三人の絆

「本当に? 本当の本当の本当に?」

「ああ、本当さ」

「こんなポンコツな私に、魔術を教えてくれるの?」

「勿論。私は嘘が大嫌いだからね」


 とん、と自身の胸を叩く。今言った言葉に嘘偽りはない。例え任務になかったとしても、彼女の事を放っておくことはなかっただろう。

 何故なら、彼女のその負けず嫌い感が、自分とよく似ていたから。

 途端、フィーアはその場で三つ指立て、ガバッと床に額が着くほど低頭する。


「こ、こんな不束者ですがよろしくお願いします!」

「君はどこでそんな言葉を覚えたんだい!? ――まぁ、それはともかく。ルビカさんはどうする?」

「え、ええ!? 私、ですか?」


 一度咳払いをし、ずっと傍観に徹していたルビカへと話を振る。急に来るとは思っていなかったのか、肩を震わせてあたふたする。彼女について、魔術そのものは問題なさそうだが、精神面的に脆い所が垣間見られる。わざわざ彼女まで面倒を見るなんて、お人よしとカリアには鼻で笑われそうだが、ここで見捨てるわけにもいかない。


「それはそうさ。だって君は私の友達だろう? なら少しの悩みごとくらい、解消してあげるものだと私は聞いているけど?」

「うんうん。ルビカも一緒にシルファさんから教わろう?」

「と、友、達……ですか」


 何故か気恥ずかし気に顔を赤く染め、恥ずかしそうにルビカは俯いてしまう。そんな中、蚊の鳴くような小さい声で呟いた。


「う、うん。お願い、します」

「こちらこそよろしく。ただ、一つ条件があるな」

「条件、ですか?」


 シルファは先ほどとは別の意味で、もう一度指を一本立てる。その『条件』というものが何なのか、先ほどのように二人は真剣な眼差しでシルファを見つめる。


「そう真面目な顔しなくても大丈夫だよ。正直言って大したことじゃないしさ」

「それで、条件というのは……?」


 ゴクリと生唾を飲み込んでフィーアが問いかける。するとシルファは照れくさそうに、頬を指で掻きながら二人から目線を逸らして答える。


「その、だね。――お互い、『さん』付けとかやめないかい? 正直呼ばれるのも慣れてないし、息が詰まるっていうか……」

「はい?」


 意外なことにフィーアの口から変な声が出る。ルビカも目をぱちぱちと瞬きし、虚を突かれた表情になっている。

 シルファは恥ずかしそうに両方の人差し指をつんつんしながら口をそぼめる。


「いや、だってなんか皆わざわざ丁寧な口調で喋るし、友達なのに『さん』付けって距離感ある感じがするじゃない。こう、もっとフレンドリーに接したいのよ、私は!」


 なんとか言い繕うものの、シルファの言い分はこうだ。気楽に話せるようになりたい。ただそれだけである。

 今までの人生で『さん』付けで呼ばれたことなんてないし、こんな上品な会話が飛び交う世界にシルファはいたことがない。その気苦労を和らげるためにも、まずはこの二人とは気楽な関係になる必要があると考えたのだ。

 しかし問われた二人はくすくすと笑いながらシルファを見つめていた。何故笑われていたのか分からないでいたが、とりあえずシルファは笑う。


「あははっ! 私もそっちのが全然いいよ、シルファ!」

「ふふっ。そ、そうですね、シルファ。私はまだ不慣れですが、な、なるべくフランクに話すよう努力しますので……」

「はは……こちらこそ、改めてよろしく。フィーア、ルビカ」


 二人に握手を交わし、改めて結束を固める。これで任務の一つへとようやくこぎつけ事に一安心する。すると突然眠気が襲って来、盛大なあくびをする。

 シルファの様子を見ていたら、二人もなんだか眠くなってきたような表情をする。そろそろ夜も更けてきた頃合いだ。今日はこれでお開きとしよう。二人もそれを察したようで、部屋から出て行こうとする。


「それじゃあシルファ、また明日ー」

「ま、また明日、です」

「ああ、また明日。――じゃあ、明日は朝六時に学園のグラウンドに集合で。あそこなら場所も広いし、どれだけ魔術を使っても大丈夫だし」

「へ? 明日の朝……?」

「ど、どういうことですか?」


 突然のシルファの言葉に、二人は意味を測りかねて首を捻っていた。その問いに対し、シルファはニッコリと笑みを浮かべる。

 ただし、その笑みはたおやかな笑みではなく、歴史書で読んだ悪魔のような笑みであった。


「どういうことって、そりゃ明日のレッスンの話だよ。朝食前に朝のレッスン、それと昼食後に昼休みのレッスン。放課後のレッスンに夜のレッスンの四段階に分けようか。私が手取り足取り、ビシバシ鍛えていくから、覚悟してね?」

「「そ、そんなぁ――ッッ!?!?」」


 夜中の一部屋に二人の泣き声が木霊する。しかしシルファは泣き言を聞き流し、「遅刻したら、さらにキツクするからね?」とさらにダメ押しの一声を足す。

 泣き言を言いながら出て行った二人を後目に、シルファは一人呟く。


「さて、んじゃまぁ明日のレッスンの準備でもするか。……俺、今日寝れっかなぁ」


 嘆息しつつも、自身の鞄からいくつか荷物を引っ張り出す。ああまで言った矢先、シルファも教える立場としていくつかのプランを考えなければならない。それは例えこんな夜更けからでも、だ。

 それにシルファが任された任務はそれだけではない。禁呪書のありかを探すこと。そのため入園時に貰った学園のフロアマップと睨めっこし、どこにあるか目星をつけなければならない。その作業だけでも十分時間がかかる。

 夜も更ける中、その一部屋の明かりが消えたのは、外が明るくなり始めた頃であった。

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