1-3. デイミオンの目覚め

 爆発するような痛みの世界のなかで、一度目の目覚めを迎えた。


 ごぼっと音を立てて、口からなにかがあふれだす。溺れているのかと錯覚し、手を振りまわそうとしたが、手がどこにあるのかわからない。喉が詰まるほどにあふれ、反射的に咳きこむと、脇をナイフでえぐられるような痛みに襲われた。肋骨が肺に突き刺さっている。おそらく、自分はこの血の海でおぼれ死ぬだろうと、デイミオンは思った。


 頭の冷静な部分が、自分は瀕死の状態だと確信している。

 目を開けたほうがいいのはわかっていたが、顔のどこに目があるのかわからない。声を出そうにも、身体があまりに遠く感じられて、どうやれば声が出るのかもわからない。痛み以外の身体の感覚はなかった。

 


 次に目ざめたときには、わずかばかり感覚が戻ってきていて、それはつまり、耐えがたいほどの痛みに圧倒されるということだった。目はやはりあかず、まぶたどうしが縫い合わされているとしか思えない。頭が重く、普通の二倍の大きさになった感じがする。しかし一番耐えがたいのは、腹部を貫通する痛みだった。ひきつれるように痛んだかと思うと、耐えがたい吐き気に襲われ、なにかを大量に吐きだした。自分の内臓だったかもしれない。


 大勢の誰かが、何かを叫んでいる気がする。誰の声か、何を言っているのか、わからない。傷に触られたくない本能で、手負いの獣さながらに腕を動かし、むちゃくちゃに暴れた。さらに多くの声がして、口元に苦味を感じたかと思うと、一気に身体の感覚が薄くなっていく。

 

 

 三度目は、腹部のよじれと自分が咳きこむ音とで目ざめた。肩のあたりに動きを感じた。溺れるような感覚の記憶のせいで、呼吸するのが怖かった。痛みはそれほど感じないが、同じくらい意識も遠い。水の中を漂っているかのように、なにもかもを遠くぼんやりと感じる。

 ごほっ、とさらに咳きこんだ。左の頬と肩に寝台を感じる。そちら向きに寝かされているのだろう。

「デイミオン!」

 誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。女性の声に、記憶が一気によみがえってきて、息が切れた。はぁはぁと荒く息をつく。

 

 ――リアナ。


 かろうじて唇は動いたが、声が出ない。

「……を呼んでちょうだい! 王太子殿下が目ざめたと……」

 他人行儀な呼び方をしているが、声の持ち主がわかった。叔母のグウィナのようだった。

「動かしてはなりません……妖精罌粟エルフオピウムの効果がまだ……」

 見知らぬ男の声を最後に、また意識が遠くなっていく。

 



 デイミオンが四度目に目を覚ましたのは、若い〈癒し手ヒーラー〉が肩の繃帯ほうたいを替えているときだった。


「俺は何日眠っていた?」

 老婆のようなしわがれ声だったが、かろうじて声が出た。

 〈癒し手〉はびくっと肩を震わせた。患者が完全に意識を失っていると思っていたのだ。「五日です、閣下」


 ――五日? 意識を失ったまま、そんなに眠っていたのか?

 どうやら、かなりの重傷を負っていたらしい。まだ記憶が混濁しているが、死を覚悟したのをおぼえている。こうやって生き延びたのは奇跡に近いだろう。「俺の治療は誰が?」

「アスラン卿です」

「……アーシャが?」

 あの女なら、貴人牢に入っていたはずだが……まあ、今はいい。それどころではない。

「リアナ陛下はどこに?」

 一番気になっていたことを尋ねる。目ざめてすぐに〈ばい〉を使ったが、そのときは、彼女の意識に触れたことで安心してまた意識を失ったのだった。今また、頭痛に苦労しながら〈ばい〉を送ってみているが、応答が遠いことが気にかかる。


「まさか怪我などしていないだろうな? 〈ばい〉が遠いが……城内にいるのは間違いないのか?」唇が乾燥しているせいで、しゃべるのに一苦労する。

 〈癒し手〉は繃帯をはさみで切るまでためらっていたが、「ご無事と聞いています。陛下の私室におられると」と答えた。デイミオンは眉をひそめた。


 王とその後継者をつなぐ〈血のばい〉は、お互いの生体反応と深いところで結びついている。だからこそ、彼の夜の営みにリアナが苦しめられるといった悲劇が生まれたわけだが、逆に言えばそのくらい強い生理的な結びつきでもある。単なる念話のみの〈ばい〉とは違い、意志の力で遮断できるような種類のものではない。


 国を横断するくらい離れていても所在がわかるほどなのに、今はなぜ、こんなにも声が遠いのか?


 、とデイミオンは不安に駆られた。

 アエンナガル――あの、デーグルモールたちの潜む遺跡で、黒竜アーダルが暴走しかかったために、彼はリアナと離れてしまった。そのあとはデーグルモールとの戦闘で、彼女のことが心配で気が急くばかりで、〈ばい〉に向ける余裕がほとんどなかった。しかし、彼が意識を手放す直前には、それは常にないほど薄く遠くなっていた。


 もしかして、それは彼女とデーグルモールとのこととがあるのだろうか、と考える。

 イーゼンテルレで再会したときのリアナは、おびえて取り乱してはいたが、それ以外に普段と違う様子はなかった。エンガスは彼女がデーグルモールだと匂わせてはいたが、確信を持ってはいなかったようにも見えた。


 ――おまえたちの王は、だ。


 奴らの頭領、ダンダリオンの言葉の真偽はともかくとして、事実がはっきりするまで、五公十家にも手出しできる権限などない。なんとしてでも彼女を守らねば。


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