才能の兆し

 時はゆるやかに流れていき、早一週間。学校生活には慣れてきたものの、シルファは頭を悩ませていた。

 一つは禁呪書について。あれから図書館には何度か足を運んだものの、初めの一冊以外にめぼしい本は見つからなかった。

 しかしその一冊についても調査ははかどっていない。カリアが中身を解読しているようだが、禁呪書らしき文面が載っていないため除外とのことだ。

 一応まだシルファの鞄の中に入れっぱなしにしているが、特に意味のない書物ならば学校を去る際にでも返そうと考えている。

 そして二つ目については、目の前の状況である。


「も、もう無理です……」

「だーっっ! やっぱり出来ない!」


 ふらふらになりながら地面に倒れるルビカと、苛立って本を放り出すフィーアの姿。どちらの成長も芳しくないことにシルファは額に手を当てる。

 ルビカは魔術に対する自身が足りず、また体力も正直言ってある方ではない。

 よって精神と体力両方を鍛える必要がある。そう判断し、今日もとりあえずグラウンドを二十周走らせてみたものの、半分程度でへこたれてしまう。

 フィーアに至っては集中力が散漫しているようで、魔術の詠唱をしようにもイメージが掴めないらしい。これでは魔術を一つ行使するだけでも時間がかかってしまうのだ。


「これはマズい……根本的な部分から直さないと試験に間に合わないな……」


 二人には聞こえないよう一人呟き、レッスンのプランを変更しようと脳内で考える。

 が、どう考えても結果は変わらない。フィーアには魔術そのものを、ルビカには魔術の前段階の部分を鍛える必要がある。

 チラッと二人を見やると、お互い満足そうな結果は得られていない。表情も怒りと疲れが現れており、あまり良い傾向にあるとは言えない。

 シルファは一度目を伏せ、パン、と両手を合わせる。二人の視線がシルファに向かったところで口を開く。


「今日はここまでにしよう。あまり無理をしても仕方ないからね」

「え? で、でも私、まだ魔術が使えてないし!」

「だからこそ焦っちゃダメだよ。まだ時間はあるんだから。それにずっとレッスン続きで二人とも疲れただろうしね。今日はゆっくり休んで、ね?」

「は、はいぃ……そ、そうします……」

「……はーい」


 ひたすら体力トレーニングしていたルビカは心半ば嬉しそうに、逆にフィーアは不満そうに返事をしながらその場を後にする。

 残されたシルファは一人ため息を吐き、その場に座ってどうしようかと頭を巡らせる。


「そうだな……ルビカの方は魔術を使えるんだから、次は魔術の練習をさせてみるか。しかしフィーアの方はどうするべきか……」


 あれからフィーアは魔術の詠唱を片っ端から試しているものの、すべて失敗に終わっている。成功することはなく、小さく爆発が生じるだけ。

 どうすべきかと考えるが最適解が浮かばない。ふと、そんなことを考えていると目の端に映るものがあった。

 それは先ほどまでにフィーアが読んでいた魔術の詠唱記録だ。おそらく忘れて置いて行ってしまったのだろう。

 中身を開けてパラパラと頁を捲る。あらゆる点にコメントが書かれており、フィーアの熱意が伝わってくるが、どれもバツ印ばかりが書かれている。


「やる気はあるんだけど、なんでだろうなぁ……」


 本をパタンと閉めて、鞄の中に入れる。後でフィーアに渡そうと考えながら、その場を後にする。

 その時、鞄から一枚の羊皮紙がするりと落ちたことにシルファは気づいていなかった。

 シルファがグラウンドから離れた直後、ちょうどすれ違うかのように慌てた様子でフィーアが戻ってくる。何故か焦った様子でキョロキョロと見まわしており、冷や汗を掻いている。


「うっわ、やっばい。詠唱記録置いてきたまんまだった……放置して帰ったことばれたら、シルファに怒られちゃう」


 一度、本を雑に扱ったら説教を受けたことがある。流石に二度目はないと釘を刺されたため、慌てて戻ってきたのだ。


「うー、どこかなぁ……確かこの辺だったかと思うんだけど――ってあれ? これなんだろ?」


 ふと目に入った表紙を拾う。誰かが落としたものだろうか?

 勝手に読んでしまうことに罪悪感もあったが、それよりも好奇心の方が勝った。ざっと中身を読んでみると、中身は何らかの魔術詠唱記録であった。クリップでまとめられた詠唱記録は分かりやすく要点だけまとめられているが、何か引っかかる点があった。


「なんだろう? これ、他の魔術とは何か違うような気がする……?」


 自分でも半分疑問を持ちながらその羊皮紙を解読する。書き手のまとめかたも良いからか、ものの数秒で内容を理解しきる。

 読み終えた結果、分かったことと分からないことがあった。

 分かったことは魔術を発動するための詠唱と型。イメージも具体的に記載してあったため、フィーアにとっても理解しやすかった。

 逆に分からなかったことは、この魔術そのものだ。イメージは湧いたのだが、魔術がどういったものなのかが理解できないのだ。


「――ま、とりあえず試してみよっか」


 理論派ではなく行動派であるフィーアは、魔術の内容については深く考えないことにした。とりあえずやって発動するか否か。それを見定めるだけでよいのだ。

 羊皮紙を畳んでポケットに入れる。すっくと立ちあがり、両手を合わせ、親指と人差し指で三角形を作る。これが魔術の型らしい。


「『黒説はここにありて、滅殺の槍を、顕現せし、目に映る全ての物を、悉く打ち貫け』」


 どうせ魔術は発動しないと思っていた。そもそもこの魔術は通常の三節ではなく五節。つまりは例外と呼ばれる魔術だ。

 そんな高度で特殊な魔術を使えるわけがない。――そう思っていた。


「え――?」


 だがしかし、詠唱を終えた瞬間フィーアの視界は真っ黒に染まっていった。

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