悪人の面を被る亡霊

 ローゼンを撃退した後、フィーアを見つけ出すのに一苦労した。というのもあまりに場所が広すぎて探すのに手間がかかったからだ。

 そうして見つけたフィーアを救出し、今度は出入口を探すのにまた一苦労。ダアトの不便さに文句を言いつつ、何とかして入ってきた入り口を見つけることに成功する。

 片手にフィーアを、もう片手に禁呪書を携えて階段を駆け上がる。今度は『コンセントレーション』の魔術を掛けて跳躍し、すぐさま図書館へと昇り詰める。

 地上に降り立つと、改めて空気感が違うことに新鮮さを感じる。

 そして図書館の入り口を出ると、思いがけない状況に出くわした。


「フィ、フィーアちゃん!」


 声を上げたのは一人の少女。シルファもよく知るルビカであった。

 さらにルビカだけでなく、他の生徒や教師たちも一斉に図書館前でたたずんでいた。まるで誰かを待っているかのような様相であった。


「な⁉ お前はまさか、《ゴースト》!?」

「え、嘘!? あれが噂の《ゴースト》なの!?」

「確かにそうかも……私もあの顔、どこかの新聞紙で見た気がする!」

「だよね! でも紙面で見るよりも本物の方がかっこいいかも?」


 あちらこちらで声が飛び交う。それも罵声などではなく、何故か黄色い声も飛び交っていることに、シルファは少し誇らしげになる。

 だが楽観視してはいられない。教師たちが一斉に構え初め、先頭にいる学園長がシルファに告げる。


「《ゴースト》よ。まさかお前がローゼン=ブライヤネットに変装し、この騒動を起こしたというのか?」

「……なるほど、そうとるか」


 一瞬だけ思案し、すぐさま学園長の発言をくみ取る。

 つまり今回の騒動はすべてシルファが、《ゴースト》が引き起こしたものだと誤認されているのだと。まぁこの状況を見ればそう考えるのが妥当かもしれない。

 とはいえノコノコと図書館から出てきて、フィーアを連れてきていることに疑問を生じているのだろうか。全体的に困惑した様子が見られている。

 その中でも比較的平常心を見せている学園長だけが、毅然とした様子でシルファを見据えている。


「お前の望みは分からないが、無駄な抵抗はよした方がいい。素直に我が生徒を渡して、捕縛されることを勧める」


 そう来るのが妥当であろう。周りにいる教師陣も、生徒達には下がらせるよう指示し、自らは魔術を発動するための準備をしている。

 どうしようか、と考えようとするも打開策を考える暇もなさそうである。そもそもこの姿を見せて信用なんてものを得るのは不可能だし、穏便に済むような状況ではない。

 またついでに言うと、この場をなんとかしてくれそうなカリアは、現在生徒に囲まれ、泣いていて全く使い物にならなそうだし。

 半ばやけくそに、ある意味で言えばこの場でもっともらしい手段をとる。――つまりはいつもの悪役上等の手段だ。


「はっ、俺の望み? そんなものは既に完遂している。見ろ、これが俺の目的だ」


 悪役さながらの悪い笑みをしつつ、片手を掲げ、一冊の書物へと視線を集めさせる。視線はほとんどが困惑といった表情であったが、シルファは構わず続ける。


「俺の望みは昔も今も変わらず、ただ一つ。散らばった禁呪書の回収だ。今回はそれがここ、アインソフオウル魔術学園にあっただけということ。――どうだ学園長。この禁呪書と少女、交換しないか?」

「え? そんなものがここに? でしたら別に構いませんが……」

「……何?」


 少し拍子抜けである。というのもこの禁呪書の存在を、学園長すら知りえていないということに。

 そもそもの話、この学園内で図書館の下にダアトがあるということを知っている人は居るのだろうか? 学園長すらも知らない情報だとすれば、あのダアトは誰が発掘したものなのだろうか?

 さらに言えば、この本は誰がダアトに隠し入れたというのだろうか? 学園側で隠したという訳でないのならば、一体誰がこの本を拾ったのだろうか?

