鬼ヶ島会談

 やあ、こんにちは、初めまして。君が桃太郎というんだね。

 

 ああ、いいよ。出来れば武器は下ろしてほしい。こちらに争おうという気は全くない。

 

 下ろして、いいから。いや、本当。

 

 ――っと、だから言ったのに。よく考えてみなよ。刀とかなぼうぶつけて刀が折れないわけがないだろう。ああ、いや、悪かったって。おじいさんとやらにもらったものなんだね。それなりに価値のあるものだったのかもしれない。

 

 いや、けどほら。これでこちらも無防備だ。武器はこれ以上振るわない。だからそちらもその、君の仲間達を下げてやってくれないかな。

 

 いたいけな動物たちに振るう暴力は、こちらも持ち合わせていない。

 

 大丈夫。大丈夫だから。

 

 さあ、君たちの目的を聞く前に、少しこちらの話を聞いてくれるかな?

 

 いや、違う違う。騙そうとか、君をたぶらかそうとか、そういう訳じゃない。むしろその逆だよ。

 

 私は君に真実を知って欲しいと思ってね。

 

 桃太郎。君、

 

 ――お、聞いてくれる気になったかな?

 

 ああ、じゃあ座ってくれ。その辺りは岩だらけで多少ゴツゴツしているけれど、立って話を聞くよりはましだろう。

 

 ――さて。

 

 君は桃から生まれたと聞いていたんだね。でもよく考えてみて欲しい。果たして人は、桃から生まれることが出来るのだろうか?

 

 君の周りで、桃だとか、あるいは桜だって犬だっていい。人間以外から生まれた人を見たことがあるかい?

 

 ……そうか、周囲の人とは話していないと。

 

 ならまあいい。これではっきりした。

 

 私達は鬼だ。鬼は鬼からしか生まれない。

 

 それと同じく、人は人からしか生まれないんだよ。

 

 そうは思わないかな?

 

 ああいや、勘違いしないでくれ。何も君が人じゃないなんて言っていない。

 

 君は人だ、間違いなく。


 なら、何故君は桃から生まれたといわれ続けていたんだろうね?

 

 そう、それがはっきりしたことなんだ。

 

 人は桃からは生まれない。

 

 とすれば、桃から生まれたという君の話を聞いた人は、君のことをどう思うだろうね?

 

 そう、堂々と意味もわからぬ嘘をついているか、狂人か、あるいは、人でない何かか。

 

 どちらにせよ、君を避けて通るだろうね。

 

 そうだ。君は周囲の人と交流がなかった訳じゃない。周囲の人が、君との交流を避けていたんだ。

 

 では、何故君は桃から生まれたと言われ続けていたか。これは後で話そう。

 

 どうしたんだい? 休憩する?

 

 いや、私の言うことを聞かないのも選択肢の一つだけれど、君のためにはならないと思うよ。

 

 それに、武器も持たない君が、島にいる何百人の鬼達を相手に出来るのかな?

 

 そうだ。ここは鬼ヶ島だよ? 住んでいるものは全員が鬼だ。

 

 女子供も戦える。この島において、一番弱いのが私だと思ってくれていい。

 

 続けようか。

 

 後はそう、先に君がここへ来た理由、ひいては鬼を退治しようと思った理由を教えてくれないかな?

 

 ん? いや、正直に言ってくれていいよ。なに、怒ったりしない。

 

 なるほどね。私達は村の人たちを襲って宝を集めていると。

 

 ああ、確かに宝はこちらにあるよ。何なら見ていくかな?

 

 ――そう、今持ってきてもらったんだ。

 

 両手に抱えきれないくらいだろう? これでもごく一部なんだよ。

 

 さて桃太郎。目を丸くしているところ悪いけれど、質問をさせてもらおう。

 

 君は私達が村を襲って、この宝を奪っていった。と、そう聞いているんだね。

 

 ところで桃太郎。君は周囲の村を見たことがあるかな?

 

 そう、のどかでいいところだね。今年は豊作だったというじゃないか。村人はいつも笑顔だし、私達が行っても、嫌な顔一つしない。

 

 ん? まあ、その話は後だ。

 

 で、そんな村一つや二つ襲ったところで、こんな宝が、それに山ほど見つかるとは私には到底思えないんだけれど、どうかな?

 

 そう、私達が都だとか貴族だとかの蔵に押し入り、これを奪っていったのならわからないでもない。けれど、君が襲われたと聞いた村に、そもそもこんなものは置いてあるのかな?

 

 仮になけなしの、極々僅かにこんな宝が置いてあったとしよう。

 

 そんな村の財産を根こそぎ奪って行った私達を、村の人は相当恨むだろうね。

 

 だとすれば私達は常に命を狙われ続けるというわけだ。


 いつだって憎い、機会があれば取り返したい。けれど鬼達は強い、束にならなければ勝てるはずもない。

 

 そんなときに、君が鬼退治をするという噂が広まった。

 

 うん? そうだよ、君が鬼退治をするという噂は、村の人から聞いた。

 

 そこで、私達への憎しみが募っていた村人達はどうしただろうか?

 

 当然、君の味方をするだろうね。

 

 若い人間は少ないかもしれない。

 

 武器を持って戦おうとする勇敢な人間ばかりとは限らない。

 

 けれど、少なくとも君一人でこの島へやってくる事は無かったはずだ。

 

 ――失礼、君たちもいたね。

 

 それでなんだけど、桃太郎。君の味方をしようとする村の人は、ここまでの道中に一人でもいたかな?

 

 そう、一人でもいい。いたのかな?

