第二章 黒き小悪魔の才能
レッスンワン:魔術の基礎
朝日が昇り始めた頃。まだ人気は少なく、ほとんどの者が起床したばかりか、朝食をとっている頃合いだろう。
しかしシルファは早朝にもかかわらず、学園のグラウンドの中央付近にて仁王立ちして目を瞑っていた。
「あと五分……」
時計を見なくてもおおよその時間帯は把握できる。実際シルファが告げた通り、校舎の時計は六時になる五分前の所に位置していた。
すると前方から慌ただしく走ってくるような音が二つ耳に入る。音のした方向に向き直り、スッと目を開くと。二人の少女が息を切らして向かってくる姿が見えた。
まぁ、五分前に到着なら及第点だ。と、シルファは心の中で呟きながら口元だけ笑みを浮かべた。
「ギリギリセーフ、ですね。もう少し遅かったら二倍しごいてあげるところでした」
「ぜぇ……はぁ……こ、これでギリギリとか辛い……」
「フィ、フィーアちゃんが中々起きないから、だよ?」
「うっ! それを言われるとぐうの音も出ないわ……」
フィーアとルビカは膝に手を着いて息を整えはじめた。疲れ切ってる二人を、シルファは上から見下ろす。
二人とも昨日の制服とは違い、今は運動用のトレーニングウェアとスパッツを履いている。汗も滴り、頬も上気していて艶やかな表情が見えるが、シルファは一度咳払いをして邪念を振り払う。
「んんっ! さて二人とも。それじゃ軽く朝のレッスンを始めましょう」
「「――っ! はい!」」
二人はシルファの言葉によって姿勢を正し、熱い視線を向ける。やる気に満ち溢れていることはいいことだ。
「まずは魔術のおさらいから始めようか。そもそも魔術というのはどうやって発動するかを説明しよう」
シルファは集中するよう瞳を閉じ、体内に巡る魔素にイメージを与える。すると次第に身体から黒い靄のようなものが現れ、シルファの周りに纏わりつく。
「魔術というのは私たち天人が持つ魔素を具現化したものに当たる。人によって色が異なり、それを私たちは魔術の種類として分類している。今では、赤、黄、青、緑、白、そして黒の魔術が存在すると言われているわ。……まぁ他にも特殊な色の魔術はあるけど、今回は説明を省くわね」
スッと、あらぬ方向に手をかざしながら話を続ける。
「さらに魔術を発動するには、具体的な詠唱が必要になる。詠唱は基本三節。例えばで言うと――ええっと、確かこうだったかな? 『黒説はここにありて、脆き剣よ、我が手に顕現せよ』」
半ばうろ覚えになりながら詠唱する。すると、身体にまとっていた黒い靄が手の方向にへと集まりだす。やがて木刀のような漆黒の剣が象り、シルファの手元に収まる。その一部始終を目の当たりにして、二人は感嘆の声を漏らす。
「今のように魔術は発動する。初めの一節は使用する魔術の色を、二節目は具現化する魔術の形を、三節目に魔術の目的や方向を指し示す。先ほどの魔術だと、黒の魔術を剣の形で自分の手に具現化する、といった感じが重要になる。ここまでで質問は?」
ざっくりと魔術の概要について説明をし終えると、二人の様子を伺う。おおよそここまでは着いてこれているだろうと視線を向けると、二人ともポカン、とした表情でシルファを見ていた。
「シルファ、魔術についてすっごい詳しいのね。こんなの授業では全く習わなかったわ」
「う、うん。凄いわ。あの三節についてそんな意味があったなんて……」
「ちょ、ちょっと待って。今のって魔術の中でも基礎の基礎だよ? え、何? ここの学園って今の内容すら教えてないの?」
シルファの頬に汗が一筋垂れ落ちる。まさかとは思うがここの学園、いやそもそもこの国全体の学生自体が、魔術がどうやって使えるかすら教えていないのか?
最悪なシナリオを予想していると、二人はシルファの胸中も知らずに話し始める。
「だって学園の教科書は魔素の具現化と、それに対応する魔術詠唱のテンプレートしか載っていないもの。発動する魔術をイメージして、あとはその指定された文言を詠唱すれば発動できるのがほとんどだし」
「そ、そうね。私が使う魔術も、そこまで深く知らなかったし……」
「――オーマイガッ……」
手の平を顔に打ち付け、酷く落胆する。こりゃダメだ。学園自体の魔術の教え方がなっていない。そりゃ魔術が使えない人が一人居てもおかしくはないだろう。
魔術を使う以前の問題だ。どうやって魔術が使えるのかすら教えていなければ、どうして魔術が使えないのか分かるはずもない。
シルファは顔を上げ、先ほどとは別の方の手をかざす。
「――さっきも言ったけど、魔術は原則三節で問題ないわ。でも、ぶっちゃけると二節目と三節目はどんな言葉でも構わないの。だからこんな風に使うことも出来る。――『黒説はここにありて、剣よ、出てこい』」
先ほどよりも投げやりな詠唱。二人とも、魔術が起動することなく何も起こらないと予想できるくらい雑なやり方だった。
しかし、先ほどと同じようにシルファの身体から黒い靄が集まると、全く同じ形をした剣が現れた。
「え!? ど、どういうこと!? なんであんな適当な詠唱で魔術が使えているの!?」
「詠唱はあくまでも魔術を行使するためのキーでしかない。だから具現化するイメージさえできていればどんな詠唱でも魔術は使えるわ。ああでも一節目は使用する魔術の色を指定しないといけないから、いつも同じ言葉じゃないといけないから注意してね。んでもって、教科書にはイメージしやすいテンプレートな詠唱が乗せられているだけ」
「じゃ、じゃあ私たちが学んでいた魔術っていうのは……」
「ただの複製作業。教科書にはイメージしやすいテンプレートな詠唱が乗せられているだけ。いわば量産型の魔術って言う訳よ。あくまでも魔術を使うために必要なのは、具現化するイメージだから」
トン、とシルファは親指で自身の頭をつつく。二人は先ほどの事を理解したようで、コクコクと何度も頷く。
「とまぁ、ここまでが簡単な魔術の基礎。それじゃあ今度は二人の魔素と魔術について見せてもらおうかな? 大丈夫、そんなに緊張しなくてもいいよ。まずは魔素を具現化するところからやってみよう」
両手に黒い剣を持ったまま二人に突きつける。するとフィーアとルビカは緊張した面持ちへと変わり、瞳を閉じて集中し始めた。
二人が集中し始めて数秒経つと、まずはルビカの方に変化が訪れた。体にまとうかのように淡い青色の靄が現れた。色から察するに青の魔術を使う、ということをシルファは理解するも、その色が淡いことに少し眉を顰めた。
色が淡いというのは魔素が具現化しきれていないということ。イメージする力が薄いのか、はたまた精神的に何か枷があるのか。おそらく後者だろうと予想する。
ルビカは気弱な部分が目立つため、そちらの方でアプローチする必要があるのだろう。シルファは頭の中でレッスンする方針を組み立てた。
打って変わってフィーアの方へと視線を向ける。集中している様子は見られるが、何かしら具現化している色は見られない。
「……ん? 何、これ?」
魔素がないと思った矢先、シルファは何かおかしいと感じた。陽炎のような、何かがフィーアの身体を歪ましているような気がしたのだ。
剣を携えたまま歩み寄り、至近距離でフィーアの身体を見やる。するとあることに気付き、シルファは眼を大きく開いた。
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