天使への謁見

「衛兵さーーーーんッッ!! 不審者がここにいまーーーーすッッ!!」


 辺りに良く響き渡る声が轟く。何度か反響した後、次第に音が静まっていくとフィーアは不敵な笑みで男たちを見据える。


「ふぅ、これですぐに《国境なし騎士団》が来てくれる。あなたたちなんてすぐにお縄について牢屋行きよ!」


 ビシッ、と男たちに指をさして決めポーズをとる。男たちもルビカも目を丸くし、立ち尽くしたまま数秒間が過ぎる。

 ――しかしいくら待てども誰一人としてこの場に現れる者はいない。猫や犬すらも見当たらないほどに。

 やがて何も起こらないことに気付いたのか、フィーアは慌てた様子で辺りを見渡す。


「あ、あれ? お、おかしいなぁ!? いつもなら街中でこう叫んだらすぐに来てくれるのに……」

「フィーアちゃん……近辺にいる《国境なき騎士団》は、昨日話題になった《ゴースト》の調査で午前中はほとんどいないみたいなの」

「嘘ッ!? そんなの私聞いてない!?」


 先ほどの余裕そうな表情は消え、この世に絶望したような表情で頭を抱える。その様子を見て、男たちは再び笑みを浮かべてフィーアに近づく。


「へっへっへ……驚かせやがって。結局は他人だよりの小娘じゃねぇか。自分自身で何もできないガキにビビるこたぁねぇわな」

「わ、私たちはアインソフオウル魔術学園の生徒よ! 魔術の心得だってあるのよ!」

「ほぉ? じゃあそれで俺たちを倒してみろよ? 出来るんだろ? ほら、やってみろよ」

「う、うぅぅぅ……ッ!」


 すでに男たちはフィーアのことを脅威とは思っていなく、下卑た笑みを浮かべながらフィーアへと接近する。怯えた表情で右手で魔術を行使する構えを取っているものの、恐怖で後ずさりしてしまう。数歩下がったかと思えば、壁に追い詰められてしまい、逃げ場がないことに気が付く。


「なんだよ、口先だけか。ま、俺はこういう強気なガキを可愛がるのが一番好きだけどなぁ」

「いやぁっ! 『赤説はここにありて、赤き蛇よ、彼の者を捕縛して』!」


 男の腕がフィーアを掴もうと伸びた瞬間、詠唱が紡がれる。赤い円環がフィーアの身体を巡った後、腕へと還元され、魔術が放たれる――かと思いきや、目の前で小さく火花が散るだけであった。

 呆気にとられた男たちは目を数回瞬いたのち、全員その場で笑い声を上げた。


「くっ、ははははッッ! なんだよ、それ! 何かの手品か? 魔術が使えるとか期待したけど、全然駄目じゃねぇか!」

「フィ、フィーアちゃん!」


 笑い声が響く中、フィーアは下唇を噛んで嘲笑の声に必死に耐えていた。涙目になりつつも、その意志だけは崩さず、男たちを真正面から睨む。


「――ッ! そうよ! 私は魔術学園に通いながらも、ただの一つの魔術も使えないポンコツよ! だけど何!? 魔術が使えないことがそんなに悪い!? あなたたちに笑われる云われは、これっぽっちもないわ!」


 勇ましく言い切った後、男たちに殴りかかる。せめてルビカだけでも助けようと思い、ルビカを捕まえている男へと向かう。しかしすぐに羽交い絞めにされ、見動きが取れなくなる。


「残念だったなぁ、お嬢ちゃん」

「は、離してよ!」

「わざわざ捕まえたのに離す奴がいるか? いないよな?」

「離せ離せ離せぇぇぇぇッッ!!」


 捕まってもなお諦めず、手足をバタつかせる。が、その努力もむなしく、軽々と持ち上げられる。

 フィーアとルビカを捕まえたまま、男たちは今度こそと歩み進めようとする。ルビカは絶望した表情をし、フィーアも不安そうな表情でいた。

 為されるがまま男たちに連れていかれそうになったその時、天の声が降りかかった。


「不審者がいるって聞こえたけど、君たち?」


 声を掛けたのは、首元まで伸びている黒髪をヘアゴムで無造作に一つへとまとめている少女だった。中性的で蒼玉のような瞳を持ち、フィーアたちと同じ制服を着込んでいる。手には何やら地図と旅行用のカバンを引っ提げている。

