22 詮索と尾行

 

 教会を出たオーキッドは、リナリアのことをさらに聞いて回っていた。

 リナリアの暮らしぶりについて、新たな情報がいくつか手にはいる。

 彼女は今、教会の近くに一人で住んでいるらしい。

 家族は母親だけで、以前は二人で暮らしていたが、二年程前に亡くなっている。


(母親は死んだのか)


 その事実に、落胆を禁じ得ない。

 母親が生きていれば、一番の証人になったはずだからだ。

 リナリアが真相を知っているかは分からないが、残る手掛かりは、本人達だけである。

 後で家を尋ねることにするが、そのために、リナリアの住所を聞き出さなければならない。

 住人に声をかけようと、住宅地や公園に入って行った。

 何処に行っても、ちらほらと人がいる。道の端に寄って、井戸端会議をしている主婦たち。

 公園に設置された椅子にかける老人や、若い友人同士で連れ立つ人々。

 オーキッドはそれらを見渡し、適当に当たりをつける。

 怪しまれない言い回しを考えながら、立ち止まって話している主婦達へ丁寧に話しかけた。

 警戒されるかもしれない、という懸念は杞憂におわった。

 会う人々は、殆どが穏やかな気性だった。

 リナリアのことを聞くと、誰でもすんなり教えてくれたので、オーキッドは安堵する。

 特に若い女性だと、オーキッドがひとつ微笑めば、聞いた以上のことも喋ってくれた。

 彼は商人として、交渉はそれなりにできるつもりだが、労せずして情報は集まりそうである。


 住人は言う。


「カーネリアン? ああ、気さくでいいやつだよ。あいつ、騎士になったってのに、結局地元に配属されてさあ。王都勤務したいよなあ、誰だって」


「昔ちょっと……リナリアが周りと喧嘩した時にね、ぎくしゃくしてたんだけど……カーネリアンの態度は変わらなかったわね。彼、優しすぎる所があるのよ。それで色々損してそうね」


「何、リナリアのファンなの? リナリアなら、よくカーネリアンとつるんでいるけど、恋人じゃないっぽいよ」


 リナリアの事を知ろうとすると、カーネリアンという名前が頻繁に出てきた。

 リナリアの幼馴染だという。

 カーネリアンなる人物は、気さくで、愛想がよく、付き合いやすい印象を持たれている。

 一方で、気弱に見える、誰にでも優しい、と、頼りなく思えてしまう面もあるのだが、同世代の中では中心的な人物で、発言力も大きいそうだ。

 騎士の採用試験に通ったことで、さらに一目おかれるようになったらしい。

 彼は、リナリアの用心棒のような役割を担っているのだろうか、とオーキッドは考えた。

 何せリナリアは、あの美貌だ。

 あれ程の美しさならば、よからぬ輩が寄ってくることも多いだろう。

 オーキッドも、本人に会おうとすれば、門前払いされるかもしれない。

 もし難しいようなら、幼馴染のカーネリアンを当たってみようと思う。



「リナリアはね、幼馴染のカーネリアンがお気に入りなのよ」


 一人の若い女性は、リナリアとは特別交流もないが、親しみを持っていると言った。


「昔は結構、リナリアと喋ったんだけど、今はさっぱり。でもあの子、分かりやすくて何だか可愛いと思うの」


 何が分かりやすいのだろうと聞き返すと、女性はくすりと笑った。

 過去に思いを馳せるように、目を細めている。


「昔の話なんだけどね? リナリアって、我が儘なようで、何が好きとか、欲しいとか、あまり言わないの。でも、カーネリアンが選んだ物は、リナリアも選んでいたわ。本とか、食べ物とかね。分かりやすいでしょう?」


 カーネリアンと同じものを欲しがるリナリア。

 女性の話から、オーキッドはリナリアの性格を想像した。

 彼女に近い人ほど、昔の話をしてくれたが、以前の彼女は、控えめとは言い難かったようだ。

 半ばこじつけるように、ある人物との類似点を探していく。

 会話の中では、皆一様に何かを言わないようにしている印象を受けた。

 勘でしかなく、些細な違和感だったが、リナリアには、街の人々が知る、言わば公然の秘密があると感じた。

 余所者のオーキッドには知らせない何かが。

 その何かは、もしかしたら、リナリアの父親の事かもしれない。

 十中八九そうだろうと、情報収集が順調に進んでいる事を認識した。





 足取りも軽く声をかけていくオーキッドは、自分のほうも見られていることに気づかなかった。

 リナリアの事を探る彼に、向けられる視線は一つ。

 その一人は、警戒の眼差しでオーキッドの様子を窺っていた。


 若い女性がオーキッドの後をつけていくのを、気にとめる人はいない。







(怪しいわね……)


