17 称賛
病院に到着し、リナリアの母がいる病室に近づくにつれ、歌う声が聞こえてくる。
(この声は……まさか)
気が逸り、カーネリアンは早足で病室に向かった。
ランスも後に続く。
「なあ、この歌って……!」
ランスも同じことを考えているようだ。
段々と歌声が明瞭になっていく。
病室に辿り着く時には、疑いようが無かった。
明らかに、部屋の中から響いてくる。
二人は中に入らず扉の外側に立ち、暫く歌に聞き惚れた。
(ああ……リナリアだ……)
カーネリアンが、最初に好きになったところだ。
恋心を自覚する前から、惹かれていた歌声。
感極まって、泣いてしまいそうだった。
美しい音が途切れると、カーネリアンは、扉を軽く叩いた。
扉をあける。
涙の跡がありありと残る顔で、リナリアがカーネリアンを振り返った。
美しかった。
一瞬呼吸も忘れるほど、カーネリアンの中を愛情が埋め尽くした。
(リナリアが好きだ……)
リナリアと、永遠にも思える間、見つめ合う。
実際には刹那の事だったのだが。
(……こんなに綺麗な人が、俺を好きになってくれる訳がない)
同時に切なさを味わった。
手の届かない人だと思った。
彼女は、本当に、天使の生まれ変わりではないだろうか?
いつになく殊勝なことを考えて、カーネリアンは無言になる。
余韻に浸っていたらしいランスが、興奮気味に口を切った。
「呪い、解けたんだな!」
喜ぶランスに、リナリアは意外そうな顔をした。街の人々には、今まで散々、悪感情を向けられてきたからだ。だが、ランスのように喜ぶ人もいるのかと、すぐに納得したようだった。さして気に留めた様子も無い。
リナリアは、何か言いたげにカーネリアンを見てくる。
悲しそうな顔で、首を横に振った彼女を見て、呪いが解けたわけではないのだとカーネリアンは理解した。
ランスも同様で、少し残念そうに「そうなのか」と声を落とした。
成り行きを見ていた神支えが、説明する。
「呪いは解けていませんが、歌声だけは、加護によって無事だったのです」
そんなことがあるのかと、カーネリアンは驚いたが、実際に歌を聞いた後なので、受け入れる他無かった。ランスも驚きの声をあげている。
だが、神支えの言葉で気になることがあった。
「加護は、消えていなかったという事ですか?」
「ええ。皆さん、誤解なさっていたようですね。私も、すぐに言ってさしあげれば良かった。リナリアは、変わらず神様に愛された娘ですよ」
神支えとカーネリアンの会話を聞いて、居ても立ってもいられなくなったらしく、ランスが急に踵を返す。
「あの! この事、街の皆に教えてもいいですか?」
顔だけ振り向き、早口で言う彼の目が物語っていた。
やることは決まっている。
リナリアの名誉を取り戻すのだ。
神支えは優しく、リナリアに問いかけた。
「事実を知ってもらうだけですから……リナリア、貴女もいいですか?」
リナリアは、躊躇いがちに頷いた。
教えたからどうなるのか、という所までは、あまり頭が働いていないように見える。恐らくちゃんと理解していない。
それを見届けると、ランスは慌ただしく走って病室を出ていった。
遠くから、病院で働く人が「走らないで下さい」と注意する声が聞こえる。
忙しない。
喧騒が去って落ち着いてから、カーネリアンはリナリアに向き直る。
「リナリアのお母さんは、まだ……?」
目覚めないのか、という意味をこめて聞くが、返事がなくても、リナリアの悲愴な顔を見れば分かった。
神支えは、「そろそろお暇しましょう」と、一人扉に手を掛ける。彼は病室を出る直前にカーネリアンへ目を向けてきた。
「カーネリアンは、ちゃんとリナリアを送ってあげて下さいね」
任せましたよ、という表情で微笑んで、彼は病院から辞した。
二人きりになって、カーネリアンは今まで何度思っても、言わなかった事を伝えたくなった。
「君の歌、良かったよ」
素っ気ない言い回しだが、心のなかでは、沢山の称賛の言葉が行き場を無くして燻っている。
リナリアの顔を見れず、彼女の手を取った。
「帰ろう、リナリア」
拒否されないように、すぐに歩き出す。
リナリアは大人しく、カーネリアンに付いてきた。
リナリアは嬉しくて、胸がじんわりと温かくなった。
哀しみとは別の理由で涙腺が緩んでしまう。
カーネリアンに、初めて誉めてもらえた。
リナリアはつなぐ手に力を込める。涙を堪えながら、恋慕う彼を見つめ続けた。
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