3-2. 黒の王

「王は病を得られ、生地ノーザンにて長期の療養状態に入られた」


 エンガスが隣に立って説明をはじめた。「このような場合には、五公会と神官長の賛同を得て王の退位が認められており、このたび、リアナ陛下は王位を譲られることとなった」

 ざわめきがいっそう大きくなった。


「譲位の手続きは正式なものだ。非常事態につき、戴冠の儀は簡略化してすでに執り行っておる。また、陛下のご不在により〈ばい〉の切断がまだ行われていないため、次の継承者は決定していない。

 正式な継承者が決まるまで、王太子としてジェンナイル・カールゼンデン卿を置くこととする」


 五公の一人としてすでに席を得ていた栗毛の青年に、全員の視線が集中した。髪と目の色、地味な容姿は、エリサ王と似ているとよく指摘されてきたし、リアナ王から見ても近い血縁になる。が、メドロートの陰に隠れて王都の貴族たちからはほとんど顔を知られていなかった。


 そのあまりの性急ぶりに、貴族たちの多くは陰謀の匂いを嗅ぎとるが、しかし五公の権力者エンガス公と、〈黒竜大公〉にあえて意見する愚はおかせないと考えたようだった。


 エンガスがデイミオンになにごとかをささやいた。その長さからして、おそらく、議会の流れを報告したのだろう。デイミオンはうなずきながら聞き、そして場に向きなおった。

「ノーザンの新領主からは、天候不順への詫びとして、今年と来年の〈日和見ウェザーチェッカー〉への給与を肩代わりするとの申し出をもらっている。さらに、来年の種については、これを無償で貸与する」

 命令を発しなれた男の、よく通る低い声が場に響きわたった。

 おぉ……。領主たちから安堵のため息がもれ、広がった。


「わかっているだろうが」デイミオンは効果的な一拍を置いて続ける、「買いだめ屋への協力行為を働いたものは、いかなる大貴族であっても、私みずから火あぶりにしてやる」

 ぐるりと会場内を見渡す。玉座は中央のやや高いところにあるが、会場全体はすり鉢状になっているので、見上げる形になる。


「それから、灰死病についてだが、エンガス公と青竜の一族だけでは〈癒し手ヒーラー〉が不足する。……そこで……」

 デイミオンがちらりと神官たちのほうを見た。それは一種の合図であったらしく、副神官長がうなずいて立ちあがった。いちおうローブは身につけているが、まだ若く、使い走りの小姓といっても差し支えないほど小柄な少年だ。

「〈御座所〉は、〈癒し手〉の能力を持つ神官たちをデイミオン陛下へとお貸しいたします。また、一定の条件付きではありますが、私が代表を務めます学舎より、訓練生たちを交代制で派遣することを許可いたします」

 声変わりも途中なのではと思われるような高音に貴族たちは不安顔をつくったが、告げられた内容を聞くといくらか愁眉しゅうびを開いた。


 関連する二、三のテーマが続き、そろそろ議員たちにも疲れが見えはじめたころ、エンガス卿が新たな議題を告げた。

「続いて、デイミオン陛下の即位にともない空席となった五公の席を、どなたに埋めていただくか、という点を決めたいと思う」


 王は五公と兼任することはできない。

 待っていました、というばかりに五公たちが動いた。エサルとグウィナはそれぞれ自分に友好的な票を投じる領主をそれぞれ推した。発言者のエンガスは現在の神官長を擁立する構えを見せた。五公になったばかりで、さらに対外的には王太子も務めることとなったナイルは、つい先ほど神官側の代表として発言したばかりの少年を呼んだ。四人の大公がそれぞれ違う候補を擁立するのは珍しく、急な空席に互いの利益をすり合わせる間もなかったことを知らせていた。

 少年は、副神官長で学舎代表のエピファニーと名乗った。


 五公たちの反応はそれぞれだった。

「エピファニー? 変わったお名前ね」と言ったのは、デイミオンの叔母でもあるグウィナ。

「どこの家の者だ?」

 リアナの件でナイルに一杯食わされたエサルは警戒心を強めているようだ。「顕現エピファニーなど、名前でもなんでもないだろう。馬鹿げている」


「後ろ盾となる家はありませんが、黄の竜騎手ライダーの、優秀な若者で」

 エンガスの横にいた神官長がのんびりと言った。「青の神官たちだけでなく、黄の文官からもよく意見を取り入れるべきだとの、リアナ陛下の仰せで、この春より副神官長に任用いたしました。陛下のご信任も厚かったと聞き及んでおります」