 オーキッドを見張るフリージアは、内心で呟いた。

 公園で会った同性の友人達が、「カッコいい人に声をかけられたの!」と色めきだっていたことがきっかけだ。

 商人風の格好だが、華やかで洗練された雰囲気の美丈夫だったという。

 巧みな話術でつい長く話こんでしまったとも言っていた。

 それだけなら、興味は引かれるが、恐らく王都から来た人なのだろう、と納得して終わりだ。

 しかし男が訊ねた内容は、リナリアについてだったと聞いて、一気に不信感を持つ。

 また良くない噂が出回るのではないかと、直感した。

 リナリアが、呪い持ちだと言われ、孤立した時の様子を思い出す。

 フリージアはリナリアに傷ついてほしくなかった。

 めっきり話さなくなってしまったが、リナリアへの友愛の感情は消えてはいない。

 彼女を害する者なら許せないと、使命感を燃やし、フリージアは男を監視し始めたのだ。

 行く先々で、男に声をかけられた人に話を聞くと、やはり全員がリナリアについて尋ねられていた。

 ますますもって怪しい。

 フリージアでなければ、単純に、街の美しい歌姫を取材しているのだと考えるところだ。

 しかしフリージアには、男は悪巧みでもしているように見えて仕方がない。


(リナリアはあんなに綺麗だもの。付け狙われてもおかしくない……)


 オーキッドの姿を捉えながら、一定の距離を保ち尾行する。

 オーキッドは商店街に入って行った。

 人通りが多くなったため、気付かれずに距離を詰めることができそうだ。

 フリージアは店を見て回るふりをしながら、注意深く動向を探る。

 少しずつ近づいていき、オーキッドの顔立ちが分かる距離まできた。

 確かに、女性に騒がれそうな容姿だと思った。

 王都から来たと言われても納得する。


(でも、目立ちすぎね。密偵には向かないわ。私のことも気付いた様子はないし)


 オーキッドが何処まで向かうのか、考えずについてきてしまった。

 目的地が分からないため、フリージアはいつまでこうしていればいいか、少し迷う。

 特に決定的な瞬間を目撃したわけではない。

 商店街をずっと進めば、街の外まで出てしまう。

 来た道を戻るのではないなら、オーキッドがそのままいなくなる可能性もある。フリージアも、流石に街の外まで行くつもりはなく、もしそうなれば、何も分からないで終わりそうだ。

 いっそ声をかけてしまおうかと悩んでいると、オーキッドのいる場所より先の店に、知っている顔が見えた。


(カーネリアンだわ)


 声の聞こえる距離ではないが、会話をしているのが分かった。

 丈夫そうな布袋に、何やら沢山買い込んでいる。カーネリアンは果物を手に取り、呼掛けに答える素振りで顔の向きを変えた。その拍子に、カーネリアンと一緒にいる人物も見える。

 カーネリアンが見た方には、フリージアも知るランスがいた。

 二人で買い物なんて、珍しい組み合わせだ。オーキッドから意識を反らし、意外な光景に目をとめる。

 すると、さらりとした長い髪が、カーネリアンとランスの間から覗く。

 見覚えのある亜麻色に、釘付けになった。

 予期した瞬間、リナリアが顔を出す。


(リナリアとお買い物……! うらやましい……!)


 自分はリナリアに話しかけづらいこともあり、カーネリアンばかりずるい、と思ってしまう。


(八つ当たりだってわかっているけど、でも……そもそもカーネリアンが……)


 カーネリアンが、リナリアの好きな人でなければ。

 あんなに、リナリアがフリージアを邪魔にすることもなかったかもしれない。

 フリージアは加護持ちになってから、リナリアの内面を考えた。

 よく見ていれば、リナリアが、カーネリアンのことを好きだなんて、すぐ分かることだった。

 好きな人と仲良くされたら、面白くないだろう。

 フリージアがカーネリアンに対して、全く恋愛感情を持っていなくても。


(私は、リナリアと仲良くしたかっただけなのに)


 どれ程人より容姿が優れていても、リナリアは普通の女の子なのだ。

 外見や歌にばかり気がいって、内面を知ろうとしていなかった。

 二年の間に、フリージアは落ち着いて物事を考えた。

 気持ちの整理が出来ても、勇気が出ない。

 フリージアの中心は、今も昔もリナリアだった。


「お嬢さん、少し話を聞いてもいいかな?」


 唐突に、横から知らない声で呼び掛けられた。

 驚いて見ると、今の今まで尾行していた男が、笑顔で立っていた。

 不気味と言う他ない。

 隙のない立ち姿のオーキッドに、思わず、フリージアの目付きが鋭くなる。


「急に余所見したみたいだったから。ずっと俺のことつけてたよね?」


 俺も気付いたのは途中からだけどね、と続いた言葉に、フリージアは総毛立った。



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