物の威嚇は恐怖の裏返しでもある。
羽ばたきと威嚇の鳴き声がひろがる群れを、アルファである黒竜アーダルが一喝した。シューッという警告の声を出しながら、空中を行ったり来たりする。
デイミオンは、自分の群れのことはほとんど忘れかけていたが、命令を待っている竜騎手たちの声を感じて我にかえった。
〔落ちつけ〕彼は眼下につらなる山々を見下ろしながら言った。
〔どれほどの軍隊があり、どんな兵器をもって攻撃されようとも、アーダルの火にはおよばない〕
〔陛下〕副官ハダルクの思念が、一瞬割って入ってきた。〔陛下、これほど近づいては危険です〕
〔おまえたちは下がっていていい。アーダルだけで十分だ〕
デイミオンはごく当然というように言った。
「さあ、はじめよう」
そして、見下ろした光景にむかってさっと片腕をふった。
♢♦♢
上空から見ると、それは次から次へと花開く美しいラーレの花(チューリップ)にも似ていた。
エサルはハヤブサの目を借り、固唾をのんでその光景を見下ろしていた。
花のように見えるのは、実際には火球に次ぐ火球だった。中心は輝く黄色で、オレンジと紅蓮がその周囲を彩る。みるみるうちに黒と灰の煙が増えてきた。ねぐらを追われた鳥と小型竜たちが、狂ったようにきいきい、ばたばたと飛びたっていく。
炎と煙は風にまかせ、キノコやイトスギを思わせる形をとり、あるいは翼のように広がって、空中に何マイルも立ちのぼっていく。
〈老竜山〉が燃えていく。
高位の〈
だから、エサルにはわかる。炎の中心点では、熱より先に衝撃波が人体を打ち砕く。いや、粉砕という言葉でも生やさしく、すりつぶした果肉のようにしてしまう。運よく中心を逃れても蔓延する炎に焼かれ、さらには火炎が空気を奪うためにそれ以上多くの兵士たちが窒息して死んだ。
無限の火種とも言えるアーダルの炎の広がりが、強烈な上昇気流を起こし、火炎に向かって一気に風が吹きこむことで、暴風とも呼べるほど強い
ガエネイス王が複数の場所に用意した軍隊は、そうやってあっという間に消費されつくしていく。
炎の恐ろしさは、近づいて見なければわからない。だが上空から火を放っているデイミオンにも、何が起こっているのかの知識はあるはずだ。それとも、まったく意に介していないのか。
〔かつて、〈双竜王〉エリサも同じように炎をもってイティージエンを滅ぼした〕
〈
〔そして、人間たちの遺跡のなかで、彼女は王ではなく黙示録となった。
デイミオン卿も、同じようになってしまうのだろうか? 神の怒りのように顕現して?〕
エサルはためらった。
〔防衛のための戦争だとしても……こんなふうに竜の力で土地と人を焼き尽くすことは、本当に正しいのでしょうか?〕
〔わからん〕エンガスが言った。
〔エリサ王が平和をもたらしたのは事実だ。圧倒的な軍事力は、少ない兵でも国を守れる抑止効果を発揮した。あのときは、あれが正しい一手だったのだ〕
〔ですが、のちに禍根を残した〕エサルが言う。
〔人間の命は短いが、代が替わるたびに科学技術力が増していく。彼らは生き延びるためがむしゃらにやっている。これ以上のスピードで対竜兵器の開発がすすめば、いずれは竜の力を追い越すかもしれない……〕
〔そうだ。だが、より喫緊の課題は、われわれがデイミオン陛下を制御できない、ということだ〕
エサルは押しだまった。いまのデイミオンは、怒りに身をまかせ、世界のすべてを焼き尽くそうとしているかに見える。〔……陛下を廃すべきと?〕
エンガスはその問いには答えず、ただ
〔戻ってきなさい。話し合いが必要だ〕
とだけ言った。
デイミオンは二人のたわごとなど聞いていなかった。アーダルとの〈
アーダルの力を制御するために使う手綱のイメージがふっと浮かんですぐに消えた。制御。師はいつも、竜術でもっとも基本となるのは制御だと言っていたっけ。
だが、いまこうやってアーダルの力を身体中に感じているのが心地よく、制御について考えるのをじきにやめてしまった。リアナを失ってからはじめて、胸がすくようなすっきりした感覚を取りもどした気がした。アーダルはいつも存分に力を出しきりたいと思っていた――より原始的な思念のなかでではあるが、アーダルの力は容器の縁までなみなみと注がれた水であり、限界まで引き絞られた弓であり、枝から落ちようとする熟れた果実だった。それらをとどめるためにみずからの精神力をすり減らすことに、デイミオンはすっかり疲れきってしまっていたのだ。
なぜなら、この世界に彼女がいないとすれば、世界をたもつための
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