魔術の使い方

 あとはこの手を放すだけ。完全に捉えたと思った矢先、信じられないことが起こった。

 パンっ、と大きな音が耳元で響く。それと同時に痛みが走り、フィーアはその場にしゃがみ込んだ。


「フィ、フィーアちゃん!?」


 横で同じように魔術で的を狙っていたルビカが駆け寄る。それと同時に後ろから嘲笑の声が響き渡った。


「ぷっ、あははッッ! 本当に運がないわね、フィーア! まさか弓の弦が切れちゃうなんてね!」

「えっ!? そんな……」


 自分の手元を見やると、半壊した弓が。弦は真っ二つに切れてしまい、矢を放つことはもうできないだろう。


「それにルビカも! 自分の持ち場を離れちゃダメじゃない! 二人して一つも当てられないなんて滑稽だわ!」


 アイナが大笑いすると、周りのギャラリーも笑い始める。悔しさで涙がこみ上げてきそうだが、二人は黙って俯くことしかできなかった。

 教師であるローゼンは、ただ黙って二人に視線を向け、残念そうにため息をついて手元のレポートに書き記す。両者とも『Fランク』と。

 生徒たちがクスクスと侮蔑の笑みが浮かんでいる中、突然声が掛けられる。


「つまらないことしているじゃないですか。自分よりも弱いものを見下して、そんなに楽しいのですか?」


 フィーア、ルビカは勿論のこと、アイナやその生徒たち、そしてローゼン教師も声の主の方へと視線を向ける。そこにいるのは試験を終えていない生徒ただ一人。シルファだった。


「わざわざ弓の弦を削って切れやすくし、おいそれかと隠した風に見せかけ、使わせる。そしてちょうど矢を放つところで、魔術を使って弦を切った。そんなことしてて楽しいんですか?」

「何を根拠に言っているのかしら? 私がそんな悪質なことをするわけないじゃない」

「ま、そういう風にシラを切ると思っていましたが。――ローゼン教師、ちょっとよろしいですか?」

「は、はい! なんでしょうか、シルファさん?」


 いきなりの呼びかけに驚きつつも、シルファへと首を傾ける。


「単純な質問ですが、この試験は何を使ってでも的にさえ当たればいいんですよね?」

「ええそうよ。これは魔術だけじゃなくて戦闘の訓練ですから。魔術じゃなくても構わないですし、フィーアさんのように投擲物でも構いません。それが何か?」

「いえ、念のための確認です。それとついでですが、現状の最高記録は誰ですか?」

「それは確か……アイナさんですね。的四つを全壊、一つを半壊といったところです」

「なるほど、そうですか。ありがとうございます」


 それだけ言うとシルファはスタスタとライン上に立つ。手元には何か握りしめたものがあるようだが、隠れていて誰にも見えない。

 ふと、急にフィーアとルビカの方を向き、口を開く。


「私の事を見ていなさい。魔術というのは、こういう風に使うのよ」


 的の方へと身体を向けると、視線を鋭くする。そして握りしめていた拳を開き、中に入っていたものを上空へと軽く上げる。

 わざわざそんなことをしたのは、後ろにいる生徒達にもシルファが何を使うのかを見せるためだろう。

 宙に浮かんだものは、何の変哲もない五つの小石だったから。


「あはっ! あなた正気!? そんなものが的まで当たるわけないじゃない!」

「やってみなければ分からない。それが私の持論さ。それに――」


 一度言葉を区切り、五つの小石を握りしめる。魔素を込め、石を投擲するよう構える。


「私の事を舐めないでほしいです」


 ブン、と残像が残るような速さで小石五つが同時に投げられる。しかし的は微動だにせず、シンとその場は静かになる。


「あははッッ! 何よカッコつけちゃって! あれだけ大口叩いて一つも当たらないじゃない! あなたたち本当に――」


 ズドン、とアイナが最後まで言い切る前に地鳴りしたかのような音が大きく響き渡る。あまりの音の大きさに、生徒たちは全員肩を震わした。

 そして全員が戦慄した。ちょうどシルファが投げ終わり、振り返ったと同時にすべての的が吹き飛んだのだ。

 文字通り、全ての的が完全に同時のタイミングで全壊したのだ。あまりのことにアイナは口を開いたまま愕然とした表情で固まっていた。


「あら? どうかしました? そんなに驚きまして。大したことはしておりませんのに……」


 今度は逆に、シルファがにっこりと嗜虐的な笑みを浮かべてアイナを見やる。

 その余裕そうな表情にアイナは悔しそうに表情を歪めると、視線を逸らして踵を返す。他の生徒たちも倣ってその場から去り始める。


「す、すごい! やっぱりシルファさんはクラス一の実力だわ!」

「え⁉ あ、いや、そうでもないわよ……あ、あは、あはは……」

「け、謙遜することないですよ。あの距離をまとめて破壊した生徒なんて、学園歴史上一人もいなかったんですから」

「へ、へぇー。そうなんだ……いや、たまたまだからさ! ほんと、ただの偶然だから!」


 二人に褒められるものの、シルファの内心は冷や汗で心臓バクバクであった。やりすぎていないか、今ので正体がばれないかと、終始余裕なんてものはなかった。

 そんなシルファの考えは杞憂に終わり、本日の授業も全て終わる。

 フィーアとルビカの二人には崇高な眼差しで見られ、他の生徒からは白い眼で見られながら、緊張の一日が終わっていったのであった。

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