5-6. デイミオンの戦い


 竜騎手ライダー議会は、王の独壇場だった。


 少なくとも、そばで見ていたハダルクにはそう感じられた。

 議会が開始して早々そうそう、王は五公の二人が不在であることを理由に、当面のあいだ五公会を開催しないことを宣言した。竜騎手ライダー議会は五公会よりも決定権に乏しい。今後しばらく、デイミオンは余裕をもって国政を行うことができるだろう。


 議会は大きな混乱もなく終了し、貴族たちは通例となっている夕食の会場へと移動をはじめている。

「陛下」

 ハダルクは、席を立ちかけた青年へそっと耳打ちした。「イーサー公子から封書が届いております」

 デイミオンはうなずいて封書を受けとり、さっと目を通した。「エンガス卿に気取られる前に条件面を詰めておきたい。アマトウに密使役を。やつは青のライダーだから、治療の名目で動けるだろう」

 王は正面を向いたまま小声で指示した。

 ハダルクは「御意」とその場を離れる。


 会場のほうは、秋の実りを受けて贅をつくした料理で埋めつくされていた。魚だけでもサーモン、マス、スズキの皿が並び、肉とそのソースはさらに多かった。デイミオンが竜祖への感謝の言葉を述べ、乾杯の合図があり、晩餐がはじまった。貴族たちの席からは、一段高くなっている席に叔母のグウィナを呼び、にこやかにワインを傾け、食事を口に運ぶ王の姿が見られた。黒髪を後ろにくしけずり、銀の簡易冠で留めた姿も堂々として、百年も前から玉座に座っていたかのようだった。


 ハダルクが戻ってきたときには、すでに食事も終わり、より小規模な歓談の場へと移動していた。座り心地の良い椅子やボードゲーム、銀の高坏たかつきに盛られた果物といったものが用意されており、そこここで貴族たちが杯を打ち鳴らし、会話をはずませている。そこでは病気療養中だという年若い女王の名前をもちだす者など一人もいなかった。まるで最初から、そんな王はいなかったかのようだった。


 竜球ヴァーディゴのスター選手が招かれ、王の取りまきたちにはやしたてられていた。王は今季の成績について尋ね、なにか気の利いた答えが返ってきたのか、声をあげて笑った。


 ……リアナ王のもとで開かれたかつての夜会のことを、ハダルクは思い出さずにはいられなかった。今夜と同じように華やかで、油断できない会話が飛びかう場だった。そのとき、リアナとデイミオンは背中合わせの位置に座っていて、それぞれ別の貴族たちと笑顔で歓談していた。二人は一見すると、偶然に近くにいるだけのように見えた――だが、広がったドレスの影、護衛のハダルクにだけ見える位置で、二人はそっと指を絡めてつないでいたのだった。


 ケイエの防衛についてあからさまに批判をしてくる貴族に、リアナが冷ややかに応答する。その白い手の中指と薬指を、竜の飼育法について話しているはずのデイミオンがそっと撫でる。今はこらえろ、とでも言っているように。


 会話を続けるデイミオンの表情はにこやかで、彼女と手をつないでいるという、親密な甘さをかけらもうかがわせることはなかった。リアナもまた、凛としたたたずまいで二人の青年貴族に向かっていた。だが、一対の手のように自然に絡まった指を見たハダルクは、二人の絆の強さを思い知らされたような気がしたのだった。……そんな出来事から、まだ季節がひとつふたつしか過ぎていない。デイミオンがどう気持ちの整理をつけているのか、ハダルクには知るよしもなかった。



「来年の繁殖期シーズンの前には、ぜひわが領地を訪れていただきたいものです」

 もの思いにふけっていたハダルクを横目に、デイミオンは貴族たちに囲まれていた。どの領主も、次のシーズンに向けて自分や親族の娘を王に売りこみたい一心のようだ。王を婿としてむかえ、権勢をふるいたいのだろう。

「お味見していただきたいワインもありますし、うちの古竜がすばらしい仔を産みましてな」


「仔竜で陛下の気を惹こうなど、あからさまな。貴殿の目当ては、娘御の寝室までデイミオン陛下をお誘いすることだろう? まったく抜け目のない方だ」

「卿こそ、さっそくタウンハウスを新築しただの触れまわっておられるじゃありませんか。陛下のお越しを期待してのことと、もっぱらの噂ですよ」


「ははは」デイミオンは快活に笑った。「王となったとたんにこれでは、繁殖期シーズンが思いやられる。貴殿たちの秘めたる宝はどうか、お手元に置かれよ」

「そうおっしゃらずに、陛下……」

「ぜひ、ひとめお会いになっていただくだけでも……」

 王は笑顔のまま、紺碧の目だけをすっと細めた。「の相手がいると、私は通達したはずだがな」

 最近のデイミオンは、まったく声を荒げることなく相手を圧するような凄みがある。ハダルクには、貴族たちの背筋を冷や汗が流れるのが目に見えるようだった。



  ♢♦♢


 新しい王は、夜になると竜舎を訪れていた。ここのところ毎晩のことだ。


 城内で竜舎として使われている洞窟は、夜勤の世話人たちがちらほらと出入りしているくらいで静かだった。とりわけうやうやしく世話をされ、竜舎の新しい女王といっていいのが、リアナの白竜レーデルルだろう。若く活発なこの雌竜は来春あたり繁殖期を迎えると目されていた。現在は主人が療養中の一時的な滞在という名目だが、待遇は相変わらず王の竜のままで、好物をたっぷりもらい、いつでも好きな時にタマリス上空へ散歩に出ることができる。そうさせているのはデイミオンだった。

 

 いま、レーデルルは香箱をつくってゆったりとまばたきを繰りかえしていた。すぐ脇には、連絡役のロギオン卿が革の簡易椅子に腰かけて〈ばい〉に集中している。冷えこみが厳しくなってきているので、寒さよけの火鉢とひざ掛けも用意されていた。


 デイミオンはすこし離れたところでその一柱と一人を見るでもなく眺めていた。ワイン樽を書き物机の代わりにして、上には、鵞ペンとインク壷、干し葡萄の枝、書きつけの紙が積み重ねられている。


 四半刻ほど〈ばい〉を行ったあと、ロギオンが立ちあがって報告に来た。内容は、アエンナガルを調査中のファニーとベスからのものだ。


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