 疑問こそは深まるが、話は早い。学園長が言うに、この禁呪書は問題なく受け取っていいとのこと。ならばとシルファは懐に本をしまい、一度咳払いをしてから学園長へと目線を向ける。


「分かった。なら取引成立だな。この娘は返してやろう」


 一番近くにいた、ルビカに向けてフィーアを放る。きちんと怪我をしないよう、山なりに投げ、ルビカがキャッチできる絶妙な距離に調整する。

 問題なくルビカがフィーアを受け取った瞬間、学園の教師たちが、一斉に捕縛の魔術を放つ。シルファもそう来ると信じていたため、魔素を込めた拳で相殺する。


「……学園の長ともあろう方が、俺に刃を向けるか?」

「悪いが、先ほどの取引はその書物と我が生徒の安否を交換しただけのモノ。お前の安否に関しては一言も保証されていない。それ故に捕縛させてもらう」


 学園長の言葉により、じりじりと教師が前進し、シルファへの距離を詰める。だがシルファは焦りをおくびにも見せず、ため息を吐くばかり。

 流石に先ほどのローゼンとの戦いで全力を使い果たしたが、とはいえ逃げる程度の余力はまだ残っている。真っ向からやる気のないシルファはすぐさま逃げる算段をする。

 が、その教師とシルファの間を縫って発せられる声が一つ、あった。


「ま、待って!」


 皆、そちらの声に気を取られる。シルファとて油断してはいないものの、注意しつつ声の主の方へと見やる。

 シルファにとっては見なくてもその声音だけで分かる。フィーアと同じだけ自分の知識を授けた友人。ルビカであった。


「あ、あの、シルファはどうなったの!? あなたが出てきたその図書館に入っていった、私たちと同じ生徒はどうなったの!?」


 あぁ、そのことを忘れていたな。と、シルファは目を瞑り嘆息する。まさか自分のことをどうするかまでは考えに及んでいなかった。

 まさかここまで自分のことを心配してもらえているとは思いもしなかった。そう考えると嬉しい気持ちがこみ上げてきたが、今はその自分を切り捨てる必要がある。

 シルファはいつもとは違う目つき、冷たい底冷えするような目でルビカを見やる。


「あぁ、居たなそんな奴。あいつはもう死んだよ。俺の魔術でペシャンコさ。跡形もなく潰れちまったよ」

「な、な――ッ!?」


 フィーアとルビカのことを思うからこそ、嘘を吐く。どうせこれ以上一緒にいるつもりのない任務。ならば死別としていなくなった方が、後味もいいだろう。

 だが、そんなシルファの言葉に対し、ルビカは動じつつも真っ向から否定する。


「そ、そんなの嘘です! だって、だってシルファはすごく強いもの。私たちの誰よりも強くて、知識も豊富で、機転が利くのよ! それなのに、死ぬなんて有り得ないです!」

「……よく聞け、小娘」


 ビクッ、とルビカの肩が震える。視線が交わっただけでもルビカは震えているが、絶対に逃げようとはしない。

 だからこそ、シルファはあえてルビカにきつい言葉を告げなければならない。


「どれだけ強かろうと、どれだけ知恵を振り絞ろうと、どれだけ融通が利いても、圧倒的な力量の差というのは覆らない。俺とその少女とでは、それだけの差があったというだけだ」

「で、でも――ッ!」

「ルビカ=アルベルト! 話は終わりです! あなたも早く離れなさい!」


 最後に何か言おうとするも、ルビカは強引に教師によって後方へと引きずられて行く。その目には涙が浮かんでいたが、シルファにはどうしようもないものだ。見て見ぬふりをするしかない。

 ルビカが下がると同時に、シルファへ魔術が大量に放たれる。それも先ほどとは違い、捕縛の魔術だけではなく攻撃関連の魔術も織り交ざっている。生きてさえいればどういう風になっていても構わないという認識に変わったのだろう。

 激突地点となる箇所を飛びのき、崩壊した図書館の屋上に降り立ち、思案する。どうせこの規模の事件だ。既に《国境なき騎士団》も向かってきているだろう。ならばやることは一つ。さっさとここから退散するが吉だ。


「悪いがこっちは既に目標を達成したもんでな! ここでトンずらさせてもらうぜ!」


 魔素を溜めて指に集約。呪文を記載し、詠唱することなく魔術を起動する。その様子に教師たちはおろか、生徒達も何故魔術が発動できたか分からないだろう。

 しかし一人、その魔術を、正確に言えば魔素を見てポツリと呟く。


「あ、あれ……シルファと同じ色合いの魔素……?」


 だがその言葉は誰にも届かない。勿論、シルファの耳にも入ることはない。

 シルファの魔術は起動し、自身の真下、つまりは残骸と化している図書館を盛大に破壊した。

 衝撃と砂埃が激しく舞い、教師と生徒達の目をくらませる。数秒間もの図書館の崩壊が続き、振動が収まると既に決着は着いていた。

 皆が目を開けると、既にそこに《ゴースト》と呼ばれる少年の姿はきれいさっぱりと無くなっていた。

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