 フィーアは同じ学校の生徒なのに、見たこともない子だと呑気に考えていると、ルビカも同じようにポケーっと見惚れていた。しかし今の状況を思い出すと、フィーアはすぐに声を上げた。


「そこのあなた! 早く逃げて!」

「ん? オレ……じゃない、私のこと?」


 キョトンと自分の事を指さし、可愛らしく首を傾ける黒髪の少女。その仕草に二人は不覚にもドキッとしたが、頭を振るって危機的状況についてを知らせる。


「そう! あなたよ! 今のこの状況を見て分かるでしょ!?」


 複数の男たちに捕まっている少女二人。そのことを認識すると、黒髪の少女はふむ、と頷き、荷物と地図を下ろした。


「なるほどね。つまり、『助けてほしい』ってことね?」

「ちっがーーーーうッ!!」


 フィーアの思っていたこととは全く別の方向になってしまったことに、これまた頭を抱える。ルビカもおろおろとした表情で見ているものの、止められるような雰囲気でもない。

 逆に男たちはさらに笑みを深め、対峙してくる黒髪の少女を見やる。一人はフィーアたちを捕まえており、二人だけが手の骨を鳴らしながら黒髪の少女へと近づく。


「お? 何してるんだ、お嬢ちゃん? もしかしてこの子たちの知り合い?」

「こりゃ中々の上玉じゃねぇか! お嬢ちゃん、学校なんてサボっちまって、これから俺らと遊びに行かねぇかい?」


 男が黒髪の少女の腕を掴もうと手が伸びる。男の手が黒髪の少女の腕に触れる直前、黒髪の少女は一度咳払いした後、ニッコリと笑いながら告げる。


「誰が上玉ですか、この豚共」


 伸びてきた腕をつかみ、懐に入り込んだ勢いのまま壁に向けて投げ飛ばす。綺麗に男一名が空へと舞い、狙っていた壁にさかさまの姿で叩きつけられる。その衝撃で男は気を失い、ずるずると重力に従って地面に落ちる。あまりの洗練された動きに、ナンパしてきた男はおろか、フィーアもルビカも唖然とする。


「テ、テメェ! よくも!」


 我に返った男二人目は、黒髪の少女に向かって徒手空拳を仕掛け始める。乱暴な拳が振るわれるものの、一撃一撃単調な動きであり、黒髪の少女は難なくと躱す。拳が当たらないと悟ってか、男は力でねじ伏せようと黒髪の少女に掴みかかる。しかし黒髪の少女は襲い掛かる男の足を引っかけ、盛大にすっころばせた。


「このっ! コケにしやがって!」


 即座に跳ね起きると、男は懐からナイフを取り出した。獲物を出したら怯えると思っているのか、激情していた顔が笑みへと変わっていく。

 ただしその予想は裏切られ、黒髪の少女は無表情のまま男へと突貫する。まさか突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。


 男は驚愕した表情を浮かべ、咄嗟の動きでナイフを前に突き刺そうとした。その動きを読んでいたのか、黒髪の少女は姿勢を低くしてナイフの一撃を躱し、男の腕へと絡みつく。

 関節の曲がらない方向へと腕を捻らせると同時に、男の足を思いっきり蹴り飛ばす。すると独楽のように男はその場で宙を一回転すると、黒髪の少女は宙に浮いている男の腹部へとかかと落としをお見舞い。

 地面に叩きつけられた男は、唾液を口から零し、白目を剥いて気絶した。


「こんなものですか……チンピラくらいでしたらこのくらいの力量でも十分――」

「危ない――ッ!」


 二人倒して余裕があるのか、黒髪の少女は独り言をつぶやいていると、発せられた声によって思考を遮られる。

 黒髪の少女は声に反応し、即座に後ろへと飛んだ。それと同時に、黒髪の少女が元いた位置に雷撃が迸る。

 あのまま避けずにいたら、今やショックで気絶していたであろう。黒髪の少女はその雷撃を放った先へと視線を向ける。


「お、お前! よ、よくも俺たちを散々コケにしてくれたな! 今のは警告の一撃だ。次は絶対に外さねぇからな!」


 三人居たうちの最後の一人、フィーアとルビカを拘束した男だ。右手は黒髪の少女の方を向けており、左手は二人に向けている。黒髪の少女が動こうとすると、男は右手も目の前に居るフィーアたちに向けた。


