3 黒の王

3-1. 混乱する竜騎手議会

 その日、掬星城きくせいじょうの竜舎は多くの古竜と飛竜とで満員となり、飼育人たちはその世話に追われて走りまわった。オンブリア中の領主貴族たちが一堂に集まる竜騎手ライダー議会が開催されているためだ。緊急の招集であったために領主たちの集まる時刻はまちまちで、発着場に降り立つ彼らを小姓たちが案内し、兵舎や使用人棟の横を通って城内に入る。


 閉じた扉の前に伝令が立っていて、彼らの訪れを確認すると扉を開ける。議会場は謁見の間よりも狭いが、高い天井とすり鉢状になった議員席があり、そこに貴族議員たちがぎっしりと並んでいるさまは圧巻だった。


 なかは騒然としている。脇の出入り口を小姓たちが駆け足で出入りしているのは、望楼ぼうろうからの報告を運んでいるからだった。近衛兵がずらりと壁際に並び、領兵たちも数名ずつは許可されて領主のまわりを守っている。羊皮紙の散らばる円卓を囲み、大声で意見を戦わせている人間が五名ほどいる。貴族以外に重要な役人たち、また〈御座所〉の神官、文官たちも揃っていた。


 竜騎手ライダー議会の開始を告げる王はまだ姿を見せておらず、唯一の五公であるエンガス卿に向かって、領主たちはそれぞれに自国の窮地を訴えていた。


「夏の天候不良のせいで、わが領地の小麦はひどいありさまだ」

 ひとりの領主が立ちあがった。「今年の収穫は、例年の六割もいけば御の字というところだ。〈日和見ひよりみ〉たちはいったいなにをしていたのだ?」


 そうだそうだと賛同する領主貴族たち。

「メドロート公がお亡くなりになったのだ、ナイル卿に代替わりしたばかりで、白竜の恵みは思うようにはいくまい」

 年長らしい別の貴族が返す。メドロートの死因については伏せられていたが、それが憶測を呼んでいるようで、ひそひそと彼の名がささやかれていた。


 五公の長老格、エンガスがかすかにうなずいて賛同の意を示した。


「小麦の価格は一クォーターにつき二十ギーは上がるだろう。わが領地の民は一日二、三ユスしか稼げない労働者がほとんどだというのに、どうやって冬を越させるというのだ?」

 さきほどの領主とは反対側に座る女性貴族が言う。みなの首がまた、そちらに向かって動く。

「すでに買い占めの兆候が見られる。肥沃な東部だけではなく、王都でも暴利をむさぼる連中が出てきはじめたと聞くぞ」


「耳には入っている」エンガスが短く返した。


「そんなことよりも、灰死病だ」

 陰鬱な表情で別の貴族が呟く。北西部の大領主の一人だ。「夏頃からかなり広範にわたって流行しはじめている。正確な罹患者数は確認できていないが、ライダーを多数抱える家は恐慌状態に陥っている」

 その言葉に、多くの貴族たちはまた、我も我もと説明をはじめた。

「高貴な血筋のいくつかがすでに断絶の危機にある。……〈青竜大公〉として、公はいかなる対策をお考えなのか?」

「もはや一刻の猶予もない。〈癒し手〉の派遣数を増やしていただきたい」


「無理だ」エンガスはにべもなく答えた。

「すでに、各領地からの問い合わせに応じて、われらの抱えるすべての術者を派遣している。ない袖は振れぬ」


「これは人間たちの汚い計画なのだ!」別の貴族が叫んだ。「疫病によって、尊いライダーの血を絶やし、わが王国に攻め込むつもりなのだ!」

「リアナ王が姿をお見せにならないのも、灰死病のせいではないのか?」

 その言葉は、不安と恐れから出た根拠のないものだったが、それが周囲の貴族たちに伝染していき、ざわめきは大きくなるばかりだった。


「静まられよ! このような喧噪で、いかにして議論ができようか?」

 エンガスが一喝するが、場は静まることがない。もはや収拾がつかないのではとその場のものたちが危惧しはじめたとき、伝令が王の入場を告げた。それでもざわめいていた議席は、入ってきた王の姿に息をのみ、静まりかえった。


 入ってきたのは、年若い少女ではなく、背の高い男。王太子、〈黒竜大公〉デイミオンだった。

 だが、その恰好はふだんとまったく違っていた。長衣ルクヴァは竜騎手団の濃紺の制服ではなく、銀糸の縫い取りがきらめく漆黒のもの。黒髪を後ろに撫でつけるように整え、額には銀の簡易冠がはめられていた。


 水を打ったように静まり返っていた場内が、再びざわつきはじめる。リアナ王の不在は、彼女の病の噂を裏付けるものではあるが、王太子のあの格好はどういうことだ? 彼女はどこだ?

 だが、先だって、ケイエ付近でデーグルモールたちとの戦闘で負傷したはずのデイミオンは、何ごともなかったかのように平然と、大股で歩いてきて中央の玉座に座った。その表情は平静で、感情の動きは読み取れない。彼以外の五公たちもまた、あらかじめ知らされていたのか、落ち着いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る