9-6. 空中の二王会談
金髪の持ち主が頭を振ると巻き毛がこぼれ、その下にあらわれた小さな顔は女性のものだった。ガエネイスが声を出すよりもはやく、クルアーンが動いた。ためらいなく剣を振りあげたが、振りおろした剣をがっきりと別の剣がとらえた。
大柄なクルアーンの目線のやや下に、剣を構えた〈竜殺し〉の姿があった。武装解除したはずの相手の動きに、まさか、という思いが起こる。自分の腰から、もう一本の剣を引きぬいて構えたのか? だが、いつ?
目が追いつかないほどすばやく、剣を合わす高い音が鳴ったときにはすべてが起こっていた。フィルがわずかに押されるのを感じたクルアーンは一気に踏みこもうとするが、そこで二人の王から制止の声が響いた。
「やめよ」「やめなさい」
ガエネイスと、まだ成人したての若い女性の声。
クルアーンはぱっと身を離して剣を下ろした。見れば、フィルバートは涼しい顔をしている。そのまま踏みこめば一気に押しもどされ、自分の胸に剣が突きたてられていたであろうことを彼は悟らないわけにはいかなかった。
金属製のはしごを行き来するカンカンカンという音が部屋の外で響いた。それほど、室内は静まりかえっていた。
「……竜王リアナ」
ガエネイスはめったにないほど驚いていた。「いかなる幻術だ、これは?」
「貴殿は病に倒れ、王太子デイミオンが跡を襲ったのではなかったのか?」
「病の噂は本当です」リアナが言った。
「ニザランで療養しておりました。このような形でお会いしにきた非礼はお詫びします」
「脈がなかった」クルアーンは少女を凝視したままあえいだ。「ヒトの心臓もない。〈竜の心臓〉だけだ」
「なるほど。なかなか重い病とみえる」ガエネイスはすでに平静さを取り戻していた。「いまのところ、貴殿はリアナ王の真似をしているデーグルモールという可能性が、もっとも高いようだが」
リアナはなにも言わず、目の前の
彼女は杯から赤ワインをひと口すすり、その向こうからじっとガエネイス王を見た。
王は言った。「――よかろう。すくなくともライダーではある」
「だが、いったいどういうわけか、聞かせてもらえるのかね?」
「もちろんです」リアナは簡潔に言った。「ただ、わたしとあなたのお話が終わってからにしましょう。とても長い話になりますから」
「貴殿は余よりはるかに長く生きる種族だ。余のほうはかまわんがね」
「ご存じのように、わたしはせっかちなんです」リアナは微笑んだ。
クルアーンは、自分たちよりもはるかに若い少女に時間稼ぎが見抜かれていることに気づいた。
彼はまだ扉近くにいる。だが、こうもたやすく武器を取られてしまっては、応援を呼ぶのは不可能に近かった。予想される次の一手は、フィルバートが自分を刺し、王が動いたとしてもリアナ王とデーグルモール兵二人を相手にはできず、ガエネイスは死に、自分も王を守れず死ぬ。船には古竜との戦いを想定した武器が積んであり、熟練した兵がいるが、船内にいる敵兵と至近距離で戦うことは想定されていない。さらに、この狭さでは人数の多さも有利になるとは限らない。
どうする、とクルアーンは王を見た。まばたきをしない凝視は彼にむやみに動くなと言っている。敵国の王を捕虜にするまたとないチャンスなのに……だが、確かにいまは時間を稼ぐ以外にできることはなさそうだ。
「敵の度肝を抜く作戦は余の得意と思っていたが、自分を買い被っていたようだ。……して、危険を冒して敵地に乗りこんできた、貴殿の目的は?」
♢♦♢
ガエネイスに問われたとき、リアナの頭にはさまざまな過去のことが思いよぎった。
ニザランの森に侵入したデーグルモールたちは、捕まえてみれば〈鉄の王〉の庇護を求めてやってきた者たちだった。アエンナガルでの
彼女のほうは、デーグルモールたちをただぬくぬくと庇護しておく気などまったくなかった。本音を言えば、自分で手を下さなくていいのなら全員をこの世から消し去りたいとすら思った。彼らはリアナの育った里を襲い、メドロートを殺し、デイミオンに重傷を負わせた張本人なのだから。
ただ、彼らが命令に従っただけということも彼女にはよくわかっていた。その命令を出したのはおそらく目の前のガエネイス王だった。そしてフィルに命じれば、ためらいも見せずにこの男を殺してくれるだろう。
その誘惑は、なかなか大きかった。
しかしフィルバートを王殺しにするわけにはいかなかったし、いまは報復よりももっと重要なことがあった。
(ケイエには、エサル卿とエンガス卿を説得するために来たはずだった……まさかもう、彼らが戦争を開始しているなんて。デイミオンは知っているのかしら?)
もし知っていたとしたら、彼は、いまどこでこの戦争の指揮を執っているのだろうか? ……
時間にしてみればその思考は一瞬で、彼女は短く、「ケイエへの侵攻をやめてください」と言った。
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