5-7. ここにいたほうがいい

「そうか」

 報告を受けたデイミオンは、額に手をあてて長いため息をついた。「……やはり、あの男がリアの父親だったのか。そうでなければいいと願っていたが」


 ロギオンも痛切な調子になった。「はい。ですが、陛下……ファニー卿はそこに活路があるかもしれないとおっしゃっていました。リアナ陛下は、ほかのものたちのように、死亡してからデーグルモールになったわけではないのです。二つの心臓は、まだどちらも機能しているはずだと」


「……そうだな」

 会食のときとはうってかわって疲労が濃い顔を、手でこする。「貴重な情報だ。妹君にも礼を言って、ねぎらってやってくれ」


「陛下こそ……朝も晩もここにいらっしゃいますが、自室でお休みになるべきでは? 竜舎は冷えこみます」ロギオンはためらいがちに進言した。


「いいんだ」デイミオンはつぶやいた。「ここにいたほうがいい」

 王になる前から多忙な青年ではあったが、いまは副官のハダルクでさえデイミオンを休息させるのは容易ではないとこぼしている。「……続きを頼む」


「残党たちの行方についてですが……アエディクラ内からの報告です。サルシナ河の波止場で、それらしい一団を見たという者がいたようです」

「本当か?」

「はい。交渉に当たっていたのは金髪の小柄な男で、フードとマントで外見を隠していましたが、オンブリア風のなまりがあったと。集団は二十人程度の小さなものだったそうです」

「やはり、海路か……?」

 デイミオンは手のなかの枝をくるくると回しながら思案した。


「問題は、河を下って、どこへ向かったのか、ということだが……ファニーとセラベス卿の見立てはどうだ? 」

「はい。ファニー卿は居住地区を調査した結果、生存者はかなり少なく、負傷者も多数いると推測なさっています。さらに、アエディクラとはをめぐってなんらかのトラブルがあり、決別したのではないかと」


 ロギオンは手元のメモに目を落とした。「そこで、残党たちの行き先として考えられるのは大きく二つ。かつて協力関係にあったイーゼンテルレか、オンブリア内の有力者に庇護を求める可能性です。長期の移動を避け、仲間を集める意味でも、国内に入る可能性は高いのではと」


「イーゼンテルレに接触していないことは確認済みだ」デイミオンは言った。「あとは、オンブリアのに庇護を求めるかだな」

 デイミオンはいくつかの仮説を立て、ロギオンを介してファニーと打ち合わせをすすめた。



 ロギオンが退室したあとも、デイミオンはしばらく竜舎にとどまって思案を続けていた。

 リアナの父が、アエンナガルで死闘を繰りひろげたあのデーグルモールだという事実を受け入れるには時間がかかりそうだった。〈魔王〉エリサには死後も驚かされるばかりだが、いったいいかなる理由でデーグルモールなどと子をなしたのか、理解に苦しむどころの話ではなかった。結局のところ、かつてエンガスが彼女についてほのめかしていたことは当たっていたわけだ。しかも、リアナは、そうと知らずに異母兄を殺したことになる。彼女が事実を知ったらと思い、気が滅入った。


 フィルバートと雪山を越え、ニザランに向かっているはずの彼女のことを思うと、さらに気が沈む。〈ばい〉の絆は彼女の無事をかろうじて伝えてくれるが、安全を考えると声を送ることはできないし、デーグルモール化によってその絆さえ不安定になっている。フィルバートを信じて彼女を託したが、今となってはその選択が正しかったのか疑いがきざしはじめている。そもそもフィルは、彼女を――


 暗いもの思いにふけっていると、ばさばさと馴染みのある巨大な羽ばたきが聞こえてきた。大きすぎるせいで、古竜用の洞窟のなかでさえ胴体をこする地響きのような音を立てている。広間ほどもある竜舎が一気に窮屈になった。


「アーダル」デイミオンは声をかけた。


 見事なオスの黒竜は主人に返事をするでもなく、腹をひきずってのしのしとレーデルルに近づいていくと、おもむろに口のなかのものを吐きだした。水瓶が壊れたのかと思うほどに大量の水がこぼれ、思わず跳びすさる。デイミオンの前腕ほどもあるイカがぴちぴちとあたりにとび跳ねていた。


 好物を目にしたレーデルルが、ガガッ、ガガッとかわいらしい鳴き声をあげて喜んでいる。アーダルのほうはオスの威厳を見せられて自慢げだ。


「ああそうだな。おまえのほうが俺よりもいい夫だろうさ」

 デイミオンはめずらしく愚痴を吐き、葡萄の枝を放りなげて立ちあがった。うろうろと歩きまわりながらまた思案する。


 デーグルモールの残党たちを見つけてどうしようというのか、実のところ、まだはっきりとは決めきれていない。リアナの治療法を見つけるため、彼らから情報を得るのが最優先の目標になる。代わりにこちらは何を提供するのか? 仮に、もし交渉が成り立ったとしても、密約の存在自体が自分の王としての政治生命をかなり危険にさらすことは間違いないだろう。

 ――それでも、やるしかない。


 やることは山積していた。なかでももっともハードルが高いのは、エサル公をおさえておくことだ。公の性質から考えて、リアナとフィルに追っ手をかけている可能性は高い。フィルに任せておくしかないのが歯がゆいが、彼らがニザランに着いたタイミングで、エサルにも手が出せなくなる。そうしたらレーデルルを彼女のもとへ送ることもできるし、〈ばい〉も使えるようになるはずだった。


 それまでのあいだ、どうやってあの男をおさえておくか――経済基盤の強い南部領主には、五公十家のなかでも頭が上がらない者が多くいるだろうし……。


 肩のあたりに重みを感じ、ふりかえると、レーデルルが頭をそっとこすりつけていた。目と目のあいだを掻いてやると、喉の奥でくぐもったような気持ちよさそうな声を立てた。


「主人の近くに行きたいか?」デイミオンは竜に尋ねた。

「それとも、アーダルの近くにいたいか? どちらがいい、レーデルル?」


 リアナがそばにいるときには、おもちゃ箱をひっくり返すようにつぎつぎと話しだしていたルルだったが、いまはただ不思議な色の瞳でデイミオンをじっと見つめるだけだった。 

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