 

 そうだね。

 

 君の味方をして、あるいは味方でなくてもいい。君と同じく鬼を倒そうなんて考える人間は、一人としていなかったんじゃないかな?

 

 さっき言ったとおり、君は桃から生まれたという事で避けられていたのかもしれない。

 

 けれどそれでも、一人よりは二人、三人いた方が私達を打倒出来る可能性は増える。

 

 それでもなお、君が一人で来たのは何故だろう? これも少し後で。

 

 もう少しだよ。頑張って。

 

 ああ、ところで桃太郎。その鎧は立派だね。

 

 生半可な武家にはないような立派なものだ。

 

 君の家は武家だったのかな? おじいさんおばあさんがいたと聞くけれど、その二人は何処の家の人なんだい?

 

 そうだろうね。普通の家だ。

 

 薪を集め、洗濯をし、畑を持ち、少ない米をゆっくりと噛む。

 

 そんなだ。

 

 その二人が何でそんな立派な鎧を持っていたんだろうね?

 

 さあ、君の話はそろそろいいだろう。

 

 道中の話をしよう。

 

 道すがら、君は犬、猿、雉を仲間にした。

  

 人ではないその三匹を――いや、ごめん、そんなつもりは無かったんだって。三匹だろうと立派な仲間じゃないか。

 

 で、とことこと歩いていたわけだ。

 

 そういえば随分前に聞いたんだけど、君が通ってきた道中は最近物騒だというじゃないか。

 

 そう、例えば山賊や野盗やとう、海賊とかもでると聞く。

 

 やっぱりそれ、立派な鎧だよね。

 

 ――追い剥ぎには絶好のカモだったろうね。

 

 にもかかわらず桃太郎。君は途中、一人でもその中の誰かに出くわしたことはあったかな?

 

 そうか、無かったか。なら良かった。

 

 さて、それは何でなんだろうね?

 

 この件については今言ってしまおう。

 

 村の人からその被害を聞いた私達は、追い剥ぎ達から宝だなんだを更に強奪した。

 

 彼らは学習しただろう。あまりに財を得ると、また私達に奪われてしまうと。

 

 今近辺に彼らがいるかはあずかり知らないところだけど。まあ、そこまで表立って活動は出来ないだろうね?

 

 ああもちろん、持ち主がわかるものは返したよ。けれど、わからないものがほとんどだ。

 

 それらが全てここにある。

 

 いや、逆だな。

 

 ここにあるのは全てそれだ。

 

 だから桃太郎。そもそも鬼に村が襲われたという事実は、それそのものがないんだよ。

 

 いやごめん、正確じゃなかったな。

 

 少なくとも、鬼ヶ島の鬼に人々は虐げられ、宝を奪われ、その宝が鬼の懐に入っている。という事実は全くといっていいほど存在しない。

 

 だから、私達は村の人々から君の噂を聞くことが出来たし、君の動向を逐一観察する子が出来た。もしかすると、君よりも私達の方が村の人と仲がいいかもしれないね。

 

 ……ごめん、傷つけるつもりはなかった。

 

 大体、俺はいつも一言多いといわれるんだよね。この間も側近を怒らせたし。

 

 え? ああ、うん、そう、そうだね。君は鬼の言葉になんか傷つかない強い人間だ。うんうん、確かにそう思う。本当だよ。

 

 だから、泣いているように見えるのも何かの間違いだろう。

 

 ……こういう所が一言多いんだね。




 さあ、ここからは長かった話も終わるよ。解決編だ。

 

 君、水とかは飲まなくても大丈夫? そう、なら良いんだ。

 

 さて、何処まで話したかな?

 

 そうそう、後回しにしていたことが二つほどあったね。

 

 一つ、どうして君は桃から生まれたといわれていたか。

 

 もう一つ、どうして君は一人でここまで来ることになったのか。

 

 君はね。恐らく捨てられたんだよ。

 

 君の家の事はわからない。

 

 けれど、おそらくは元々おじいさんとおばあさんの二人暮らしだったんだよ。

 

 それがやむにやまれぬ事情か、何があったかは知らないけれど、君を引き取らざるを得なくなった。

 

 もしかするとその鎧と共に連れてこられたのかもしれないね。

 

 けれど、君の家は当然裕福ではなかった。

 

 子供を捨てる罪悪感に勝てなかったんだろう。口減らしも出来なかった。

 

 だから彼らは、死んでしまっても仕方ない状況に君を追い込んだ。

 

 怪しまれもしないように、村の人との交流を絶たせた。

 

 運悪く事故が起こるように仕向けることを、蓋然性の殺人と言うんだよ。

 

 なんて、今の時代にはない言葉だ。気にしないで欲しい。

 

 けれど、事故なんかよりももっとたちの悪い、確実に死んでしまう方法が一つだけあった。

 

 それが僕たち鬼だったんだろうね。

 

 その点では、君を桃から生まれたとしたおじいさん達は運が良かったのか、あるいはそこまで狙っていたのか、鬼を退治しに行く桃というのはこれ以上無いほどに合致したものだった。

 

 どちらにしても君は、ここで死ぬためにわざわざ何年もあの二人の元で暮らしていたというわけだよ。

 

 君にあの時かけてくれた言葉も、あのときの彼らの態度も、君に持たせてくれたその団子も、そうそう、その鎧も、君をここで死なせるためのものだったんだ。

 

 悲しいかい? そうだろう。今はそうだろう。

 

 もう少しここでいるといい。

 

 私達はそんな可哀想な君を、みすみす殺したりしない。

 

 それに――

 

 もし君が、そんな彼らに復讐したいのなら、手を貸そうじゃないか。

 

 落ち着いたらまた教えて欲しい。

 

 また会おう。

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