夜中の来訪者
時刻は過ぎ、夜。シルファは今、学校の近くになる寮の一部屋に用意してあったベッドにてぐったりと倒れていた。それもそのはず、たった一日ではあったが、終始気を張りっぱなしで疲れてしまったのだ。
部屋には余分な物が一つもなく、綺麗に整頓されている。「身の回りは綺麗にすること」、とアカネから口酸っぱく指導された賜物である。
その隅に置かれているベッドの上で、シルファは呻きながら天井を仰ぐ。
「これをあと一月? マジかよ……絶対先に俺が死ぬだろ……」
今日一日だけでこの体たらく。しかしまだ何日もあることに気が滅入る。
学園ですら魔術に対する差別があることで、周りから白い目で見られる。そして目的である禁呪書の捜索とフィーアの教育に意識が向き、焦りが募る。
正直このままだとスイレンから音を上げそうだ、と心から叫ぶ。
と、そんな風にネガティブ思考に入り込んでいると、突然ノックの音が部屋中に響き渡る。既に夕飯も終えた時間だというのに、誰が来たのだろうか?
「あ、あのー、フィーアです。入ってもいいですか?」
「ああ、フィーアさんですか。どうぞ――ッ!?」
ゆっくりと扉が開かれると、そこにはフィーアだけでなく、一緒にルビカの姿があった。
しかしシルファはすぐさま二人から目を逸らす。何故なら二人は既に寝る前に着ているネグリジェ姿だったから。
ゆったりとしたその服装は肌の露出が多く、少し動くだけであらぬところが見えてしまいそうになる。再度横目で見ると、少女たちの艶めかしい太ももや、鎖骨辺りまでが露になっており、やはりというかすぐさま顔を背ける。
「わぁ、ここがシルファさんのお部屋ですか! 綺麗に整頓されていますね!」
「フィ、フィーアちゃん。シルファさん、まだ引っ越してきたばかりだからそんなに散らかるはずがないよ」
「あ、それもそっか。ってあれ? シルファさんどうしたの? そんなに顔を赤くして」
「何でもない! ちょっと暑いなーって思っただけ。ホントに気にしないで!」
顔を背けながらパタパタと手で仰ぐ。その様子に二人は首を捻るものの、シルファの思いを知る由もない。
「そ、それよりも! わざわざどうしたの? もう少ししたら消灯の時間だよね?」
チラリと時計を見ると既に九時過ぎ。夕食も食べ終わり、お風呂の時間もとうに過ぎていた。後は寝るだけだというのだが、二人は何をしに来たのだろうか?
すると二人して顔を見合わせると、なにやら言いにくそうな表情で言い淀む。しかしフィーアの方から口火を切った。
「あのね、シルファさん。学園の感じ、どうだったかな? やっぱり嫌な感じだったよね?」
二人は暗い表情でシルファを見つめる。その視線だけで、何が言いたいのかシルファは理解した。
シルファ自身、初めての学園として来た感想は、正直最悪だった。魔術の差別、学園内でのヒエラルキー構造、そしてそれを見逃す学園そのもの。今日一日を通して感じたものは全て酷い面ばかりだ。
「率直に言うと、最悪だったね」
「そう、だよね。私も同じ立場だったら、同じこと考えると思うわ」
「で、でも、本当は皆悪い子じゃないんだよ。それだけは分かってあげて欲しいな……」
「だけど皆悪意を持って私を、フィーアさんとルビカさんを見世物に仕立てた。それを『悪い子じゃない』と受け入れることは、私には出来ない」
ルビカが言いたいことは分かる。人が集まり、グループとなれば、否が応でもトップと同じ考え方になるのが普通だ。何故ならば、そのグループ内から外れないよう保身に走るため。例外だと認識され、グループから排除されないようにするためだからだ。
しかしシルファはそれを良しとは思わない。仕方ないと思うけれど、ここにいる三人は全員、グループから排除された異端なのだから。
「とは言っても、別に気にしなくていいわ。私にはフィーアさんとルビカさんがいるんだもの。二人もいれば十分よ」
「シルファさん――ッ!」
うるうると感動した表情でフィーアが見つめてくる。対してルビカは嬉しそうな不安そうな、どちらにもつかずといった表情ではにかむ。
ここまでは上出来。二人の心を鷲掴みすることに成功した。あとは二人の、主にフィーアの方に魔術を教えられれば任務の一つへと進める。
シルファはおもむろに指を一本立て、二人に呼びかける。
「そこで私から一つ提案があるんだけど、私と一緒に魔術を学ばない?」
「シ、シルファさんと、ですか?」
「うん。……私が言うのも何だけど、二人とも満足に魔術が使えてないって感じがするの。だから講義の時間とは別に、私が二人にアドバイスをする。どうかな?」
ここが正念場だ。彼女が首を縦に振ってくれれば何も問題なく、任務を遂行できる。
しかしフィーアは先ほどとは打って変わり、深刻そうな、悲しそうな顔をしてシルファから目を逸らしていた。ルビカもその様子を感じ取ると、俯いてしまう。
「ごめんなさい、シルファさん。それはちょっと無理、かな?」
「無理? 何か理由でも?」
正直、まさか断られるとは思いもしなかった。フィーアにとってメリットしかない話だ。何故なのだろうか?
いくらか逡巡したあと、フィーアは意を決して口を開いた。
「私、魔術が使えないの。本当に、全く、これっぽっちも使えないポンコツなの」
「うん、知ってるよ」
「だから――って、え? なんで知ってるの? 私、シルファさんにそんなこと言ったっけ?」
キョトンとするフィーアの表情に、シルファはクスリと笑みを零す。
「とある人から頼まれたの。魔術を使えないあの子に魔術を教えてあげて、ってね。だから別に私はそんなことを気にしない。――それに、魔術が使えないなんてありえないから」
使えないなんて、あり得ない。シルファはそう断言した。その言葉に二人は聞き入るように、はたまた懇願するかのように真摯な目で訴えかけてきた。
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