少女の実力
「あれ? どっかで落としちまったか?」
寮に戻る途中、カリアと連絡を取るための宝石を探すため鞄の中をまさぐっていた際、とある一枚の羊皮紙が無くなっていたことに気が付いた。それ故にグラウンドへと舞い戻ってきたところである。
羊皮紙の中身は詠唱記録をシルファの独断で取りまとめたもの。ただしその魔術の名は『カオス・スピア』。カリアが保管し、かつ探し求めている禁呪書の一つだ。
もっともその魔術を発動することはほぼあり得ない。何故ならばあまりにも大量の魔素を消費するから。それも人一人の全魔素を消費するほどの量だ。
だからこそ、失くしたところで慌てる必要はない。拾った持ち主がたまたま発動させようと試みても、魔素が足りず不発に終わるからだ。
「ま、見つかったとしても後で魔素をたどればいいし――って、フィーア? 何してんだ?」
楽観的に考えながら足を進めると、グラウンドにはフィーアの姿が。遠目だからこそ分からないが、何かの魔術を詠唱しているようだ。
なんの魔術か分からないが、傍観する。正直なところ、また失敗するのだろうと勝手に決めつけていた。
しかしフィーアの目の前に幾何学的な紋様が浮かび上がった瞬間、シルファの身体はぞわっと悪寒を感じた。
その魔術はヤバいと本能が語る。撃てば最後、死を具現化するほどの魔素が奔流すると理解する。
「ダメだ――ッ!!」
とっさに制止の言葉が吐き出される。しかし既に遅かった。
フィーアの前に黒で塗りつぶされた直線状の光線が放たれる。光線は宙を切り裂き、雲を貫き、どこまでも果てしなく伸びて行く。
と、シルファの事に気が付いたのか、嬉々とした表情でフィーアが笑いかける。
「あ、シルファ! 見てよこれ! 私、遂に魔術が使えたよ! ほらほらっ!」
「わ、分かった! 分かったから一先ず魔術を止めてくれ!」
「うーん、そうしたいんだけど……魔術が止まらないんだけど……」
「はぁっ!?」
少し困ったような表情でフィーアは告げる。……いやそんな困った顔されても、俺の方は困っているんだけど!
すぐさま辺りを見渡し、誰もいないと判断するとシルファは実力行使に出た。
「フィーア、悪い!」
返事が返ってくる前に、シルファはフィーアの首に目掛けて手刀を当てる。頭部を一瞬だけ揺さぶり、脳震盪を引き起こす。
意識を失ったフィーアはシルファの腕の中で寝息を立てている。勿論、術者の意識が失ったことで魔術の行使は停止している。
しかしその爪痕は残ったままである。先ほどまで存在していた雲が何かの穴が開いたかのように、一部だけぽっかりと開いている。
上空に放ったことが幸いしたのだろう。グラウンドや学園内に被害はなく、また目撃者も見当たらない。一度安堵で胸をなでおろすが、シルファは恐ろしいものを見るかのようにフィーアを見下ろす。
「嘘だろ……? フィーアがアレを?」
半ば信じられないことだが、目に映ったものこそが真実だ。何がどうなっているのか理解に苦しむシルファだが、ひとまずフィーアを寮に連れ帰ることにした。
勝手にフィーアの部屋に入るわけにもいかず、自室へと戻り、フィーアを自身の寝具へと横たわらせる。
その後、通信用の宝石を取り出し、カリアと連絡を取る。ちょうど良かったのか、数刻もせずにカリアと連絡が取れた。
『はいよ、カリアだ。お前さんの方で何か進捗でもあったんか?』
「進捗とかそういうレベルの話じゃねぇよっ! 一体どうなってんだ、あの娘は!?」
咄嗟に出てきたカリアの声に、食い付くかのような怒声を上げてしまう。が、カリアは気にするまでもなく、むしろ真面目な要件だと気づき、声に真剣みが帯びる。
『お前さんが取り乱すとはよっぽどだな。あの娘、とは依頼先の魔術を教えている子のことか?』
「ああそうだ。魔素がないって話だったがまるで違う。問題なく魔素は具現化できている。それに……『カオス・スピア』を発動させた」
『……なんだと? いやそもそも待て。何で禁呪書の内容をその子が知っている?』