 神官長はエンガス派の重鎮で大領主でもあるが、政治抗争にそれほど熱心であるという評判はきかない。現に今もファニーの口添えにまわったくらいで、五公の座を得たいという野心は感じられなかった。エンガスは普段どおりの、張りついた仮面のような無表情を浮かべている。


「マリウス卿が失脚してから、黄の文官たちは主要なポストから遠ざかっている」

 玉座のデイミオンがあきれるほど長い脚を組み替え、興味なさそうに言った。「そろそろ一人くらい、黄の竜騎手ライダーたちを代表するものがいてもいいのではないか?」

 現在の五公たちと政治的結びつきがあり、後ろ盾となる家が強いほど、王である自分にとっては不利益となりうる。この無力そうな少年なら毒にも薬にもならず、かえって良いのでは――……そういった思いが透けて見える顔だった。


「けっこうだこと。でも、五公に選ばれるのは十家のものと決まっているのではなくて?」と、グウィナ。「家と領地、補佐となる氏族、それに古竜と竜騎手をそろえた独自の軍。これらがなくては、五公に任ずることはできません」

「はい」ひとり立ったままのナイルがうなずいた。

「ですが、ここなるエピファニー殿は領主貴族となられるのです。今日ここに、みなさまの承認をもって」


「領主貴族に……と言ったって、領地が必要だろう。叔母上の言うとおりだ」

 デイミオンは頬づえをついたまま片手を振った。「領地はどこに?」


「西部領カーチ」ナイルは言った。

 その言葉に、五公のみならず他の貴族議員たちも静まりかえった。


「かつての五公の一人、反逆者マリウスの領地はエリサ王によって接収され、王の直轄地となった。その領地はエリサ王の死によって、嫡子であられるリアナさまへ受け継がれた」

 ナイルは左手のひらに指輪を取りだして示した。その場の全員の目が、白い印章指輪に注がれる。エサルの顔は驚愕を通り越していて、視線で相手を呪い殺せるならといった風情だった。

「陛下の印章か?」と、エンガスが手を伸ばした。ナイルが指輪を手わたすと眼鏡をはずし、しげしげと眺める。「スイカズラの紋章。間違いなく陛下のものだ」

 他の三人が確認するのを待って、ナイルは居ずまいをただした。

「リアナ陛下の命を受け、北部領主である私ナイルは、かかる領地と領民とを、彼と同じ黄の竜騎手ライダーであるエピファニー殿に受け継がせていただくよう、陛下に請願するものです」


「すると、新しい家の設立ということになるのか?」

 デイミオンが面倒くさそうに言った。新しく貴族家を承認するとなれば、あれこれと煩雑な手続きが発生し、そのたびごとに議会と五公の賛同が必要になるのだ。王の背後で、発言権のない竜騎手たちも議論に飽きはじめている雰囲気が伝わってきた。

 ナイルが快活に告げた。

「いいえ、マリウス卿の生家、セキエル家の当主としてお認めいただければいいのです」

「セキエル家? まだ断絶していなかったのか?」と、エサルが舌打ちする。「領主がクーデタを目論もくろんだんだぞ。存続しているはずがない」

「復興となると面倒だな」と、デイミオン。

「どうだったかしら?」

 グウィナが口もとに手をあてて考えこんだ。「マリウスが出奔して、直後にエリサ王が亡くなられて……クローナン王がたしか……?」


「家は当主不在のまま残してある」

 それまで黙っていたエンガス卿が口を開いた。彼はクローナン王の実兄だ。「弟はマリウスに同情的だったからな」


「ね?」ナイルが手を打った。「そんなに難しくないでしょう」

「新設よりは継承のほうがましだな」と、デイミオンも同調した。「どうでもいいが、議題が山積しているんだ。はやく済ませよう」


「では、五公による採決を」

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