第43話
午後一時五分、オケアノス内に設置されているARゲーム用センターモニター前には――数人規模で集まりだしていた。
リズムドライバーが未設置のエリアでも同じ状況であり――それだけ今回のマッチングには大きな意味があったのだろう。
センターモニター全部が独占されていた訳ではないが、おおよそ七割がアイオワとファフニールのマッチングをライブ配信していたと言える。
「アイオワはこれで勝利すればランクⅨか」
「既にランクⅨは数人いるようだが、現状でランクⅩへ昇格するプレイヤーはいない」
「ここにアイオワが加われば、確実に降格プレイヤーが出てくる可能性は高いだろう」
「ランクⅩが未だに……と言う中で、最強になるのか?」
「リズムゲームは格ゲーと違う。同じ様な感覚で並べることには違和感を感じる」
「リズムゲームで最強理論は何か違うと思う。この場合は、あくまでも別ゲームでの言い方をすればトップランカーだろう」
アイオワの背後にあるセンターモニターでこの状況なので、他のエリアがどうなっているのかは――お察しいただけるかもしれない。
しかし、この声はアイオワには聞こえないのは――オプションでノイズカットをしている事が理由の一つだ。逆にファフニールは少し動揺しているような空気が感じられる。
「向こうは――マッチングが決まったと同時に様子が変わった様な気がする」
「そう言うリアクションなだけでフェイクでは?」
「本当にフェイクなのか? あれは本物だと思うのだがな」
モニターではなく直接観戦しているギャラリーにもアイオワとファフニールの反応の差ははっきりと分かる。
向こうは明らかに場数に慣れていない。もしかすると、マッチングをするのが初めてという事もあり得るだろう。
アイオワにはファフニールのリアクションが分からない――と思われているが、目の前のモニターには今のファフニールが映し出されている。
これは、筺体に設置されているカメラの映像なのだが、この存在をファフニールは気付いていない。動揺しているのは、これが原因だろうか?
表情をチェックする事は、ARメットを被っている関係上で不可能――なのだが。
【楽曲名が違うのに、譜面レベルが同じってあり得るのか?】
【こればかりは一種の偶然だろう。曲の選び方が、お互いに違う証拠かもしれない】
【同じレベル十でも、譜面の配置等でレベル十一相当と言われることだってある】
【どうもリズムゲームの難易度は分かりづらい。もっと分かりやすい方式に変えられないのか?】
【ゲームによっては、☆の数で難しさを表現する機種だってある。リズムドライバーもそちらを採用しているが、ウィキ等では数字だな――】
様々なつぶやきも流れる中で、配信で今回のマッチングを見ているプレイヤーもいる。
向かっている途中でマッチングが始まり、近くのコンビニで足を止めているジャック・ザ・リッパー、別エリアにあるフードコートでコーヒーを飲みながら店舗配置のセンターモニターで観戦する夕立(ゆうだち)もそうだ。
(ランクⅨ――そう簡単に取れるだろうか)
自宅の居間で一人、ノートパソコンで配信を見ているのは蒼風(あおかぜ)ハルトである。彼も、今回のマッチングには注視する所があると考えていた。
その理由はアイオワがランクⅨへ昇格する可能性よりも、相手のファフニールの方かもしれない。
(バーチャルゲーマーのファフニール。噂によると、FPSのプロと聞くが――)
ハルトの仕入れた情報は残念ながら違うファフニールの物だが、名前だけを見て動画をチェック――と言う訳ではない。
実はネット上で別のファフニールが出没した情報も拡散しており、この情報が真実かどうかを確かめる意味もあった。
そちらの方はリズムゲームで有名な人物で、名前の割には――という噂が付きまとう存在である。性別は不明だが女性だという目撃者発言も存在しており――。
「あとはユニコーンと言う人物だが――?」
ネット上でユニコーンと検索すると、同名の様々な物が画像として表示される。しかし、あの時に姿を見せたユニコーンは出てこない。
検索除けをするような画像なのか――ともハルトは考えるが、バーチャルゲーマーで有名なプレイヤーが取り上げられないのはおかしいとも――。
(検索ワードを変えてみるか)
ノートパソコンで配信を視聴しているが、まだスタンバイ状態でプレイは始まっていない。
その時間を利用して、別のブラウザを立ち上げて検索を始める。ワードはユニコーンとバーチャルゲーマー、それに――。
「ビンゴだ――」
ハルトの予想は的中した。こちらの人物も元々はWEB小説で登場する架空の人物――それのコスプレイヤーと言う可能性も浮上する。
だとすると、自分が今まで遭遇したプレイヤーも全ては架空の人物なのでは――とも。
「仮に彼女がコスプレイヤーとして、他の人物は――」
調べようとすれば調べられるが、エンドレスになる事も踏まえて止めることにした。今は、マッチングの方が重要である。
既に一曲目の方はスタートしているが、先に動きを見せたのはファフニールである。
使用しているのはPDWと言う個人防衛火器――それに類似したライフルを二丁拳銃の感覚で操っていた。
単発銃でもリズムドライバーでは苦戦をする傾向のある重火器類だが、ファフニールにはそれを感じさせない動きが見て取れる。
先ほどまでの緊張していた空気は嘘だったのか? それともゲーム開始と共に性格にスイッチが入るのか?
(なるほど――そう言う事か)
対するアイオワは、まだ楽曲が流れているのだが――ターゲットとなるノーツは現れていない。
モードによってはステルスと言う判定の直前まで出現しないモードも存在するが、そう言ったシステムはリズムドライバーには実装されていなかった。
つまり、まだスタートではないという事の様である。スコアの方は既にファフニールの方がリードしており、このままでは――。
(バトルマニアと言うか――その部類と言う事ね)
アイオワが構えたのは、普段使用するレールキャノンではなく――異様な形状のガントレットである。
篭手系列武装はアガートラームの使用していた物、中にはロケットパンチも存在しており――それで極めようとするプレイヤーも少数いるほどだ。
異様な形状と言うのはギャラリーの感想ではなく、ハルトの印象である。様々な形状の武器があるのは知っているが、アレは初めて見る部類と言ってもいい。
『こちらも本気を見せるとき――』
一〇秒くらいが経過し、イントロが流れ始めたころにノーツが高速で出現――と思ったら、アイオワは右腕の特殊な篭手でノーツにタッチした。
タッチ後には、何かのCGで構成されたビームパイルと思わしき物がノーツを貫通していたのである。この光景は別の意味でもオーバーキルを指摘する声が――。
「あれで他のノーツもミスタッチしたりしないのか?」
「誤爆判定はリズムゲームでは致命的だ。なのに、あのガジェットは――」
「パイルバンカー……それをリズムゲームで再現する意味があるのか?」
「炸裂火薬の類で射出するのではなく、この辺りはリズムゲーム的解釈があるのだろうな」
アイオワの使用したガジェット、それはパイルバンカーである。手でタッチしていたのは、ビームパイルを打ち出す為に手を固定したのかもしれない。
タッチした後に杭を打ちだす意味合いがあるのか――と言われるとリズムゲームでは誤爆判定等をしかねないのだが、この辺りもシステム的処理がされているのだろう。
(BPM三〇〇の楽曲を意図的に選んでいたのは――そう言う事か)
ハルトはアイオワがパイルバンカーを選択した理由として、BPM三〇〇に到達する様な楽曲を選んだためと――。
これが四〇〇や五〇〇となると、重火器で狙いを付けている間にノーツが通過していき、コンボ数を叩き出せない。つまり、スコアで負けるという事だ。
ある意味でも賭けかもしれないが――アイオワにとっては、物凄い今更な判断だったのかもしれない。
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