14 急変
カーネリアンは十五歳の時に、騎士の採用試験に合格した。
王都に本部がある騎士隊への入隊は、かなりの難関とされている。
合格できるのは、騎士となるべく教育された名門出の者や、貴族に伝のある者くらいで、余程の才覚がない限り、まず志願することすら諦めてしまう。
男性ならば一度は憧れる職業だが、街の人間で入隊試験を受けたのはカーネリアンだけだ。
カーネリアンは存外、優秀だった。
彼はもともと、優れた能力の持主だっだが、穏やかな性格で人当たりのよい所が、業務内容も規律も厳しい騎士とは、印象がかけ離れていた。
カーネリアンは自らの才能をひけらかさない。
むしろひた隠しにしていたと言ってもいい。
リナリアのような、無意識でも自己暗示でもなく、彼は自分の力量を自覚した上で、波風たてない人柄を装っていたのだ。
入隊したとはいえ、身分の低い彼は、華やかな王都勤務ではなく、地元の街にある屯所で見習いとして働き始めた。
そこで働くのは、選ばれた人間とは言い難く、正直騎士は皆王都で仕事につきたいので、やはり伝がなければそんなものかと、彼の出世に沸いた街の人々は多少落胆した。
カーネリアンにとっては予期したとおりのことで、むしろ都合が良かったのだが。
リナリアは結局、フリージアとも、嘗ての友人達とも和解出来なかった。
人々の評価が変わり、リナリアの生活にも変化があった。
まず、教会へ行かなくなったこと。
加護を失い、呪われた自分が神様に祈っても、もう無意味だと思ったのだ。
今までは、神様に会いに行くつもりで通っていた。
カーネリアンと出会ってからは、彼と会うためでもあった。
今では、教会へ行ったところで、母の体調が良くなる事はないと、もう分かっていた。
それに、教会へ行かなくても、カーネリアンに会えるようになった。
カーネリアンが、初めてリナリアの家に来た日から、時々、見舞いに来るようになったからだ。
甘えている自覚はあったが、カーネリアンの厚意をはね除けて、一人になる勇気は持てない。
弱る母の側で、一人きりになる想像をするのは、酷く恐ろしいことだった。
カーネリアンと普通の友人のようにいられるだけでも、日々の活力に繋がっていた。
母の体調が急変したのは、リナリアが十四歳の誕生日を迎えて間もないころだった。
母はいつも、リナリアが学校から帰ると、声を出せない彼女に代わってか、なるべく「おかえりなさい」と言って出迎えてくれる。
その日、いつものように帰宅したリナリアは、全く物音がしないことに疑問を持った。
(寝ているのかな……?)
リナリアの母は極端に体が弱いが、寝たきりというわけではない。
そっと就寝部屋の戸を開ける。
母は横になっているようだ。
胸騒ぎがして、母に近づいて軽くゆする。
顔が青白く、呼吸がほとんどわからないほど浅い。
少し強くゆすっても、目覚める気配がない。
本当に寝ているだけだろうか?
いよいよ不審に思ったリナリアは、何度も何度も、母を起こそうと試みた。
母は起きない。
声をかけたくても、出来ない。
明らかに普段と違う。放っておくと良くないと思った。
助けを呼ばなければならないと考えて、最初に浮かんだのはカーネリアンだ。
しかし、カーネリアンはこの時間、仕事をしているはずだ。
巡回などをしていたら、どこにいるかも分からない。
実を言うとリナリアは、カーネリアンの家もよく知らないのだ。
闇雲に探す時間が惜しかった。
次に頼れるのは、久しく行っていない教会しかなかった。
声が出なくなったあの日から、神仕えとも会っていない。
力になってくれようとしていたのに、ずっと顔を見せずにいたため、申し訳なく思った。
とにもかくにも、まずは行かなければならない。
リナリアは教会へ走った。
息も切れ切れに、ついてすぐに、神仕えに、母を診てほしいと頼んだ。
言葉を使わず伝えるのは難しいが、手振りで何とか伝えようとした。
必死な様子のリナリアを見て、神仕えは筆記具を取り出し、「落ち着いて、これに書いてもらえますか?」と優しく言ってくれる。
≪母の意識がありません。病院まで運べません。見に来てもらえませんか≫
神仕えはリナリアの字を目で追い、読み終えると同時に、承諾した。
「すぐに行きましょう」
家に戻ると、神仕えはリナリアの母の顔を見て、「これは良くない」と呟いた。
この言葉を聞くのは二度目だ。
呪いを受けたと知らされた時と、同じ声音だと感じた。
神仕えは初老の体で苦労をして、母を抱えあげた。
母の体の軽さに、驚いたようだった。
「病院へ急ぎますよ」
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