つまらない偏見

「な、なぜ、こんなことに……」

「ご、ごめんねー! 本当ならもっと早く着く予定だったんだけど……」

「ご、ごめんなさい、です」


 シルファは冷や汗をかきながら学園へと到着する。息は切れており、膝に手を当てて息を整えている。

 その横には悪びれた様子のフィーアと同じようにばつの悪そうな表情をしているルビカ。


 ありていに言えば、学校までの道のりで迷ったのだ。フィーアが「こっちの道を使った方が早いよ!」と裏道を何度も通っているうちに、どこにいるか分からなくなってしまった。


 挙句の果てに学園から離れていることを知り、すぐさま正攻法の道へと戻ったのだ。あまりに時間が足りなく、結果猛ダッシュで走ることに。

 荷物の多いシルファは非常に負担が高く、思い切り走ったため息は絶え絶えであった。

 なお、フィーアとルビカは慣れているのか、全くもって息を切らしていなかった。何故か妙に悔しい。


「まさか方向音痴だったなんてね……まぁ間に合ったからよかったけど」

「だ、だから悪かったってー! ほら、早く教室に行こ!」

「わ、わわ!」


 ルビカとシルファの腕を掴み、ぐいぐい引っ張っていくフィーア。その明るさは底抜けで、嘘偽りのないものだ。

 長い廊下を駆け抜け、一同は教室の前へと到着する。何ら変哲もない教室だが、シルファにとってはこの一歩があまりに遠い距離に感じられる。


 この先には横に居る二人のような少女しかいない。男という存在は完全に排除され、女という独立した国家に配属されることになる。あまりに浮世離れた考え方だが、今のシルファにとってはそのくらいの覚悟が必要だった。


「おっはよーう!」


 そんな気も知らず、フィーアはガラリと扉を開け放つ。中に一歩を踏み出したと同時に、生唾を一つ飲み込む。

 教室内は扇形で、奥に行くにつれて段差の高くなる部屋となっていた。入り口は一番段差の低い位置、教卓に当たる場所にしかなく、三人は中に居る生徒たちの注目を一斉に浴びることとなった。

 特に転校生となるシルファには奇異な目で見られており、少々居心地が悪い。辺りを見渡すと、既に自分たち三人以外の生徒が着席している事が分かる。

 そして当たり前の事だが、見渡した生徒はすべて女子生徒。この中に居てボロを出さないか心配だが、何事もチャレンジしなければ始まらない。

 シルファが気合いを入れていると、横から咳払いをする声が聞こえた。声のした方に目を向けると、厳格そうな表情をした教師が三人へと視線を投げていた。


「ルビカ=アルベルト、それにフィーア=シェスタ。ギリギリの登校とは感心しませんよ。もっと余裕をもって授業に臨むよう心掛けていただきたいのですが? ――それと、あなたは確か……」

「本日より、こちらの学園に転校することになりましたシルファ=リーベルです。何卒、よろしくお願いいたします」

「そうですか、あなたが転校生でしたか。お話はお聞きしております。こちらこそ、我がアインソフオウル学園にようこそ。教師一同、歓迎いたします」


 先ほどの厳しい表情とは一転、朗らかな表情を浮かべてシルファに頭を下げる。その変わりように少し驚きつつも、気を取り直して頭を下げる。

 すると急に教師は座っている生徒たちへと振り仰ぐと、シルファを指し示した。


「皆さん! 本日より急遽、新たな生徒が我が学園に入園されました。彼女は特待生ということで、素晴らしい魔術の心得を持っているようです! さ、自己紹介をお願いしますね?」

「じ、自己紹介、ですか……?」

「はい! それは勿論! 生徒たちに知っていただくからには、まずは自分のことを話しませんと!」


 あまりの無茶ぶりに困惑しつつも、教師は「ささっ!」っとぐいぐいと押しやる。助け船を求めようとフィーアとルビカに視線を送ろうとしたが、既に入り口には居なく、指定の席へと座っていることに気が付く。


 完全に四面楚歌。味方なぞ誰一人としていないことを悟り、シルファは覚悟を決める。如何に男ではなく、女として見られるか、試す時が来たのだ。


「わ、私はシルファ=リーベルといいます。あ、えっと、その、ですね……」


 周りの視線に耐え切れず、頭の中が真っ白になる。何を言おうと思ったが忘れてしまい、さらに焦燥感を募らせる。

 すると、突如思わぬ救いの手が差し伸べられた。


「あなた、どの魔術が得意なの?」


 声の主に一斉に視線が向けられる。真っ赤な髪をツインテールにし、左目に泣きほくろのある同色の瞳がつまらなそうに開かれている。少女は頬杖をつきながら、再度質問する。


「聞こえなかった? あなた、どの魔術が得意なの? 赤? 青? それとも黄とか緑?」

「えっと、私はそのどれでもないんですけど」

「じゃあ白の魔術? それはまた稀有な魔術ね。気に入ったわ」


 合点した様子で頷き、少女は満足そうに笑みを浮かべる。が、シルファはその言葉に対して首を横に振るう。

「違います。私が得意とするのは黒の魔術です」

「……なんですって?」


 険しい表情へと変貌する。それだけでなく生徒内でもざわつき始め、シルファの隣に居る教師でさえも驚きを隠しきれていなかった。


 この世に基本的に魔術の種類は六つある。赤、青、黄、緑、白、そして黒の魔術だ。どれも色によって特性があり、人によって得意とする魔術の色が異なる。

 その中でも黒の魔術というのは別格であり、悪魔に最も近い魔術とされる。それ故に敵国である魔術と呼称され、忌み嫌われる要因であると知っている。

 しかしシルファはあえてその魔術が得意だと宣言した。事実、シルファが最も得意とする魔術が、黒の魔術なのだから。


「ふん。悪魔に魂を売った黒の魔術……そんなものを使うあんたに居場所なんてここにはないわ」


 吐き捨てる少女は見下すような視線でシルファを睨みつける。他の生徒も習うかの如くシルファを睨みつけており、フィーアとルビカだけ不安そうな表情をしていた。

 偏見によって差別される社会は、こんな小さなコミュニティでも存在するのか。シルファは半ば嘆くようにため息を吐くと、視線を無視して席に足を進める。

 着席すると、固まっていた教師が気を取り直した様子で手を合わせる。


「そ、それでは本日の講義に入りますよ! まず始めは――」

 教師の言葉はシルファの耳には届いていなかった。心中にあるのは、ただの虚しさと、つまらないこの世の中への対抗心だけだった。

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