16 不在

 

「最近、リナリアの様子はどうなんだ……?」


 一日の仕事を終え、屯所を出てリナリアの家に向かおうとした所で、唐突に声を掛けられた。

 正面に、こころなしか、暗い顔をしたランスが立っている。


 カーネリアンは苦笑した。


「挨拶もなしか? ランス。まあいいけど」


「あ、と、悪い。カーネリアン。いやそれでさ、ずっと教会に来てないだろ……だから、大丈夫なのかなって……」


 しどろもどろに言う彼は、気分が沈んでいるように見えた。


 ランスには、ずっと気にやんでいることがあるという。

 呪いの件を、本人達以外で最初に耳にしたのは、ランスとミモザだった。

 リナリアの噂の発端が、教会でランスと一緒に居たミモザではないかと、薄々思っているらしい。

 ミモザが母親に話してしまったのかも知れない。そして、ミモザの母は口が軽い。

 いずれは広まっていたかもしれないが、リナリアが何かする前に、周囲の印象は固まってしまったのだ。

 彼は少なからず責任を感じていた。

 何せ、もう二年ほどリナリアの歌を聞いていない。

 リナリアの支持者であるランスは、彼女の今の状況に心を痛めていた。

 どうにかしてやりたくても、呪いなど人の手で解けるとも思えないと、何も出来ずにいる。


 ランスは、噂に自分も関わっていなければ、街の人間同様、リナリアに冷たく当たっていたかもしれないと言った。

 呪いとはそういうものなのだ。


「あのさ、カーネリアン。もしかしてリナリアの家に行こうとしてる?」


「……そうだけど?」


 何を言われるのか想像できてしまい、カーネリアンは内心面倒に思った。

 無論表情は変わらず、穏やかなままだ。


 ランスはリナリアと個人的に親しい訳ではないので、家に直接訪ねるのは憚られるのだろう。

 それに、ランスが気を揉まずとも、リナリアにはカーネリアンがいる。

 カーネリアンは何かとリナリアの助けになっているため、ランスはその立場を羨んでいるようだった。

 ランスも二年我慢していたが、声どころか、最近では姿さえ見られる事は稀なのだ。

 以前は誰であろうと、特別親しくなくても、教会に行けば必ずと言っていいほど、歌姫に会えたのに。


 ランスの顔にはこう書いてある。たまには、天使を拝みたい。


「俺もついていきたいんだけど……駄目かな……」


 ランスの申し出は案の定だった。

 カーネリアンは、本当は嫌だったが、変に勘繰られるほうが面倒なので、渋々、表面上だけは気さくに、承諾した。




 リナリアの家に着くと、いつものように呼び掛け、扉を叩くが、彼女は出てこない。

 人の気配が無いように感じた。


(リナリアは、いつもすぐに出てくるから、病院に行ったんだろうな)


 カーネリアンは普段の光景を思い描いた。

 喋れないから、以前のように自分本位な発言をしないリナリアは、素直で可愛い。

 扉をあけて、ぱっと嬉しそうに笑うが、すぐに、はにかんで少し俯く。

 喜びすぎたことを恥じて、誤魔化すようなその行動は、カーネリアンに期待を持たせる。

 まるで、恋心を隠そうとしているように見えるのだ。


(夢を見すぎだな……)


 しかし、カーネリアンである。

 恋愛に疎いのは相変わらずで、全て自分の妄想だと思っていた。

 やり取りを第三者が見れば一目瞭然なのだが、お互いに好き合っていることに、二人はまだ気付かない。


「留守なのか?」


 ランスの声で意識を引き戻される。


「そうみたいだ」


 行き先の見当はついているので、来た道を戻る。

 リナリアの母が入院して数日経っていたから、ランスも察したようだ。







 ランスから見ても、リナリアは仲のいい親子だ。

 リナリアの母は、言ってしまえば並みの容姿なのだが、怒った顔を見たことがなく、優しい印象しかない。

 何より、存在が希薄に感じる。影の薄い人だ。

 彼女のことを、ランスは殆ど知らなかった。

 例えば、リナリアの父親のことも。

 恐らく、街の人々も知らないのではないかと思った。

 生まれたのが神様に愛された特別な子でなければ、リナリアの母親も、今のリナリアのように爪弾きにされていただろう。

 二人で支え合ってきた家族。

 病院に向かいながら、この仕打ちは行き過ぎではないかと、ランスは考えていた。

 呪いを受け、言葉を失ったリナリア。

 加護を失い、友人も、大人達も冷たくなって、孤立していく。

 そこにきて、母親も倒れたのだ。


 呪いをかけた神様はきっと、「その傲慢な口をきけぬようにしてやる」と思って声を奪ったのだろう。

 それに付随する出来事を考えると、何もそこまでしなくてもいいのでは、と思ってしまう。

 傲慢とは言っても、まだ大人になる前の少女なのだ。

 可愛いものではないか。

 実際、皆許容してきたというのに、人間同士ではなく、神様が干渉してきたせいで、ややこしくなってしまった。


(リナリアの声が、早く戻るといいな……)


 直接何かしているわけではないが、ランスも、リナリアの味方だった。

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