正面衝突

 

 彼女の周りには魔素が具現化されている。まず問題なく魔素が具現化できていること自体、意外ではあったのだが何よりもその色が見えないことに驚きを隠せない。まったく完全な透明なのだ。

 本人にはその自覚がないらしく、魔素が具現化できていないと考え肩を落としていた。その様子を見、シルファは両手の剣を地面に突き刺した。


「次に、魔素を具現化させたままこの剣を殴って見て。魔素がほんの少しでも現れていれば、簡単にポッキリ折れるはずだから」

「え……? で、でも、この剣、すごく固そうな気がするんだけど……」

「うん、そうだよね。それに、私はやっぱり魔素が具現化出来ないし……」

「大丈夫。黒の魔術は破壊力があっても、耐久性は飴細工にも劣るほどの脆さだから。もし魔素がなくてもちょっと響くだけだし。ほら、とりあえずやってみる!」


 二人の背を押して勧める。あまり気が乗らないものの、二人は渋々といった様子で魔素を具現化したまま剣の刀身に向かって拳を振るう。

 まずはルビカの方。薄い青色の魔素が腕に密集し、黒い剣と衝突する。するとあっさりと剣は接触した位置から真っ二つに分断され、やがてどちらとも霧散し消滅した。

 ルビカは本当にあっさりと折れてしまったことに驚いていた。その様子を目にしながらシルファは微笑みを浮かべた後、フィーアの方へと視線を向ける。

 ため息をつきそうなほどしかめっ面をしたまま、黒い剣へと拳を振るう。しかし勢いはなく、軽くタッチするくらい。大方弾かれて痛むことを恐れたのだろう。

 だが、フィーアの予想とは相反し、またシルファの予想通りとなった。黒い剣はフィーアの拳を軽く弾くどころか、触れた途端にその形を崩壊したのだ。さながら風に吹かれた砂のように、さらさらと消滅していった。

 あまりのことにフィーアは数秒間硬直したのち、ハッと意識を戻してシルファに訊ねる。


「あれ? シルファ、これおかしくない? 触っただけで剣が消えちゃったよ? なにか細工でも仕込んでた?」

「わざわざそんな手の込んだ細工は仕込まないよ。今のは単に魔素との衝突で、黒の魔術で生成した剣が完全に分解されたの」

「え!? じゃ、じゃあ、もしかして私の身体にも……」

「キチンと魔素が流れているよ。それもかなり特殊な魔素がね」

「ホント? 嘘じゃないんだよね? 私をからかったりしているんじゃないよね?」

「嘘だと思うなら今度はルビカの魔術に向かってやってみようか。――ルビカ、軽くフィーアに向けて適当な魔術を使って」


 さっと身を引きながらルビカの指示を出す。当の本人は少し戸惑いがちであったが、フィーアに向き直ると手をかざす。


「も、もしダメだったらごめんね? 『青説せいせつはここにありて、清き水玉を、彼の者を迎撃して』!」


 詠唱を終えると、ルビカの手からボール形状の水が放出される。捕縛の魔術『アクアバインド』は動きこそ遅いものの、ゆっくりとフィーアへと接近していく。

 魔術を前にして、フィーアは一度深呼吸をする。そして魔素を身にまとうよう集中し、目の前の魔術へと向かって拳を振るう。

 今度は先ほどよりも勢いはある。拳と魔術が衝突すると、パン、っと乾いた音を立てて水玉は綺麗に消滅した。


「え……っ?」

「うえ!? 何よこれ!? どういうことなの!?」


 魔術を止められたルビカも、消滅させたフィーアも驚愕の声を上げる。その間にいるシルファは肩をすくめていた。


「どういうことも何も、ルビカが放った魔術をフィーアの魔素で消滅させただけよ。まぁ、正直言って私も理解できないんだけど……」


 魔術を相殺するには過度な魔素が必要だ。それも魔術として何かしらの形に具現化していない、身体にまとうだけの状態ならなおさらだ。通常なら相殺する魔術に込められた魔素の十倍は必要なくらいに。

 それなのにフィーアは簡単にやってのけた。しかも当の本人はそれを自覚していなく、今や喜びのあまり飛び跳ねている始末。


「本当だ……や、やった! やったよルビカ! 私、ちゃんと魔素あるんだね!」

「う、うん。でも、どうして魔素があるのに魔術が使えないのかな……?」

「そこがフィーアのレッスンポイント。ということでこれを使いなさい」


 フィーアに向かって数冊の本を渡す。どれも辞書レベルの厚さを誇り、かなりの重さになる。急に渡された本の重さにフィーアはよろめく。


「重ッ!? これ何の本?」

「全部、魔術の詠唱記録よ。魔素を具現化するためのイメージ、テンプレートの詠唱が記載されている。フィーアはこれからどの魔術が使えるかを判断するため、みっちり魔術について理解し、使おうとしてみなさい」

「つまり……これ全部読め、ってこと?」

「勉強は得意でしょう?」


 フィーアは青白い顔で問いかけると、シルファはにっこりと笑みを浮かべて有無を言わせなかった。やはり鬼だとフィーアは思ったが、それ以上は口にしない方が吉だと考えた。


「ルビカはルビカでメンタル面を強くしていこうか。そうね……手っ取り早く、初めから実戦を始めた方がいいかしら?」

「は、はい……お手柔らかにお願いします……」


 緊張した面持ちで頷くルビカを見て、いざレッスンを始めようとした矢先。


「あら? もしかしてフィーアとルビカじゃない?」


 あらぬ方向から声が飛んできた。二人はその声だけで誰か分かったらしく、気まずそうに振り返る。声の主へと視線を向けると、そこには三人に対して悪意を見せているアイナが居た。


「こんな朝早くから何をされて? まさか、魔術のお勉強でもされているとか?」

「私が二人に魔術のレッスンをしているのです」

「はっ、黒の魔術を使うあなたがレッスン? 悪魔もどきが教えられる立場にあるとでも?」


 シルファをけなされたことにフィーアは頭に血が上り、カッとなって怒鳴ろうとする。しかし一歩手前でシルファが片手で制し、逆にアイナへと問いかけた。


「では、あなたはどうしてこんな朝早くに? まだ始業時間までは余裕がありそうですが?」

「私はいつもこのくらいに登校しているのよ。――ま、精々頑張りなさい」


 興味を無くしたのか、そのまま立ち去ろうとする。その様子を見てシルファはホッと一息を吐く。

 だが、事態はそれだけで終わることはなかった。なんとあろうことか、フィーアがその背中に向かって声を張り上げたのだ。


「次の進級試験!」


 ピタリと、アイナは足を止める。振り向くことはなく、言葉の意味を理解しかねているようであった。


「……何かしら? 次の進級試験、とは?」

「進級試験は三人一組で行う公開試合があるわよね。そこで私たちの力を見せてあげる!」

「え、ええ!? ちょっとフィーアちゃん!?」

「――それで私たちが優勝したら、シルファに謝って!」


 ルビカの制止も気に留めず、最後まで口早に言い切る。数秒間の沈黙のあと、アイナはゆっくりと振り返る。

 その顔には嗜虐心にあふれた笑顔。目が笑っていなく、一層不気味さをあらわにする。


「じゃあ、あなたたちが負けたら?」

「土下座でも何でもしてやるわよ!」

「あはっ。言ったわね、万年再開のポンコツが!」


 二人の間で火花が散る。間にいるルビカはおろおろとするばかりであり、シルファは陰に隠れながらクスリと笑みを零す。

 これはこれで、面白くなってきたなぁ、と他人事のように思いながら。

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