6-12.『ふたりの関係』
二人がツリーハウスに戻ってきたのは、夜も更けたころだった。妖精王との会談のあいだに女官が入ったらしく、暖炉がぱちぱちとはぜ、ベッドが整えられ、夜に備えて毛布が積まれていた。後についてきた女官が風呂の用意をするといったが、リアナはマリウスに聞かされた長い昔話のせいで疲れきっていた。どうしようか迷っていると、フィルが足湯にしようと提案してくれた。
「温まったほうがよく眠れるからね」
大きな揺り椅子のほうに導かれ、そのまま肩に軽く触れて腰かけるよううながされる。疲れたリアナはなすがままだった。頭のなかに収めきれないほどの情報が入っている気がする。考えなければならないことが山ほどあって……。
ジャケットを脱いで腕をまくると、フィルは足もとのたらいに湯を注ぎいれた。冷えた足に熱いくらいの湯が心地よく、リアナは思わずため息をもらした。カモミールとローズマリーの生枝が入っていて、清潔そうないい香りがする。
(不思議だわ)
(生まれたばかりのころのわたしが、ここに連れてこられたことがあったなんて。それも、連れてきたのはフィルだったなんて……)
マリウスの話は、その後は急速に思い出話の様相を呈してきて、リアナはだんだんと話半分に聞いていたのだが、そこではじめて〈隠れ里〉のこともでてきた。南部の領地、フロンテラでの養育を勧めたのは亡き母エリサらしい。父親の件についても尋ねるべきだったのだろうが、リアナはなんとなく、彼でさえそれは知らないのではないかと思った。人々の思い出話のなかにある母は、そういう女性のように思えた。聞きそびれたことはほかにもたくさんあった。彼女の治療にあたったのは誰なのだろう……
同じように足湯を使っているフィルが、さっさと足を洗い終えてズボンの裾を下ろした。それを見て自分も洗おうと思うのだが、なかなかおっくうで動けない。
(ドレスも着替えさせてもらわないと……)
じんわりと広がってくる熱の贅沢さを無心で味わっていると、フィルがつと足もとにかがんだ。
「わっ」思わず声が出た。「何してるの、フィル……」
「何って、あなたの足を洗おうかと」
「そんなこと、自分でするったら」
「静養中なんだから、これくらいは」有無を言わさぬ口調で足首を掴まれる。「まだ、治ったわけでもないんですよ」
そして、黙ってリアナの足を洗いはじめた。
フィルが手を動かすと、ぴちゃん、ちゃぷんと水音がする。温かくて足がほぐれて心地いいやら、妙に緊張してしまうやら。
侍女たちもたまにかかとや爪の手入れと合わせてやってくれることがあるが、それよりも力強い。指を一本ずつほぐしてから、爪と肉とのあいだや、指の股を、石鹸をつけた自分の指でこすって洗う。丁寧すぎることもなく、そういう意図を持った接触ではないとはわかっているが、それでも緊張してしまう。
それで、リアナは言った。
「こういうのはどうかと思うんだけど……」
フィルが目をあげた。眉が疑問の形に上がっている。「こういうことって?」
「わたしたち、その……つまり、ああいうことがあったわけでしょ。二人で……ええと」
「セックスした?」
リアナは耳が熱くなった。「そう」
フィルは小さく嘆息した。いきなり何を言いだすんだとでもいう顔だった。
「おれは別に、なんとも思いませんよ。あなたのシーズンの最初の相手になれたことは光栄だと思いますけど、それ以上は望んでいませんし。元通り、護衛の立場に戻ったと思ってもらえると」
そしてまた、足の指を洗う作業に戻った。恥ずかしいのをこらえて切りだしたのに、あっさりと流されて、リアナは怒りのあまり押し黙った。
「あのね」
深呼吸して、声のトーンを変えて言う。
「あなたがそういう、『ふたりの関係』的なことに触れられたくないのはよーくわかったけど、だからって、わたしは追及するのをやめたりしませんからね」
「『ふたりの関係』って……」フィルはあきれた顔をした。
「おれたちのあいだにあるのは主従関係ですよ。あなたは一夫一妻主義で、夫に選んだのはデイミオンだ。……もしかして第二の夫に、なんてお考えなら、それは丁重に辞退させてもらいたいな」
リアナは目をむいた。「そんなこと、考えるわけないでしょ!」
「じゃ、どうしたいんです?」
フィルは手をとめて、そう尋ねた。「おれからなにが聞きたいんですか?」
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