「俺が簡単にまとめていたメモを読んで、詠唱を試したらしい。そしたら運悪く――」
『このバカがっ! 禁呪書の内容をメモするなど、他の魔術師に知れ渡ったらどうするつもりだ!』
最後まで言い切る前にカリアに怒鳴られる。いきなり大音量であったため、耳がキーンとなるが、返す言葉もない。
「普通の魔術師が使えっこないから大丈夫だと思ってたんだ。まぁ、今回の件については俺が悪いけど……」
『どう考えてもお前さんが百パー悪いだろうが。そのメモは後で燃やして処分しておくんだな。――それよりもその子のことだが』
話をしながらフィーアの前に立つ。小さな寝息が断続的に響き、胸のあたりが浮き沈みしている。
『話を聞く限り、その子には魔素はある。それも微量ってものではない。あまりにも膨大な量の魔素が秘められていると考えられるな』
「俺も同じ考えだ。普通の魔術が使えなかったのも無理はない。魔術を具現化するために込めた魔素が、あまりにも多すぎたからだろう」
フィーアが魔術を使えなかったのは、魔素がないからでもなければ、魔素の具現化が下手だからではない。その量が多すぎたため発動しなかったのだ。
基本的に魔術を発動させるためには、いくらかの魔素を消費する。しかしその消費する魔素が多すぎると、具現化する魔術そのものが破綻するのだ。
そしてフィーアが持ち得る魔素に耐えられるほど、消費量が必要としていたのが今回使った『カオス・スピア』である。
「しかしやっぱりあり得ない。人間が『カオス・スピア』なんて使ったら死に至るほどの魔素を消費するんだろ? それを止められないくらい発動しっぱなしにするなんて、どれだけの量を保有してんだよ……」
『さぁな。その子が人間の姿をしている天使、とでもいうべきか? それとも悪魔か?」
「どっちにしろその答えは出なさそうだな。ちっ、んでどうするよ。俺はこんなヤバい奴を扱いたくないんだが?」
シルファこそ、フィーアは気の知れた友人だとは認めてる。しかし事は事である。流石に依頼事項から逸脱しているのだ。
それに問題もある。もし国の政府や《国境なし騎士団》辺りにでもフィーアの存在が発覚したら、シルファにとって不利益な状況となる。
まずフィーアの身柄は拘束され、政府に引き渡されるだろう。最悪、魔素の源を探すべく
そしてさらにアインソフオウル魔術学園そのものに目をつけられる。すると今度はフィーアの友人であるシルファも取り調べられる。そうなればシルファの正体すらもバレてしまう。それは流石に困るのだ。
『は? 何を言っている。お前は引き続き依頼を続行しろ』
「……一応聞いておくが、フィーアの正体がばれた時のリスクを考えた上での回答、ってことでいいんだよな?」
『勿論だとも。お前さんがその子の教育をキチンとやれば何も問題ないではないか」
ため息交じりで質問するも、カリアは至極当然のように言ってのける。……つまり、フィーアの異常性を理解したうえで魔術を教え導けとのことだ。
正直言って胃が痛くなるような所業である。普通の生徒のように魔術を使えるようにするとの話だったが、使えない人から使えるようにする以上に難しくなっていると思われる。
「はぁ、了解だ。引き続きこちらで教育を実施する」
『それでよい。あと禁呪書については見つかったか?」
「いや、それもまだだ。手あたり次第探しているが、全く見つかる気配はないな」
『そうか。まぁよい。そっちに関してはあくまでも噂だからな。見つかったらラッキーくらいで考えろ」
「あいよ。んじゃ、通話切るな」
通信を切ると宝石が暗く沈む。それと同時にシルファはその場にへたり込み、頭を抱えながらそこはかとないため息を吐く。その表情は宝石よりも暗く、沈んだものになっていた。
「どうしろってんだよこの状況をよぉぉッッ!!」
痛切な叫び声は部屋中に木霊するも、誰も聞く者はいなかった。
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