24 事情①

 

 幼少の頃、王都に住んでいたカーネリアンは、レユシットの家名を知っていた。

 というより、王都で知らない者はいないだろう。


(大貴族じゃないか……)


 ランスの質問ではないが、本当に何故商人などやっているのか謎である。

 レユシット家は、国王への謁見も許される、国有数の名門だ。

 由緒あるだけでなく、経済面も、他貴族への影響力も申し分ない。


 カーネリアンやリナリアが住む街は、王都の隣に位置するというのに、規模は小さく、特に観光名所でもない。

 唯一の特性が、神様の恩恵が他より多く現れやすいこと。

 しかし、街の外の人間に何か恩恵があるわけではない。

 王都に行く時にも、ただ通過するだけの街だ。

 廃れてはいないが、華がある訳でもない、いたって平和な街。

 留まるには特にメリットを感じないこの場所に、名門レユシットの人間が来る理由とは何か。

 オーキッドには、商人の仕事で来たと説明されたが、カーネリアンは鵜呑みにしていなかった。

 オーキッドがリナリアを気にしていることは明らかなのだ。

 リナリアのことが好きなカーネリアンからすれば、裏があると勘繰ってしまうのは仕方がない。

 それに、物腰が柔らかく、見た目も魅力的なオーキッドが、リナリアに近づくのは、単純に嫌な気分だった。







 その日仕入れる食べ物が多い表通りの商店街に比べて、裏通りには、薬屋や古書店、手作りの小物、雑貨など、流行ものではない日用品を売る店が多い。それらは個人店で、店と家が同じ建物であることが殆どだ。

 リナリア達は、迷った末、商店街から少し外れた通りにある、なかで軽食をとれる店に入った。

 店は小さく、リナリア、カーネリアン、ランス、フリージア、オーキッドの五人が席につくと、途端に狭苦しく感じる。

 カウンター席ではなく、テーブル席を選んで座る。

 丸いテーブルを囲み、オーキッドは適当にメニューを頼んだ。

「お腹すいてない?」と言って、然り気無く全員分の注文を済ませる。

 地元の自分達より慣れた様子に、ランスが、「何度か来たことあるんですか?」と聞いた。


「いや? 初めてだよ。歩いていて良さげに見えたから」


 オーキッドの返事はあっさりしたものだったが、まだ十代の少年、少女は、彼に落ち着き払った大人の余裕を感じていた。

 ここに来るまでも、「こっちにお店ってあるかな?」と最初に聞いたあとは、すいすい迷いなく進み、案内を必要としなかった。

 粗野な感じはなく、流れるように歩くオーキッドは、確かに貴族と言われれば、そうか、と納得してしまう。

 それなりの格好をされれば、畏まってしまうだろう。

 フリージアはまだ複雑そうな顔をしてオーキッドを見ていたが、ランスは率先して会話を進めている。







 カーネリアンは少しランスに感謝した。大人げないが、オーキッドとあまり積極的に会話したくなかったのだ。

 常日頃、美しいリナリアを見ていると、隣に並ぶカーネリアンの凡庸な容姿が際立つ。

 恐らく似合いとまではいかなくても、リナリアの隣に立って見劣りしない容姿のオーキッドは、カーネリアンの劣等感を刺激した。


 カーネリアンはふと、リナリアの好みを知らないな、と思った。

 やはり普通の女の子と同じで、ああいう、オーキッドのような見目麗しい男性がいいのだろうか。

 だとしたら、カーネリアンにはどうしようもない。


 オーキッドが、「改めて、自己紹介するよ」と切り出したので、カーネリアンは不毛な考えを止めた。


「俺は、オーキッド・レユシット。レユシット家の次男で、商人だ。今日この街に来てね、街で有名な歌姫の噂を聞いて、教会に行ったんだけど……素晴らしかったよ。神様の国にいるような、まさに天使の歌声だった。リナリアさんの話を聞きたくて、街の人に声をかけはしたけど、決してストーカーじゃないよ」


 不審者だと思われたことを気にしたらしく、強調して否定した。

 有無を言わせぬ笑顔である。


「何だ、フリージアの早とちり? リナリアの歌は一度聞いたら、夢中になりますよね!」


 歌姫信者筆頭のランスが、いち早く納得する。フリージアは決まりが悪そうにしていた。

 オーキッドに対してというより、リナリアに、余計なことをした、と呆れられていないかと、不安に思っているようだ。


 オーキッドが、ランスから順に見渡す。


「ランス君と、君はフリージアさんだね。あと、カーネリアン君。そして、リナリアさん」


 会話の節々で、オーキッドも名前を聞いてはいただろうが、ちゃんと名乗り合っていなかった。確認のためにリナリア達は一人ずつ呼ばれ、それぞれ頷く。


「それで、本題なんだけど……実は、俺の兄の、恋人だったかもしれない人を探しているんだ。恋人でなくても、少なくとも想い人を」


 予想もしていなかったであろうロマンスの展開に、フリージアはぴくり、と反応する。彼女はこの手の話題が好きなのだ。そのまま無言で耳を傾けている。


「兄は頑なに結婚しない。これは、俺が勝手に思っている事なんだけど……兄は、かつて想いを寄せた人を忘れられないんじゃないかって」


 ランスはまだ、何で突然兄の話題なのかと疑問顔で、目を開いたままぼんやりしているが、頭の回転が速いカーネリアンは、この先に言われることを、うっすらと想像できた。幾つか可能性を考え、まさかと思いながら、続く言葉を待ち受ける。

 リナリアは、身の上話の途中だと思っているだけのようで、大人しく聞いている。

 オーキッドは視線をリナリアに合わせて尋ねた。


「リナリアさん、聞きづらいことなんだけど、出来れば教えてもらえないかな。君は、自分のお父さんのことは……どれくらい知っている?」







 思いもよらない質問に、リナリアは狼狽えた。

 内容もそうだが、答えを返す必要のある問いかけに、オーキッドが、リナリアが喋れないことを知らないのだと気付く。

 仕方なく、黙って首を横に振った。父のことは何も知りません、と言うように。

 実際、リナリアが父親について語れることなど、一つとしてない。


「何も知らない?」


 声を出さないリナリアに、怪訝そうにしながら、オーキッドは重ねて聞いてくる。

 リナリアは失礼になるとは分かっていたが、無言で頷いた。

 相手は貴族だ。優しそうな人だが、礼儀を重んじる人でもあるような気がする。

 もし気を悪くされたらどうしよう、と思っていると、オーキッドがそれに気付いたようだ。


「……リナリアさん、話すのは苦手?」


 気遣うように聞かれ、リナリアは躊躇いがちに、自分の喉の辺りを指差して、首を横に振る。







 オーキッドには意味が伝わらなかった。

 正確には、伝わったが、矛盾に気付いた。

 リナリアの動作は、声を出せないことを伝えていたが、教会で歌を聞いたばかりである。

 理由を探して、歌う以外で喉を痛めないようにしているのか、と腑に落ちないながらも話を続けようと思った。その時、リナリアが筆記具を取りだし、小さな手帳にさらさらと何か書き出した。

 テーブルの上を滑らせ、オーキッドの目の前に置く。

 何だろうと見てみると、全体的に小さめな字で、文章が丁寧に書かれていた。


≪私は 歌えますが、会話できません 喋らないのではなく、喋れません≫




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