「おっと、そこを動くんじゃない! もしあと一歩でも動いたら、このガキどもがどうなるか分からないぜ?」

「ちょっ!? 人質って奴!? あなたそんな姑息なことして恥ずかしくないの!?」

「うるせぇ! 捕まっているガキは黙ってろ! ――いいか、そこから一歩も動くんじゃねぇぞ?」

「別に構いません。あなたが魔術の心得というものがあるのでしたら、どうぞ」


 黒髪の少女は憤りではなく、呆れた声で返す。余裕があるのか、全く意にも介していなく、その態度に男は苛ついた表情を見せる。


「俺の使う黄色の魔術は、速度に関してのみだけだが他の魔術よりも断然速い。小娘だと思って甘く見ていたが、ちょっとばかし眠ってもらうぜ? 安心しろ、目が覚めた時は俺たちがたっぷりと可愛がってあげるからよ」

「あなた何してるの!? 私たちの事なんて放っておいて、早く逃げて!」

「残念、もう手遅れだ! 『黄説おうせつはここにありて、轟く雷鳴よ、あの小娘を貫け』!」


 男は早口で詠唱を唱えると、黒髪の少女に向けて細い紫電が襲い掛かる。電気が迸る音が響き渡ると同時に、フィーアとルビカは悲鳴をあげた。

 しかし、紫電が黒髪の少女に直撃する直前、音もなく消え去ってしまった。その出来事に男は茫然とし、捕まっていたフィーアもルビカも眼を白黒させていた。


「ど、どうしたんだ!? ええい! 『黄説はここにありて、轟く雷鳴よ、あのガキを貫け』!」


 男は動揺し、もう一度黒髪の少女に向かって魔術を発動させる。されど二度目も同じように、黒髪の少女の手前で紫電は何もなかったように消えてしまった。


「なんでだよ……どうして俺の魔術があのガキに届かねぇんだよ!?」

「何度やっても無駄です。あなたの使っている魔術『スピットプラズマ』は確かに速度は速いですが、その分耐久性が著しく低い。その位でしたら簡単に壊すことが出来ます」

「こ、壊すだと!? 魔術を魔術で相殺するならともかく、魔術を物理的に壊せるわけがねぇだろ!?」

「申し訳ありませんが一々と細かい説明をしている暇はありません。こちらはすぐに学園に向かわないといけないのですから」


 言い切ると同時に、黒髪の少女の姿が消える。男は辺りを見渡して探そうとするが、一向に見つからない。

 ふと、男の肩に何かが触れた感触があった。恐る恐る後ろを振り返ると、既に拳を振りかぶっている黒髪の少女の姿が。


 抵抗できない男に対し、黒髪の少女の拳が顔面に突き刺さる。

 フィーアたちの上空を吹き飛び、地面に倒れ伏す。しかしあれほどの衝撃をもってしても気絶はしていないようで、男は呻き声を上げていた。


「うわ、今ので気絶すらしないのか。やっぱり腕力めっちゃ落ちてるなぁ」


 ぼそりと誰にも聞こえないように黒髪の少女が小声で悪態吐く。魔術師の端くれでもあるからか、男は拳を受ける前に『レジスト』の魔術を付与させていたため、それで衝撃を防いだのだろう。

 そうこうしているうちに男は起き上がると、「覚えてろよー!」という情けない悲鳴を上げ、気絶している二人を引きずって逃げてしまった。残されたのは同じ制服を着た少女三人。


「大丈夫ですか? お二人とも」

「あ、はい! あの、その……ありがとうございます! すっごく強いんですね! どこのクラス?」

「え、ええっと……私、本日からの転入生なんだ――じゃない、でして。今日から一緒に学ばせてもらいますの」

「そうなんだ! 一緒のクラスだといいねー! って、ごめん。私はフィーア! それでこの子はルビカ!」


 忘れていたため、慌ててフィーアは自己紹介をする。そのとき、黒髪の少女が「この子が……?」と首を捻っていたが、フィーアはルビカの方を向いていたため気付くことはなかった。


「よ、よろしく、です……」

「ああ、こちらこそよろしく。私はシルファ。同じクラスになったらどうかよろしくね」


 フィーアとルビカはシルファを握手を交わす。その後シルファは荷物を担ぎなおし、時刻を確認する。


「まだ始業時間まで三十分ですか。余裕はありそうですが、あまり悠長してはいけなさそうですね」

「そうね。始業時間までに間に合うよう、早く学園へと行きましょう!」

「う、うん!」


 時刻は八時半。先ほどの騒動により、当初よりも遅くなってしまったが、まだ間に合うだろうと確信していた。

 そう。三人で歓談している、その時までは。

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