第35話


 大歓声に包まれるような事もなく――蒼風(あおかぜ)ハルトとジャック・ザ・リッパーのマッチングが終わった。

結果としてはハルトが勝利したのだが、プレイとしては互角と言ってもよい物だったのである。わずかな焦りが敗北に繋がったのかもしれない。

【まさか、あのニアミスが――】

【信じられない】

【難易度が同じならば、結果も違っていたのか?】

【単純に環境が同じならば、それもあるだろう。しかし、向こうとはスキルに違いがあり過ぎたな】

【ランク以外で?】

【ランクは偽りのランクである場合もある。本当の意味でスキルを図るには――そう言う事だ】

 ネット上では動画をチェックし、改めてハルトのスキルに驚く声もあった。それ位に彼は――数段上なのだろう。

しかし、本当に彼は最強の一角なのか? そう言われると疑いの声はある。

【だが、ランクⅩは難しいぞ。一部のメンバーが既にいるという話もあるが――ネット炎上を狙っている発言かもしれない】

【しかし、その上にランク11とかランク12って出るのでは?】

【ソレは尚更あり得ない。公式でもランクⅩ以上はないと明言している。ただし、段位として考えるとランクⅩは――】

【皆伝があるとでも?】

【可能性はない訳ではない。他のリズムゲームでも皆伝の存在はある――】

 動画を見て、ハルトが皆伝の段位があれば一番乗りをしそうなコメントもあったが――。

ほとんどのコメントは、ハルトの実力でも皆伝は難しいという意見が多数を占めていた。



 その後もハルトは休憩を入れつつもプレイを続行する。ARゲーム用のインナースーツは汗を吸収する材質でできているので、連続プレイにも耐えられるのだろう。

普通のリズムゲームでは、汗を拭く為のタオルが必須だったりするのだが――。ARゲームはその必要性がほとんどない。

こうした事もある為か、コスプレイヤー用のシャワールームはオケアノスにも設置されている。しかし、利用するのは入店するコスプレイヤーの三割近くらしい。

(さすがにシャワールームは――)

 シャワールームの使用料自体は無料であるが、それはARゲーム用のガジェット所持者に制限されていた。

一般客でも使用可能だが、その際は別料金が取られる仕組みである。コスプレイヤーが利用しやすいように時間ではなく入場時に支払う形式となっているようだが――。

(今の時間帯だと別の意味で混雑しているかもしれないな)

 ハルトの言う別の意味とは――店舗内でも若干目立ち始めたコスプレイヤーである。彼女たちの衣装はセクシーな部類の物もあるが、そう言った物に限って――という場合が多い。

それを踏まえると、汗を流す為にシャワーを利用すると言うコスプレイヤーも多いのだろうか? さすがにそれを盗撮しようと言う人間はいるかもしれないが―ーオケアノスのセキュリティを考えると、不可能である。

「あのプレイヤーは――?」

 整理券を発行する為にセンターモニターへ向かった所、モニターに表示されていた配信映像に目が止まった。

その外見を見て、あるプレイヤーだと思った事による物だが――。

《ランクⅨ――VSランクⅧアイオワ》

 その映像はランクⅨプレイヤーと現在はランクⅧに位置しているアイオワの中継映像らしい。

プレイ場所は何と――オケアノスの別ゲーセンだった。今から向かうにしては距離があり過ぎて無理ゲーと言わざるを得ないだろう。

ここからの距離はキロ単位ではないが、数百メートルはあって――かなり現実的ではない。移動手段はない訳ではないが、場所も逆と言える配置だった。

「ランクⅨ? 既に数十人単位にでもなっているのか?」

「アイオワのランクⅧが気になる。まさかと思うが――」

「そのまさかだ。アイオワのランク表示が――!」

 他のギャラリーがアイオワのランク表示を気にしていたので、ハルトがアイオワのランクに視線を合わせると――。

《昇格のチャンス!》

 表示は単純明快だった。まさかのランクⅨへの挑戦と言えるようなマッチングになっていたのである。

このマッチングで勝利すれば昇格は確定、仮に負けた場合は――昇格が次のマッチングへ持ち越されるだろう。

「あのプレイヤーの名前は見ない名前だな。まるでかませ犬だ――」

 あるギャラリーの男性が発言したソレは負けフラグとしての効力があったのか――定かではない。

しかし、周囲はその発言に対して否定的な意見が多かった。ランクⅨのプレイヤーともなれば、中にはプロゲーマーが混ざるような未知の領域だ。

そのプレイヤーが下位ランクのプレイヤーにあっさり負ける――それもかませ犬と言う発言まで――有名所のバトル漫画の見過ぎと否定する者もいる。

「そう言う発言は――軽い気持ちでするものじゃないわ」

 ギャラリーが気になって姿を見せたのは、夕立(ゆうだち)だった。彼女もプレイが終わった所であり、若干気になっていた事もあって様子を見に来たという。

「じゃあ、あの名前が知られていないようなプレイヤーに負けると?」

「格闘ゲームにあるようなジャイアントキリングは、リズムゲームで容易に起こるものじゃない。それは、リズムゲームの特殊性も理由の――」

「対戦ゲームだから、そう言った要素もあるのではないか?」

「リズムゲームを単純に対戦格闘と同列に語る事自体――不可能に近いわ」

 二人の意見は対立しているようにも見える。スコアを競う的な個所で対戦物と考えているプレイヤーと、リズムゲームはそう簡単に割り切れるものではないと考える夕立で――。

「もうすぐ始まるぞ――」

 その対立も、別プレイヤーの発言によって中断した。もうすぐ――二人のマッチングが始まろうとしていたからである。

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