23 弁明

 

 フリージアは焦って、頭が真っ白になった。

 目の前にいる男性は尾行に気付いた上で、此方の動きを探っていたのだろう。

 何も考えずに、口を出た言葉は、つい喧嘩腰になってしまう。


「あ、あなた、何なんですか! リナリアのこと聞きまわって……ストーカーですか!?」


 思いの外大きな声が出た。発言内容に、オーキッドはぎょっとして、辺りに目を配った。両手を挙げ、フリージアを制する。


「ちょっと、声を抑えて……あと、決してストーカーではな……」


「怪しいです! 何が目的ですか!」


 オーキッドが言い返そうとしてくるが、さらに言い募る声で遮った。

 緊張と興奮で、声も、握りしめた手も震えていた。







 彼女は半ば自棄になっている。

 大声につられた、周囲からの視線が痛い。

 若干人だかりができている。

 オーキッドはやや声を潜めて、フリージアを咎めた。


「君こそ、俺のこと探っていただろう? 」


 フリージアは、う、と言葉に詰まったが、すぐに言い返してくる。


「それは! 友達が狙われてたら、当然のことです!」


「狙うって……決めつけるなぁ……俺は怪しい者じゃないよ。街で有名な歌姫に興味があるんだ。よくいるうちの一人だと思うんだけど?」


 不審者だと決めつけてかかるフリージアに対し、オーキッドは幾分冷静だ。

 落ち着いた声音で、やんわりと宥めようとする。

 言い返せなくなったようで、口を噛み、むむむ、と唸ったフリージアは、まだ納得いかない様子である。

 オーキッドのなかに敵意は全く無い。街の人に尋ねた時と同じように、優しく問いかける。


「友達って言ってたけど……君はリナリアさんとは、仲が良いのかい?」


 深い意味は無かった。

 ただ会話の糸口として、何気なく聞いただけだ。

 てっきり肯定されると思ったのだが、オーキッドを恨めしげに見上げていた瞳が、弱々しく揺れた。

 急に落ち込んだフリージアに、オーキッドは意外に思う。

 てっきり、「リナリアとは親友なんです! 彼女に何かしたら許しませんから!」という内容の事を言われると思ったのだが、彼女は意気消沈してしまった。

 もしかして、喧嘩でもしているのだろうか。次に何と声をかけようかと考えていると、フリージアが先程より覇気の無い声で言った。


「……とにかく、リナリアに変なことしないで下さい」


 彼女は質問には答えず、念を押してきた。

 オーキッドとしては穏便に立ち去りたいのだが、如何せん目立ちすぎた。人だかりが消えていない。

 傍観されているだけで、悪意を向けられている訳ではないのだが、少女に不審者扱いされている手前、非常に居心地が悪い。

 この街には暫くいるつもりなので、妙な噂を流されてもこまる。面倒でも、誤解は解いておいた方がいいだろう。

 取り合えず場所を変えよう。

 オーキッドが、そう声をかける前に、誰かが人だかりを割って入って来た。


「フリージア、何をやっているんだ?」


 明らかに今オーキッドと話していた少女に向けられた言葉に、二人が知り合いだと分かる。オーキッドはここで初めて、彼女の名前がフリージアだと認識した。


「か、カーネリアン」


 フリージアの表情に違和感を覚えたオーキッドは、耳に入った名前にすぐ意識をそらされる。


(カーネリアンだって?)


 聞いた名前だ。

 リナリアといつも一緒にいるという、幼馴染。

 下手に誤解されて、悪い印象を持たれては、リナリアに会えなくなる。焦ったオーキッドは、カーネリアンに名乗ろうとしたのだが、カーネリアンの後ろに佇む亜麻色に、言いかけた言葉をのみ込んでしまう。

 リナリアが、やや険しい目付きで、オーキッドを見据えていた。

 やや、と表現したのは、あまり迫力がなかったからだ。

 美人は怒ると数段怖いとか、綺麗な人に睨まれると心の痛手が大きいとか、よく聞くのだが、彼女には当てはまらないようだ。

 恐らく睨んでいるつもりなのだろうが、背の高いオーキッドからすれば上目遣いになるので、有り体に言えば、ただ可愛いだけである。

 もっとも、大抵の男性はリナリアより背が高いだろうから、つまり誰から見てもそうなのだろうと思う。

 オーキッドにとってはそれ以外にも、彼女を見ると気が緩んでしまう理由があるのだが。


(近くで見ても……やっぱり似ているな……)


 リナリアの事をじっと見すぎていたらしい。

 フリージアが復活して、「リアン! この人ストーカーよ! リナリアの!」と言い出した。

 直後、はっとして口元を押さえ、そっとリナリアを窺い見るようなフリージアの仕草に、疑問を持った。

 深く考える前に、ストーカーと聞いたカーネリアンの目が剣呑なものになったので、オーキッドは思考を打ち消す。

 慌てて素性を明かした。


「誤解だよ、本当に俺は怪しい者じゃない! そちらのお嬢さんにはまだ名乗っていなかったけど、俺はオーキッド。レユシット家のオーキッドだ。商人をやっていて、王都から来たんだよ」


 家名を名乗ったことは効果があったらしく、疑う視線が少し和らいだ。

 カーネリアンの表情からは内心は読み取れないが、一言も発していなかった連れの男は分かりやすかった。


「貴族が、何で商人に?」


 言っている事と表情が一致しているので、彼の方は素直そうだと感じる。

 それに、友好的な感触だ。


「まあ、色々あって、俺は結構自由なんだ。ところで、君は?」


 詳しくは説明せず、ひとまず相手の名前を尋ねた。


「ランスって言います。何でストーカー呼ばわりされてたんですか?」


 ランスは、特にオーキッドを疑っている風でもなく、双方の話を聞く気があるようだ。

 話が分かるようで助かる。


「それについても説明するよ。取り合えず、皆さん、場所を変えないかい?」


 人だかりを見渡して、オーキッドはやっと言いたかった事を言えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る